第43話

「【不死イモータル饗宴フェスティバル】!」


 日坂さんが発動した死霊術だった。

 恐らく使役したアンデッドを強化する補助魔力バフの類だろう。

 彼女の操る無数の髑髏騎士スケルトンナイト達は、死者とは思えぬ機敏な動きで次々に子蜘蛛を屠ってゆく。

 どうやら俺のフォローは必要無さそうだ。瞬く間に子蜘蛛はその数を減らしていった。



「──そっちは問題なさそうだな」


 星奈の放った【投擲術】スキルが最後の一匹を仕留めたのを確認してから、俺は日坂さんに声をかけた。


「見ての通りや。あんちゃんこそ、大したもんや。カッコつけて一人で親玉に飛びかかった思うたら、あっと言う間に倒してまうんやから……」


「S級も伊達じゃないって事だよ。……後、別にカッコつけてないからな?」


 嘘を付いた。本当はちょっぴりカッコつけた。

 いや、なんかあるじゃんそういう空気。

 コイツの相手は俺に任せろ的な、さ?


「……お主はいつもカッコつけとるのじゃ」


 ユーノが俺に向けてぼそっと呟いたが、俺は聞こえないフリをした。


「さて、さっさとダンジョンコアを破壊して帰還しよう。いつまでもこんな虫だらけの洞窟に留まりたくないしな」


「そっすね。とりあえずウチは【収納上手】持ちなんで、魔獣の回収に徹するっす。──分配は帰還後でも大丈夫っすかね?」


【収納】スキルの付与されたお馴染みのバッグを開きながら、星奈は日坂さんへ尋ねた。


「ああ、かまへんで。じゃ、ウチの髑髏騎士アホどもは宝探しさせとくわ」


 星奈に返事を返すと、日坂さんは短杖を振って使役するアンデッドへ指示を出した。

 指示を受けた数十体もの髑髏騎士スケルトンナイト達は、速やかに散開して周囲の捜索を開始した。

 こうして見ると日坂さんの天職は驚異的だな。

 これだけの数のアンデッドを使役し、操れるとなれば、もはやソロでもダンジョン探索できそうな勢いである。

 もっとも、彼女曰く燃費が悪いそうなので、魔力回復ポーションにかかる経費を考えるとソロで潜る旨味は無さそうだが。


 なにせ冒険者は稼げる反面、回復アイテムや装備はお高いのだ。

 初級のポーションすら一本あたり数千円するくらいだしな。

 ま、その辺は生産型の天職が割りを食わないよう、上手いこと経済のバランスを取ってるんだろう。


 ──あれ? てことは魔力増強剤マギアエナジーっていくらするんだ?


 ふと疑問に思って、日坂さんの方へ目をやると彼女は早速、二本目の魔力増強剤マギアエナジーを手にしていた。

 ……やっぱ中毒者だな。

 いや、今は絶賛魔力消費中だから飲んでても違和感は無いのだが、ボス前でも飲んでいた事を鑑みれば、そうとしか思えなかった。


「朱音ちゃん、【魔力譲渡マナヒール】しよっか?」


「ん? 大丈夫や瑠璃子っち! これは味が好きで飲んでるだけやからな!」


 うん、典型的なエナドリ中毒者だ。

 というより瑠璃子っちってなんだ。いつの間にそんなに親しくなったんだ?

 日坂さんや岸辺さん、どっちも陽の者陽キャっぽいし、俺みたいな陰の者じゃ習得できないリア充専用スキルでも持ってるんだろうか。


「ん? 何や、あんちゃんも飲みたいんか?」


 俺の視線に気付いた日坂さんが、おもむろに新しい魔剤を取り出した。


「いや、大丈夫だ。それっていくらすんのかなぁって思ってな」


 半分は本当だ。さっきまでは値段について考えていたし。

 ま、実際のところは、どうやったらリア充専用スキルが会得できるのかと観察してただけだけどな。


「なんや、値段なんて知れとるで? 確か一本5万くらいやな。これでも中級マナポーションと同じくらいの効果あるしな、おかしな値段やないやろ」


「そ、そうか……まぁ、冒険者用の回復アイテムとしては妥当だな……」


 エナドリ感覚で飲むには些か高級品だがな。


「──朱音、見つけたようやで」


 引きつった笑みを返していると、如月さんが話を割って入ってきた。

 どうやらダンジョンコアが見つかったらしい。


「そうか。ほな、はよ壊して帰ろか」

 

