第67話

 ──それから数分後。


「くっそ疲れた……ッ!! 流石の俺でも肉体の限界を超えた動きは堪えるぜ……」


 珍しく疲労を感じた俺は大の字になってシートに寝転んだ。

 超高速反復横跳びは想像以上にハードな運動である。

 ずっしりと身体にのしかかる、懐かしい感覚。

 どうやら超ステータスを得てから初めての筋肉痛を味わう事になりそうだ。

 これが人力で忍術を再現した代償か……。

 悪いことは言わんから、良い子は真似しない方がいい。


「当たり前や……兄ちゃんって、ほんまはアホやろ?」


「ふふ、馬鹿と天才は紙一重言うからなぁ。あ、物の例えや。うちは馬原はんのこと聡明や思ってるさかいにな〜」


 如月さんと日坂さんが横で色々言っているが、反応する元気がなかった。 

 それよりも頭の中は分身の術のことでいっぱいである。

 分身って、大変なんだな。

 超人的なステータスを持つ俺ですら、数分生み出すのが限界なのだから。


 それを魔力で簡単に生み出せちゃうんだから、忍者の天職ってずりぃよ。


「……汚いな、流石忍者汚い」


「ん? 今なんか言うたか?」


「いや、何でもない」


 そもそも日本で生まれ育った男児にとって、忍法、忍術は憧れの的。

 そして同時に、過酷な修行を耐えた者だけが宿す極意でもある。

 それを、ただ天職を得ただけで自在に操るなど、あまりにも卑怯過ぎるでしょう?


 やはり俺がリアルニンジャの代表となって真の忍術を言い広めなければ。

 岸辺さんのようなお手軽ニンジャを、この世に存在させてはならぬ。


「──ニンジャ、コロスべし!!」


「わっ!? なんすか急に……!? 突然、意味不明なこと叫ばないで欲しいっす!」


「暑さで、とうとう気が触れてしまったかの……?」


 どうやら星奈たちがシートまで戻ってきていたようだ。

 まるで変質者を見るような瞳で、俺を見下ろしていた。

 

 ──人を勝手に変質者扱いするなど失礼極まりないのだが、俺も大人だ。そこは目を瞑ろう。


 所詮は彼女らは一般人。

 ニンジャの存在を受け入れてしまえば正気を保てんからな。仕方あるまい。


「……なんでか妙に勝ち誇った顔をしてるのが、そこはかとなくムカつくっす。ま、それは置いといてパイセンも一緒に遊ぶっすよ」


 言いながら、星奈があるものを【収納】バッグから取り出した。

 それはバスケットボールよりも一回り大きいビニール製のボールだ。

 俗に言うビーチボールってやつだな。

 つまり、これから行われるのはあの鉄板競技に間違いない。


「ビーチバレーか」


「その通りっす! んでここからが本題なんすけど──例の如く、負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くってのはどうっすか?」


 指先でボールをくるくると回しながら、星奈が不敵な笑みを見せた。

 まさか圧倒的なステータスを持つ俺にスポーツで勝負を挑むとはな。

 

 ──面白い。


 俺は起き上がると、何となく競技前のアスリートっぽく身体をほぐしてみせる。

 別に柔軟する必要も何も無いんだが、こういうのは形が大切なのだ。


「せっかくの海だ。ここで寝てても勿体無いしな。──良いだろう。その勝負受けて立とうじゃないか」


 ──二十三歳の夏。絶対に負けられない戦いが、幕を開けた。 


「そんな安請け合いして大丈夫かの……? 京都の時みたいにならんと良いのじゃが……」


「賢人さん。意外とこういうのに弱いですからね……」


 

 ◇



 ──さらに、そこから数時間後。


 夏の休日をめいっぱい楽しんだ俺たちは、ホテルへと戻ってきていた。


 想定外の出来事はあったものの、存分に青春を満喫できたであろう。

 某テニス漫画も驚くほどに必殺技の応酬が繰り広げられた超人ビーチバレー。

 西園寺さんと星奈の遠泳勝負。お約束のラッキースケベなどなど。


 なかなかに愉快な一日であったが、それを語るのはまた後日としよう。

 なんつーか色々と変わっちまうからな。主にジャンルとか。

 そういうのが欲しいやつは、今からコンビニいって週刊少年ステップでも買ってこい。

 勝敗の結果? 何も聞くな。


「おぉ! 美味しそうなのじゃ!」


 そんなわけで俺たちはホテルの広間に集まり、夕食のひと時を楽しむ。

 観光島らしく地元の海山の幸をふんだんに使った宴会メニューである。

 都内の小洒落た飲食店も悪くはないんだが、地元で取れた食材を使った観光地ならではの会席料理も良いもんだ。


「たまには海鮮もいいっすね。最近カップ麺ばっかだったから、ちょうど良かったっす」


 しれっと一人暮らしフリーターの月末みたいな生活環境を明かす星奈。

 いや、どんな生活してんだよお前。日本一稼いでるJKだよね、君?


