第66話

 突如として告げられた意味不明な依頼。

 返答に行き詰まった俺の思考が数秒ほど停止する。


 ──いや、まずは中身だな。


 わざわざ俺に依頼するってことは十中八九、冒険者に関連することだろう。

 だったら詳細を聞いて、それから判断すれば良い。

 

「えーと……とりあえず詳しく教えてもらっても良いですか? あ、座ります?」


 言いながら葉山さんをレジャーシートへ座るよう促す。

 しかし彼は優しい笑みを見せながら首を横に降った。


「お気遣い痛み入ります。しかしながら私はあくまでも使用人の立場。このままで結構でございますよ」


「そうですか。それで、そのってのは何なんですか……?」


「簡潔に申し上げますと、ダンジョン探索の特別講師として麗華お嬢様へ指導をお願いしたいのです──ご存知の通り、当西園寺グループは複数の事業を手掛けておりますが、その中でも核となる事業は冒険者用装備の製造、販売でございますから」


「ヴァルカンでしたっけ? 俺が昔使っていた木製の杖も確かそのブランドだった気がしますね」


 ヴァルカンとは──冒険者装備販売によって一代で成り上がった超有名企業である。

 ダンジョンが発見された当時、冒険者装備の販売というのは競合がゼロに等しいブルーオーシャン市場。さらには創業者の妻が生産系の上位天職を獲得したこともあり、あっという間に冒険者装備の最大手企業へと成長を遂げた会社だ。

 ダンジョン発生から30年が経過した現在。冒険者装備の超有名老舗ブランドとしてヴァルカンの名前は広く認知されている。

 ちなみに元々は「西園寺武具製造」という平凡な名前だった。最近、社名を展開するブランドと同じ名前にしたらしい。


「私のローブもヴァルカン製ですねっ! 着心地が良くて今でも愛用してます。そういえば星奈ちゃんの短剣とかも同じだった気がしますよ〜」


「へぇ、そうなのか」


 どうやら瑠璃子や星奈の装備も同じくヴァルカン製品らしい。

 身近に愛用者がいると、かのブランドがいかに認知されているかがよくわかるな。

 西園寺さんの親父さんは、まさに冒険者装備界のジョ〇ズとも言える。


「それはそれは。Sランク冒険者である皆様にご愛用頂いていると知れば、旦那様もきっとお喜びになられるでしょう。使用人の立場で恐縮ではございますが、当グループを代表してお礼申し上げます」


「え、あ、どうも。えっーと……話を戻しますけど、そちらの事業と探索講師。何か関係あるんですか? いまいち話が見えなくて……」


「直接的にはございません。ただ、将来会社を継ぐにあたっての教育方針でして。──奥様と違って、麗華お嬢様は戦闘系の天職を授かっておりますから製造には関われません。そのため冒険者として活動し、市場に対する理解を深めてほしいとお考えなのです」


「あー、なるほど。実際に使う立場だからこそ、良い製品が生み出せるってやつですね。でも、どうしてその講師を俺に? 確かに俺はSランク冒険者ですが……だからと言って教えるのが上手いとは限りませんよ?」


 俺が答えると、雪菜が同意するように続く。


「そうですよ。うちのお兄ちゃん、基本ゴリ押し脳筋だってユーノちゃんボヤいてたし。それにシスコンだし……」


 ユーノの奴め……家で俺のことをそんな風に言ってたのか。

 つかシスコンは関係ないだろう。間違っちゃいないが、今は関係ない。


「それでも構いません。求めているのは指導者としての能力ではございませんから。麗華お嬢様には……お仲間が必要なのです」


 そう吐露した葉山さんは、視線を西園寺さんの方へと向けた。

 波打ち際ではしゃぐ彼女へ。葉山さんは、まるで溺愛する孫を見るような、そんな優しい瞳を向けていた。


「──麗華お嬢様はこれまで一般の方と共にダンジョン探索した経験がございません。今のお嬢様のレベルや能力は、私を含む一定ランク以上の使用人が全力でバックアップして得たものでございます」


「そりゃまた英才教育ですね。冒険者学校でも、そこまでの個別指導はしないでしょう」


「えぇ、その甲斐もあって麗華お嬢様の知識や経験は、同世代の冒険者と比べても熟練しております。ですので、そろそろご自分でパーティーを見つけて探索を始めても良い頃合いなのですが……お察しの通り、お嬢様は少々個性の強いお方。他の冒険者様と上手くいかない事が多々ございまして……」