 日坂さんに促され、俺たちは早速コアの元へと向かった。



「あれまー、こんなに大きく育ってもうて」


 鍾乳洞内の奥、窪んだ空間に鎮座したコアを見て、岸辺さんが戯けるように言った。

 天然の洞窟内には似つかわしくない、人工的な球体だ。

 妖しく黒光りするそれは、バランスボールほどの大きさまで肥大化していた。

 そりゃあ、ランク上昇も起こるわな。

 ま、こんなになるまで放置されてきた理由については身をもって知ったから、あまり偉そうに言えないけど。

 少なくとも俺は依頼無くしてこのダンジョンは二度と潜りたくない。


「それじゃ、壊すぞ」


 ──バリンッ!


 一声かけたのち、俺が破壊の杖を叩きつけると、硝子玉が砕けるような音と共に球体が砕け散った。


「──さて、これで任務完了だな」


 俺はスマホを取り出し、破壊したコアの状態を撮影した。後は写真これと討伐した魔獣素材を管理局に持っていけば、京都での仕事は晴れて終了である。


「これで当面は安心やなぁ。ほんま、おおきに。感謝しとるで」


 改めて日坂さんが感謝の言葉を述べた。

 ニカッとした彼女の笑顔に、俺も釣られて微笑んだ。


「なに、困った時はお互い様ってやつだ。それに、京都を観光する良い口実にもなったしな」


「そっすね。確か宿泊期間は長めに取ってたはずっすから、残りはたっぷり観光に当てるっすよ!」


 俺の言葉に星奈がウンウンと頷きながら同意した。

 すると岸辺さんが、それならばと言わんばかりに手を挙げ、


「そらええなぁ。ほな、俺が京の街を隅々まで──」


「いや、結構っす」


「即答かいな! ほんま、手厳しいなぁ……。ほ、ほんなら、神官のお嬢ちゃん達はどう──」


「いえ、結構です!」「不要なのじゃ!」


 星奈に限らず、瑠璃子やユーノにまで即答で拒否され、岸辺さんはがっくりと頭を項垂れた。

 残念ながらウチのメンバーは、並の男なんざ軽くあしらっちまうのさ。

 代わりに年長者オレの扱いも軽いがな。ま、友達感覚とでも言えば悪くはないけどな。


「うぅ、東京のらは冷たいわ……しゃあない、朱音ちゃん、俺とデート──」


「じゃかましいわボケ!」


 すこーんっと芸人顔負けの強烈な日坂さんのツッコミが岸辺さんの頭に直撃し、彼は頭を押えて呻き声をあげた。

 一連のやり取りによって、場の空気が若干笑いで包まれる。そんな中──


「……」


 ふと、如月さんに目を向けると、彼女は割れたダンジョンコアの破片をまじまじと見つめていた。


(し、仕事ぶりを見られてる……!? ちゃんと壊せてるよな?)


 その様子に俺は少しドキッとした。

 というのも、コアを眺める彼女の瞳はドラマとかで見かける鬼姑そのものだったからだ。

 破壊しきれてなくて、後々、噂のとやらを言われたらやだなぁ。

 如月さん、ちょっと雰囲気怖いし。


「──さて、そろそろ帰還しよか。あ、帰りはウチの髑髏騎士アホにタンク持たせるから心配せんでええで」


「──そうやな、いこか」


 内心ドキドキしながらも彼女の様子を伺っていたが、どうやら杞憂だったみたいだ。

 日坂さんの一言で、如月さんはまるで興味を無くしたみたいにコアから視線を離した。

 ……いったい何だったんだろうか。あ、戻ってから言われるパターン?


 ──そんな感じで少しばかりの不安を抱きながら、俺たちは来た道を戻り、何事もなく地上へと帰還した。

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