第60話
「日坂さん……使役が外れたのか……?」
使役されているはずの日坂さんが、術者である如月さんを攻撃する。
そんな予想だにしない結果に狼狽えつつも、俺は彼女へと声をかけた。
「来たら、あかん……ッ! 早く琴音を連れて逃げ……るん、や……」
そう言って何かに耐えるように身体を震わせる日坂さん。
明らかにその様子がおかしい。
(よくわからんが、とにかく如月さんを回収するか──)
不穏な空気を察した俺は、意識を失った如月さんの元へと駆け寄る。
それから彼女の小さな身体を抱きかかえ、素早く日坂さんから離れた。
「あ゛ぁあ゛あぁあぁぁぁ、ぁぁぁ……!!」
刹那、唸るような声を上げ始める日坂さん。
絹のように艷やかなその金髪が、まるで触手のように伸び始め、そして──
「いったいどうしちまったんだ……!?」
──手当たり次第に周囲のアンデッドを捕縛し、取り込み始めた。
取り込まれた
「わわっ……何じゃっ!? 新手かの!?」
黄金色に輝く触手は、ユーノ達が交戦していた骸竜にまで及んだ。
「オ゛ォオ゛ッオオォォッオオオ……」
その巨躯を容易く絡め取り、そして腐肉の隙間から内部入り込んで喰らってゆく。
まるでSF映画に出てくる寄生型のエイリアンが宿主を蝕むような、そんな光景。
正直〝異様〟としか言いようが無かった。
「なんかヤバくないっすか……!?」
「だね……何が起こってるのかな……?」
星奈と瑠璃子が引き攣った表情を見せた。
冒険家という生業柄、多少はグロ耐性のある二人。
だが、こいつに関しては普段のそれとは違った悍ましさを感じたようだった。
──やがて触手は、日坂さんの肉体まで取り込み始めた
「賢人さん! 琴っ……朱音ちゃんが」
「あぁ、わかってる。けど、流石の俺でも迂闊には近づけねーぞ」
日坂さんを中心に、周囲のアンデットを残らず取り込んだ触手。
養分を得て、長く、太く、そして数多になったそれらが、
今度は不定形生物のようにその形を自在に変えてゆく。
粘土をこねくり回すような光景がしばらく続いた。
こねては、成形する。何度も。何度も。
そのカタマリは意思をもって、自らを意図した形に近づけてゆく。
それを繰り返す事、数十秒。
──次第にその完成形が見えてきた。
「ぬおぉぉ……なんと禍々しき姿よ」
生まれ出たのは、山ほどもある大きな狐だった。
美しい金色の毛並み。妖しく揺れ踊る九つの尾。
その姿は、妖狐や九尾の狐と呼ばれる妖魔の類と非常によく似ていた。
「あれは……日坂さん、なのか……?」
ただし、伝承に出てくる妖怪とは唯一異なる点があった。
それは、妖狐の額。眉間の辺りからまるで菌糸類のように生え出た異物。
見紛うはずも無い。それは紛れもなく日坂さんの上半身だった。
「──賢人よ、残念じゃがアレはもう人ではない。あやつが纏うのは魔力ではなく、純然たる魔素。つまりは、既に魔獣の領域に足を踏み入れておる」
ユーノの言葉を受け、その場にいた全員がざわついた。
確かに彼女はアンデッドだ。その事実だけを見れば魔獣と定義するのは正しい。
だが、その心や魂といった人を人たらしめる部分は、日坂朱音その人だった。
そんな彼女が心まで魔獣と化すなんて事が──ありえるのだろうか。
「パイセン、悠長に考えている暇は無さそうっすよ──来るっす」
星奈が素早く短剣を構えて警告した。
次の刹那、蒼白い火球が俺たち目掛けて飛んできた。
「「【
咄嗟に前に躍り出たユーノと瑠璃子。彼女らはほぼ同時に防御魔法を展開し、向かい来る火球を防いだ。
「倒すしかねぇか……元々、そのつもりだったしな。──高田さん、如月さんを頼みます」
「えぇ、わかりました。でも……気を付けてくださいね。私もそれなりに管理局にいますが、あのような魔獣は初めてですから……」
気を失った如月さんを高田さんへ預け、俺は杖の柄を握り直した。
「──瑠璃子!!」
「はいっ! 【
俺は瑠璃子の名を呼ぶ。
すると彼女は、隙かさず
──【
武器に聖属性魔法を付与する、
あの妖狐がアンデッドであれば、俺の攻撃力も相まって有効打となるだろう。
魔力を伴った破壊の杖が、白く発光する。
「ちっとばかし痛いかもしんねーが、許してくれよ」
俺は妖狐へ向けて疾駆した。
当然、相手は迎撃せんと、またあの青白い炎を幾つも飛ばしてくる。
それらを巧みに躱し、杖で殴り消しながら──その懐へと飛び込んだ。
「──【破天砕月】ッ!!」
渾身の殴打。