 あぁ、そういうことね。なんとなく葉山さんの言いたい事が俺にはわかった。

 要するに、西園寺さんはぼっちなのだ。

 何せ、あの独特の性格だからな。そりゃ人によって好き嫌いがはっきりするだろう。

 きっと悪い子ではないんだろうが、確かに色々と対人関係では苦労しそうな感じである。


「本日、皆様と楽しそうに過ごされるお姿を見て、私は確信いたしました。馬原様ならきっと良いパーティーを組んで頂けると。そして、お嬢様にはダンジョン探索でもっとも大切なものを学んで頂きたいのですよ。ご無理は承知ではございますが、どうか──この依頼、受けてくださいませんでしょうか」


 そこまで言い終えると、葉山さんは深々と頭を下げた。

 それが社交辞令的なものではないことくらい、こんな俺でもすぐにわかった。

 この人は、心から西園寺さんの幸せを願っているのだろう。それこそ自分の孫のように。


「どうしますか? 賢人さん。私は賢人さんと一緒なら、別に構いませんよ?」


 瑠璃子が微笑みながら俺に判断を求めた。

 言葉では確認しているが、それは単なる建前だ。

 この顔は、既に答えが決まっている顔である。

 まったく──しょうがねぇなあ。


「わかりましたよ。その依頼受けましょう」


 ま、尻に敷かれたのも何かの縁だ。

 それに、仲間ができると探索が楽しくなるのは、俺が一番よく知ってるしな。

 教えれることは少ないだろうが、やってみようじゃないか。


「ありがとうございます。ご快諾いただけて何よりでございます」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、葉山さんは柔らかい笑みを見せた。

 それから、また俺に向けて礼をする。


「では、麗華お嬢様には私から伝えておきます。元々、明日の午後からこの島にあるダンジョンでの探索を予定していたのですが、こちらに参加いただく形でもよろしいでしょうか?」


「えぇ、大丈夫です。元々、数日は滞在する予定で宿も取ってありますから」


「では、明日みょうにちにお迎えに上がります──お手隙の際に、こちらまでお宿などをお知らせくださいませ」


 そう言って葉山さんは俺に名刺を手渡してきた。

 受け取ったそれは、とても消耗品とは思えぬ豪勢なデザインである。

 そのデザイン部分や企業ロゴの部分などには丁寧に箔押し加工されており、まるでカードゲームのレアカードの如き輝きを放っていた。西園寺カードのSSRって感じ。


 お金持ちってのは消耗品にも手間やお金を惜しまないもんなんだなぁ。

 ぶっちゃけ俺も同じくらい稼いでるとは思うが、この辺の感覚は大きく違う。

 ま、西園寺さんの場合は商売だからってのもあるだろう。

 取引相手が存在するし、その点で見栄えに気を使っているに違いない。


「では、私はこれにて失礼致します。お楽しみにのところを中断させてしまい、申し訳ございませんでした」


 丁寧な挨拶を残した後、葉山さんはまるで忍者の如くその場から消え失せた。

 後には巻き上げられた砂煙だけが残る。

 その刹那の光景に、雪菜が驚きの声を上げた。


「き、消えちゃった……!? あのお爺さん何者なのっ?」


 この集まりで唯一、冒険者でない雪菜には、彼の動きが手品か魔法のように見えたのだろう。実際には、高い俊敏ステータスによって高速移動しただけである。

 

「ふふ、大丈夫ですよ、雪菜ちゃん。敏捷ステータスの高い冒険者はあんな感じで早く動けるんです」


「へぇ、そうなんだ。思ってたより冒険者ってすごいのね……ここまで超人的だなんて」


 雪菜が驚くのも無理はない。

 俺含めて冒険者は沢山いるが、自宅や街中で力を振るうなんて事は早々ないからな。

 実の兄がSランクという情報があっても、それがどれだけ凄い事なのか。雪菜にはその実感が湧かないのだろう。

 それにしても愛する妹の評価を爺さんにもってかれるのは癪だな。

 

 ──どれ、ここはお兄ちゃんの凄さを見せてつけてやるか。


「驚き過ぎだぞ雪菜。あれくらい俺だってできる──見ろ、高速反復横飛による分身だ」


「えっ……? は、速っ!? え……キモ……お兄ちゃん速すぎてキモッ!!」


「いや、なんでだよ。そこはだろ──最大4人までなれるぞ」


 さらに速度を上げて分身の数を増やしていく。

 俺ほどのステータスとなれば足裏の衝撃をゼロにして砂煙すら立たん。


 ──どや? これが兄者の能力ちからよ。


「……い、いや、ドヤ顔されてもキモい以外の感想ででこないからねっ!?」


「け、賢人さん……その、あまり人間やめた動きはちょっと……」


「──ふぅー、ちょっと休憩するわ──って何やその気色悪い動きっ!?」


 ちょうどシートに戻ってきた如月さんがゴキブリを見るような目で叫ぶ。

 どうやら雪菜に限らず、女性陣には不評なようだ。

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