第59話
「【
日坂さんの詠唱と共に、虚空がまるで波紋のように揺らいだ。
刹那、光線の如し矢が無数に放たれる。
「ちっ、もはや番える必要もねーのか。
俺は破壊の杖を振り回し、雨霰の如く降り注ぐ矢を叩き壊してゆく。
だが、彼女のスキルは想像以上に厄介であった。第一陣を凌いだと思いきや、また別の角度から矢の雨が降り注ぐのだ。
射角、射程、装填時間、発射数──本来、遠距離武器使いが考慮すべきイロハを無視した攻撃は、俺のステータスをもってしても捌くのがやっとだった。
「この手の攻撃の相殺は任せるっすよ、パイセン!」
星奈が似た系統の魔法武器スキルを発動させて俺を援護しようと試みる。
「【
彼女は魔力によって生成した無数の短剣を撃ち放った。
「あんた等はこいつと遊んどき」
だが、突如として地面から湧き出た巨体によって、その攻撃はあっさりと防がれてしまう。
「うぇ……マジっすか……」
それは巨大な竜だった。
否、竜と言っても【竜王山脈】で戦ったような巨大トカゲはその風貌が大きく異なる。
骨と腐肉で構成された身体を持つ、骸の竜であった。
骨組みだけの翼には、翼膜に代わって紫煙の瘴気を纏い、真っ黒な眼孔には眼球の代わりに青白い炎を灯す。
RPGで言えば、いかにも魔王城手前の毒沼地帯を守ってそうな魔獣だ。
見るからに強そうなソイツは、相手をしてやると言わんばかりに星奈の眼前へと立ちはだかった。
「オ゛ォオ゛ッォォォッ……」
人間の呻き声を幾重にも重ねたような咆哮と共に、骸竜は星奈へと襲いかかった。
「いいっ!? 鳴き声キモッ! だぁー!! ユーノ、ちょっと手伝うっすよっ! パイセンと違って、ウチの天職は
「わかっておるのじゃ! 所詮は亡骸。妾の最も得意とする相手──いでよ、
ユーノが詠唱すると、その傍らに一対の砲塔が現出した。以前にも彼女が使用したものだ。
彼女が指差す動作に連動して、壮麗な彫刻が施された砲身が骸竜へと向けられた。
「【
號令と共に、極大の魔法が撃ち放たれた。
光と闇。相反する属性が絡み合ったそれは、骸竜の頭部へと直撃した。
──炸裂する閃光。
どれだけ巨体だろうが、相手はアンデッド。
聖属性を併せ持つこのスキルのダメージは三倍となり、一溜りも無いだろう。
そう思っていたのだが──
「──なんや、うちの天職もえらい舐められたもんやな」
派手なヒットエフェクトの影から顔をのぞかせた骸竜。
ダメージを与えた痕跡は残るものの、その頭部は健在だった。
「よもや
唖然とした声で吐露すユーノ。
仮面のせいで表情は見えないが、その顔はきっと驚愕に満ちていることだろう。
だが悠長に驚いている暇も無い。反撃とばかりに骸竜は、その口腔から瘴気を吐き散らした。
「きゃあっ!?」
「くぅ──【
発動した【
耐性持ちの俺やユーノは兎も角、星奈や高田さんにとっては致命的な状況である。
おまけに相手の固有スキルによる生命力吸収効果が発動している
「星奈ちゃんとユーノちゃんはそのまま応戦を……状態異常は私が対処しますから!」
「助かるっす、瑠璃子……!」
瑠璃子が【浄化】を星奈と高田さんに発動させて、状態異常を緩和していく。
とはいえ状況は芳しく無さそうだな。
彼女らもSランクだが、前衛の俺がいなければパーティーバランス的に同格相手は不利だろう。ここは俺も援護に回りたいところだが──
「──余所見してる暇があるんやろか?」
ユーノ達の動向に気を取られた隙を突いて、日坂さんが五月雨の如く矢を放った。
三方向からの同時射出。それを俺は敏捷ステータスを全力で駆使して跳躍して躱す。
先ほどまで俺が居た場所が、矢の雨によって抉られてゆく。
「見えてるものが全てとは限らんで?」
背後から日坂さんを操る如月さんは、不穏な笑みを見せた。
「は、何っ……!? ぐっ!?」
刹那、滞空する俺の身体に矢の雨が降り注いだ。
全身を蜂に刺されたかのような痛みに襲われ、俺は姿勢を崩してそのまま地面へと落下してしまう。
「痛ってぇ……」
幸いにも身体の外傷はそれほど酷くなかった。
無論、高い防御ステータスの恩恵である。
常人であれば蜂に刺された程度どころか、身体中が穴だらけになっていた事だろう。
それにしても、いったい何をされたんだ?