魔法だなんだと新しく覚えた事は多いが、やはりこれに優るものはない。
極たる攻撃力から放つ、極たるスキル。
その一撃は、眼前の妖狐の右肩を消し飛ばした。
──その刹那、妖狐の額から生え出た彼女が、苦悶の叫びをあげた。
『あがっ……ぐうゥゥッ──!?』
「ひ、日坂さん!? 意識があるのか!?」
彼女の苦痛の声を聞いて、俺は二撃目を思わず躊躇った。
だが、彼女はこちらを睨みつけて俺に牙を剥き出す。
『……構わんッ!! もう、この身体、うち、には制御できんッ! 取り返しの、つかん事を仕出かす前に──はよ葬ってくれっ!!』
既に彼女の瞳は人間のものではなくなっていた。
亀裂のように縦に細くなった瞳孔は、狐や猫科の類いが持つそれと一緒だった。
『馬原はんは、何も気にせんで……ええ。〝拾い食い〟した、バチが当たっただけや、さかい』
息絶え絶えながら、自嘲気味に笑う日坂さん。
いったい彼女は何を食べたと言うのか。
頭に浮かんだ疑問に答えたのはユーノだった。
「お主、ダンジョンコアを取り込んだのじゃな……あのような得体の知れぬものを……」
彼女の視線は日坂さんではなく、その付近にある見えない何かに向いていた。
恐らくナンバーズスキルによる鑑定結果を見ているのだろう。
如月さんが意識を失った事で、偽装の効果が解けていたようだ。
『それで琴音が、救われてれば、万々歳やったんやけどなぁ……失敗してしもたわ』
「日坂さん……あんた……」
以前、彼女が破壊したコアをまじまじと眺めていた理由を、ようやく理解した。
彼女は模索していたのだ。
自らが滅びる以外にも──如月さんが幸せになれる第二の選択肢を。
そうして足掻いた結果が、これなのだ。
『そろ、そろ……キツイわ。ほな、馬原はん……お願いするわ』
途切れるような言葉の後、無数の蒼炎が俺目掛けて放たれた。
どうやら主導権が妖狐に移ったようだった。
「──あぁ、任せておけ。できるだけ、痛くねーように、するから」
ただ一言だけ返すと、俺は駆け出した。
蒼炎を避けながら、俺は叫ぶ。
「理を我が手に──【
刹那で終わらせる、最大の一撃の為に。
「【
後方から、如月さんの叫ぶような声が聞こえた。
けれども、俺は振り返らない。
きっと、彼女の顔を見れば、躊躇ってしまうから。
「……【破天砕月】っ!」
──閃光が、ダンジョン内を照らした。
◇
『……構わんッ!! もう、この身体、うち、には制御できんッ! 取り返しの、つかん事を仕出かす前に──はよ葬ってくれっ!!』
──愛しい人の声で、私は意識を取り戻した。
だが、重い瞼を開くと、そこには別の女性の顔があった。
彼らと一緒に同行していた名も知らぬ女の人だ。
「目が、覚めたんですね……まだ無理に動かない方がいいですよ」
女性に言われるまでもなく、身を起こそうとしても力が入らなかった。
どうやら意識を失う寸前に受けた【
「朱、音……」
なぜ彼女は、私を攻撃したのか。
そもそも、どうやって私の使役スキルに抗ったのか。
頭を埋め尽くす疑問を解消したく、私は何とか力を振り絞って首を傾けた。
「……っ!?」
──そして言葉を失った。
『馬原はんは、何も気にせんで……ええ。〝拾い食い〟した、バチが当たっただけや、さかい』
なぜなら、彼女のその下半身が、巨大な狐の魔獣へと変貌していたからだ。
昏倒している間に、何が起こったというのか。
理解できない現実に、私の鼓動がその速度を上げていく。
「お主、ダンジョンコアを取り込んだのじゃな……あのような得体の知れぬものを……」
『それで琴音が、救われてれば、万々歳やったんやけどなぁ……失敗してしもたわ』
そして私は、彼らの会話から──徐々に理解していく。
彼女が──朱音が取った行動を。
そしてそれが、彼女にどのような結果をもたらしたのかを。
『そろ、そろ……キツイわ。ほな、馬原はん……お願いするわ』
やがて、朱音は肩の荷が下りたかのような表情で、死を懇願する。
「──あぁ、任せておけ。できるだけ、痛くねーように、するから」
──嫌だ。
「理を我が手に──【
──どうして。
「【
──私が、──間違っていたの?
「──嫌やっ……行かんといてっ! 朱、音っ……!!」
私は声を振り絞って、感情のまま叫んだ。
けれども、その願いが届くことは、決してなかった。
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