「せ、星奈ちゃん? お金あるんだから、せめてファミレスとかにした方が良いと思うよ? カップ麺ばかりは流石に身体に悪いよー?」


「そうよ。何なら今度晩ごはん作ってあげよっか?」


「いいんじゃないか、星奈。何せ雪菜の作る飯は最高だからな。三ツ星レストランは軽く凌駕してるぞ。それこそ将来、雪菜をシェフにして店を開こうかと思ってたくらいだ」


 雪菜がオーナーシェフの店。その一文だけで成功するヴィジョンしか見えねえ。

 来たるときに備えて、銀座か西麻布あたりで土地でも買っておくか。


「ちょっ……そんなわけないでしょ!? そんなに持ち上げられたら逆に作り難いわよっ!?」


「まぁまぁ。あやつの異常な評価は抜きにしても、雪菜の腕前は確かなのじゃ! 毎日食べてる妾が言うのじゃから、間違いないのじゃ!」


「へぇ。パイセンの話はともかく、ユーノがそう言うんならそうなんすね。じゃ、お言葉に甘えて今度お邪魔するっす」


「もう、ユーノちゃんまで……。ほんとに普通なんだから。へんな期待はしないでよ?」


 いや多少は俺の評価も参考にしてくれてもいいんだよ……?

 本当に美味いんだって。シスコン抜きにしてもさ。


「あ、てか、お兄ちゃん。星奈ちゃんとユーノちゃんには言っとかなくていいの?」


 まぁいいさ、と不貞腐れながら天ぷらをかじっていると、雪菜が思い出したように言う。

 はて、彼女らに何か言うことなんてあっただろうか。


「ほら、西園寺さんの講師を引き受けるって話! あの場に星奈ちゃんとかいなかったでしょ?」


 思考が表情に出ていたのだろう。雪菜が呆れながら補足した。

 なるほど。そういや言ってなかったな。


「あぁ……すっかり忘れてた。明日なんだが、西園寺さんの依頼でダンジョンを探索することになったぞ」


「なんじゃと!? 明日は入り江の方に行くのではなかったのか!? 嫌なのじゃ〜! せっかく海に来たのじゃから妾は遊び倒すのじゃ〜!」


「お、落ち着け! なんだか幼児退行してないか!?」


 いや、元から幼女なんだけどさ。

 とはいえ、今回の海水浴を一番楽しみにしてたのも彼女だ。

 駄々っ子したくなる気持ちもわからんでもない。


「とりあえずだが、ユーノは留守番つか参加しなくて問題ないぞ。聞いた話だと、どうやらパーティーでの動きを学びたいみたいだからな。役割が被ってもあまり意味がないだろう」


「本当か? 休日出勤は無しで良いのか……? 死んだ魚の目をして馬車馬のように働かなくて済むのかえ……?」


「人聞きの悪い言い方をするなっ! そんなブラック企業みたいな感じじゃないだろ。完全週休二日のホワイトパーティーだ、この野郎」


 むしろ最近は星奈の【逃走術】を組み合わせて俺が疑似タンクもこなしている。Sランク魔獣のヘイトを一身に引き受けてる甲斐もあって、安心、安全、快適な探索ライフだぞ。


「冗談じゃよ。さておき、それなら回復役ヒーラーは瑠璃子に任せるのじゃ! 妾は雪菜たちと入り江で遊んでくるでな!」


「ふふっ。いっぱい楽しんできてね」


 そう言って微笑む瑠璃子。

 ユーノがちっこいのもあって、まるでお母さんみたいだ。


「あのー、流れぶった切って悪いんすけど……」


 そんな中、恐る恐る手を上げる星奈。


「それってウチは強制参加っすか……?」


「もちろんだ。ぶっちゃけ俺は罠なんて気にならないが、他は違うからな」


「うぇー、休日出勤じゃないすか。てかウチ、この集まりの主催者なんすけど!?」


「ま、そう言うなよ。お前が必要なんだ。だから一緒に探索しようぜ?」


 何だかんだで星奈のスキルは探索活動に役立つものが多い。

 西園寺さんを加えての探索となれば、尚更だ。

 彼女には悪いが、今回の探索には参加してもらうしかない。


「……うー、その言……はずるい……す」


 そんな俺の考えが伝わったのか、そうでないのか。

 よくわからんが、顔を背けて何かをぼそぼそと呟く星奈。


「ん? 悪い、よく聞こえなかったんだが──」


「な、何でもないっす! それより……油断したっすね!?」


「なっ!? 俺の刺し身がっ!? いや、刺し身どころじゃねぇ、海老の天ぷらまで!」


 目にも止まらぬ早業で俺の皿に盛られていたお造りや天ぷらを掠め取ってゆく星奈。

 それから、箸で摘んだそれを見せびらかすようにしてから口に運ぶ。


「むぐむぐ、怒らないでくださいっすよ? これは休日出勤の前払いっすからね……むぐ」


 なるほど。それが対価というわけか。

 これでもSランクパーティーの長だ。

 働いてもらう手前、それくらいの対価は払ってやろう。


「そういう事なら仕方ねぇな。けど良かったのか? その天ぷら俺の食べかけだけど……」


 俺は構わんのだが、流石に食べかけを渡すのもな。

 そう思って伝えたところ、星奈は顔を茹でダコのように赤くして固まってしまった。


「……っ!!」


 そしてすぐに口を抑えたまま、脱兎の如く広間から走り去っていった。

 え? なに? 吐きそうなの? え、吐くほど嫌だった……!?


「ま、待てよ星奈! そんなに嫌がられると流石に傷つくぞ、オイ!?」


 いや、待てよ。実は本当に体調が悪いのかも?

 ほら、ナマモノとかって、当たるときは当たるじゃん?

 心配になった俺は、星奈の後を追いかけることにした。


「一体なんなんや!? このラブコメ空間は!?」


「はぁ……いつもの事じゃよ」


 後ろから如月さんとユーノのそんな会話が聞こえたが、今はそんな場合ではなかった。

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