何が起こったのか全く理解できなかった。
「これがウチの固有スキル──【
そう言って如月さんは手に持った短杖を振るう。
すると周りを蠢いていた黒マネキンが、その姿を見る見るうちに変えてゆく。
「こいつらは……
俺が呟いた頃には、黒マネキンの姿は
こいつらは低級ではあるものの、再生能力の高いアンデッドである。
黒マネキン共の見せた再生能力はこれが理由というわけだ。
「見た目だけやない。この権能はな、世界を欺く力や。うちらが名前を入れ替えてようが、夜空を真昼に見せかけようが、その〝ズレ〟に気付くものは誰もおらへん。【鑑定】ですら、その真実を見抜けへん」
彼女は己の固有スキルが保有する権能を、包み隠さず堂々と語ってゆく。
それだけ自信がある事の証明でもあった。
人の思考すら欺く固有スキル。使い所によっては、最強とも言える能力だった。
ユーノが鑑定で見抜けなかったのも、このスキルの能力か。
「……敵相手に随分と気前がいいんだな。手加減でもしてくれる気になったのか?」
「んなわけあるかい。──これは警告や。今すぐ手を引いて東京へ帰れ。そしたら、命だけは……助けたる」
忌々しそうに俺を睨みながら彼女は言う。
その言葉から──垣間見えた。
自身に残る、微かな葛藤が。
冷酷になり切れない、その心根が。
「──悪いが、引くつもりはない。何せ偉そうに語ったばかりだからな。道を踏み外したなら、ぶん殴ってやるってな」
結局のところ彼女は、完全な悪人になり切れていないのだ。
どこか心の中で、これまでの行為の正しさについて疑問を抱いている。
日坂さんとは、一緒に居たい。
けれども、他人の生命までは奪いたくない。
なぜならその痛みを、彼女自身よく知っているから。
だから人を襲うよう指示を出しても、殺しまではしない。
だからこうして、俺に逃げるという選択肢を与えてくる。
「それに、アンタも薄々勘付いてたんだろう? 他人の生命を奪って生き永らえる。そんな生き方を、日坂さんが望んでない事を」
「なっ……! そんな、事は……」
如月さんは、まだ狂っていない。
だからこそ、俺に引き下がるという選択肢はなかった。
この偽りの幸福から彼女を切り離すには今しかないのだ。
「だからあの時、アンタは俺に質問したんだ。道を踏み外した自分が、日坂さんにどう映っているのか。それを直接聞くのが、怖くて──」
「──黙れッ!!」
如月さんは語気を強めて、俺の言葉を遮った。
「……よほど死にたいようやな。なら、お望み通り殺したるわッ! ──〝朱音〟!」
それから感情を露わにしながら、日坂さんの名を叫んだ。
「──【
機械的な詠唱と共に、降り注ぐ矢の雨。
それを俺は杖で防御しながら間合いを詰めてゆく。
「ぐっ……!」
見えない矢が、いくつか俺の身体に突き刺さった。
ナンバーズスキルによって隠蔽された不可視の攻撃。
それを防御力によって強引に受けながら突き進んだ。
狙うは術者である如月さん本人である。
魔力供給源である彼女さえ倒せば、自然と日坂さんの死にたいという願望は達成されるのだから。
「接近戦に持ち込むつもりなら、的外れや。不死王はな、己のスキルを使役するアンデットに使用させれるんや! その生命、残らず搾り取ったるッ!」
日坂さんの瞳が金色に光り輝いた。
以前に俺の意識を刈り取ったアレを発動させるつもりだろう。
「くっ……」
前回戦った時から察するに、あのスキルは接触時に最も効力を発揮する。
故に、この一撃は必ず防がなければならない。
「【
他者の生命力を奪い取る、必殺のナンバーズスキル。
それを回避しようと俺は彼女の右側に回り込もうとした、その刹那。
「な、んでや……!? 朱、音……?」
その白くて細い手のひらは──俺ではなく、如月さんに当てられていた。
彼女は信じられないといった表情で日坂さんの顔を見た後、そのまま意識を失った。
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