第114話
「うーん、女子が喜ぶのって何がいいんだ?」
エレノアの助言に従い、俺は宿近くの商店街を練り歩いていた。
「つーか、茶菓子を売る店なんてこの辺にあるのか?」
ファストフード的な異世界料理を売る店や木箱に詰まった野菜を売る店など。軽食や食材を扱う店は多い。しかしながら、女性や子供が喜びそうなお菓子の類を扱うような店は見当たらない。
それもそのはず。ちゃんとした菓子なんて貴族が楽しむ嗜好品だ。庶民が楽しむ甘味なんて果物くらいだろう。俺も村にいた頃は森で取れる木苺みたいな果実が唯一の甘味だったしな。よくモニカと一緒に取りに行ったもんだ。
「……名前なんだっけ。ラトの実? そんな感じの名前だった気がするなぁ」
日本の苺とは比べ物にならないくらいに酸っぱいしエグ味もあったけど、それでもモニカは喜んで食べてたなぁ。
「お、兄ちゃん。ラトの実を探してるのかい? うちのは自生してるのと違って甘くて美味しいよ!」
呟きが聞こえていたのか、露天のおっさんが隙かさず俺に声をかけてくる。ちょうど果実や穀物を売る店の前を通りがかったようだ。
麻袋にこんもりと詰められた色とりどりのナッツ類や果実。ここだけ切り取って見るとアジア系の露店っぽい。
「いや、昔はよくおやつ代わりにしてたなって思ってさ。幼馴染みが好きなんだ」
「そうかい。なら土産に買ってやりなよ。ほら一つ食べてみな」
そう言って果実の一つを手に取って俺に手渡してくる。昔、森で摘んだものより実がふっくらとしていて色艶もいい。口に入れると甘さと酸味のバランスがほどよくて美味い。
「おぉ、美味いな。森で食ったやつとは大違いだ」
「だろ? 自生してるやつは他の草木に栄養を取られちまうからな。ちゃんと栽培してやりゃ甘くなるんだ。……まぁモモナ芋みたいに大量にできるわけじゃないから値段は少し張るけどよ」
ちょっとだけ、ばつが悪そうに言う店主。どうやら安価な穀物や木の実と比べてラトの実はグラムあたりの単価が高めのようだ。しかしながら価格については問題ない。今の俺はそこそこ金持ちだからな。
「値段なら気にしないさ。そうだな、その麻袋に入る分だけ売ってくれ」
とりあえず俺はレジ袋代わりにしているであろう麻袋のうち、一番大きなものを指差して言う。これから旅に出るわけだし、まとめ買いしておこうと思ったのだ。
「おぉ、ありがとよ……って、そんなに買うのか?」
「ん、駄目だったか?」
「いや、そんなに日持ちする果実じゃねえからよ。常備食にするならこっちのナッツ類の方がおすすめだぜ?」
恐らく俺のためを思って言ってくれたんだろう。普通は食べきれずに腐らせて無駄にするだけの量だからな。
「いや【収納】ポーチがあるから保存に関しては大丈夫だ」
「おぉ、それは私物か? ってことは上位の冒険者だったんだな。そういうことならいくらでも売るさ。何なら滋養強壮効果の高いリコの実も買ってくかい?」
おっさんが笑顔で他の商品も勧めてくる。
ついでだし保存食も買っておくか。旅に出るなら野営しなきゃならん時もあるだろうし。
「毎度あり!」
そんなこんなで買い物を済ませ、俺は受け取った商品を【収納】ポーチへと詰め込んだ。
後は宿屋でモニカたちを待つか。そんなことを思いながら歩き出した矢先。
「──にょおおお、ケント殿おおおぉぉぉぉぉ!?」
耳馴染みのある声。ざわつく周囲の人々。
見ればパーティー随一の奇人が、猛烈な勢いでこちらに迫ってきていた。
おまけになんか変な乗り物に乗ってるしよ……ってセ〇ウェイじゃねーか!?
「わ、我を受け止めてくだされ! ちょっと飛ばしすぎて制御が!」
さらには無茶振り。おい、そういう筋肉で何でも解決しちゃう系のキャラじゃないから。
いや、半分くらいは合ってるか?
「にょわああああああっ!?」
ってそんなくだらないことを考えている場合じゃなさそうだ。
高速で突っ込んでくるエレノア。止めてやらんと怪我人が出そうだ。
「だぁ! 仕方ねぇ!」
意を消して俺はエレノアの前に立ちふさがる。
ドラゴン討伐の甲斐あってレベルもあがった。スキル無しとはいえども、単純なステータスだけなら一般人のそれを軽く凌駕してる。
「はあっ!」
「にょふんっ!?」
足腰に力を込めると俺はセ〇ウェイもどきを受け止めた。やや押されはしたが問題ない。
そのまま足を突っ張って強引に速度を落とす。その反動……要するに慣性の法則やらうんちゃらかんちゃらにより、エレノアの身は大きく投げ出され、そのままどさりとケツから地面に落ちていった。
「うぅ……我のお尻が……ひどいですぞ! 受け止めるなら我でしょう!?」
「馬鹿言うな。こいつの暴走を止めなきゃ街の人に被害が及ぶだろうが」
「にょおお! そんな名もなき通行人と我のお尻どっちが大事なのですかっ!」
「いや、普通に街の人なんだが……」
そもそも通行人にもちゃんと名前あるからな?
「それより何しに来たんだよ? モニカを迎えにいったんじゃなかったのか?」
「にょ!? そそ、そうでした! ケント殿! 大変なのです!」
俺が訊ねると、エレノアはすぐに起き上がり、慌ただしい様子で詰め寄ってきた。
それから叫ぶように言う。
「モ、モニカ殿が! モニカ殿が悪漢に攫われたのです!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます