第61話

 ──全てが終わり、さらさらと灰が舞うダンジョン内。

 

「……ちくしょう」


 その灰が髪や肩に降り積もるのも厭わず、俺はただ一言だけ吐露した。

 

 仕方がない。本来、あるべき形に戻っただけだ。

 彼女は、既に死んでいるのだから。

 そう、頭で理解していても、言葉を紡がずには居られなかった。


 喩えようのない複雑な感情が、俺の心中を渦巻く。

 そんな俺の袖を、小さな手が掴んだ。


「賢人よ、揺らいではならん」


「ユーノ……」


「それが、お主の正義エゴなのじゃろう。ならば堂々とするのじゃ。お主までそんな顔では──それこそ彼女が救われんじゃろ」


 そう言って彼女は視線で如月さんを示した。

 高田さんの膝に頭を乗せた彼女は、悲壮感を含んだ瞳で、ただただ舞い散る灰を追っていた。


「──そうだな。すまん、ユーノ」


 ユーノに指摘され、俺は素直に謝罪した。

 ここで俺が自責の念に駆られていては、それこそエゴってやつだ。

 如月さん彼女を止めると決意したのなら、俺はその咎を背負わなければならない。

 二人を永遠に分かつ、その咎を。


「……戻るか」


「うむ、そうじゃの」


 雪のように降る灰に背を向け、俺は瑠璃子や高田さんがいる場所へと戻った。



 ◇


 

「【完全治癒パーフェクトヒール】」


 ちょうど、瑠璃子が如月さんへ回復魔法をかけているところだった。

 スキル効果によって失われた体力を癒やすためだろう。

 既に意識を取り戻しているところをみると、以前に俺が受けたほどのダメージは無いようだ。日坂さんが加減していたのだろう。


「はい。これで、歩くくらいは大丈夫だと思うよ、琴音ちゃん」


「……」


 治癒を終えて優しく声をかける瑠璃子だったが、如月さんは返事をしなかった。

 ただ、ぼんやりとした目で虚空を眺めているだけだった。

 その様子を見かねた星奈が、少し語気を強めて言う。


「……だぁーもう! 辛いのはわかるっすけど、返事くらいするっす! 瑠璃子に失礼っすよ!」


「せ、星奈ちゃん……! 別に私は大丈夫だから……ね? それに、今は仕方ないと思うよ」


「むー……瑠璃子は甘ちゃん過ぎるっす」


 瑠璃子に嗜められた星奈は、渋々如月さんの態度を受け入れる。


「……」


 もっとも、当の本人は星奈の指摘など耳にすら入っていない様子だが。

 しかしまぁ、いつまでもこうしているわけにも行くまい。

 そう思った俺は、如月さんに手を差し伸べた。


「ほら、立てるか?」


 すると、如月さんは少し考えるような目で俺の手を眺めた後、


「……いらん。一人で立てる」


「……そうか」


 差し出された手を、無視して起き上がった。

 それから、ふらつく足取りでダンジョンの入口へと歩き出した。


「こ、琴音ちゃん……大丈夫……?」


 瑠璃子が心配そうに呼びかけるも、如月さんは振り返らない。


「……心配せんでも、変な気を起こすつもりはあらへん──ただ、今は」


 そこまで言って、彼女は言葉を詰まらせた。

 それから肩を少しだけ震わせる。だが、それも刹那の間。


「──今は、一人になりたいんや」


 それだけ言い残すと、彼女はダンジョンの外へと出ていってしまった。

 俺たちは黙ってそれを見送る事しかできなかった。


「……難しい問題ですね。仕方ないと言えば、それまでなのかもしれませんけど」


 ぽつりと高田さんが吐露した。

 その言葉に、たった一言だけ返した。


「えぇ、本当に」

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