第58話
「日坂さんがいるという事は、やはり──如月さん、アンタはもう──」
「──〝朱音〟は死んどらんッ!! ちゃんと生きとるんやッ!!」
俺の言葉を遮って、日坂さんが吼えるように叫んだ。
その表情には鬼気迫るものがあった。一緒に探索にいった時に見せた愛嬌のある笑顔からは想像もできないほどに。
「朱音、ちゃん……」
その様子を眺めていた瑠璃子が、言いようのない感情を唇から漏らした。
頭の良い彼女の事だ。
俺の言葉、そして日坂さんの様子から、これがどういう状況かをすぐに察したのだろう。
生者としか思えぬ振る舞いを見せる少女──如月琴音。
彼女は、紛うこと無きアンデッドである。
「冥府を支配せし者。神話級の存在。よもや、そこへ至る者が実在するとは。それも
まるで神の奇跡を目の当たりにしたかのような声色で、ユーノが呟いた。
だが、続く言葉で、それを否定する。
「──いや、原理的には可能なのかぇ。息絶えた直後の損耗無き魂を、現世に留め続けるだけの魔力さえあれば……お主のナンバーズスキルが、ソレを
ユーノの言葉が示す意味を、俺はすぐに理解できた。
彼女──日坂さんのの天職は、死霊術師の上位である不死王だ。
要するに新鮮な魂を亡骸へと宿し、それを維持しつつければ死者蘇生に近い芸当は可能なのだ。理論上はな。
だが、現実的には不可能な話。
なぜなら個人で供給できる魔力には限界があるからだ。その回復速度が消費速度を上回ることなど、到底有り得ない。
詰まるところ、太陽が必要なのだ。
正確には太陽の如く膨大で、無限に近いエネルギーが、だな。
生きとし生けるもの全てが、陽の光を必要とするように。
──それを彼女は、数多の他人から奪う事で成し遂げたのだ。
「日坂さん。いや、──〝如月さん〟と呼ぶべきか」
日坂さんが如月さんの事を〝朱音〟と呼ぶあたり、彼女らはお互いの名前を入れ替えているのだと察した。
故に
「正直、俺はあんたの事情は知らないし、どんな想いで彼女を甦らせたのかもわからん。ま、何となく想像はつくがな」
なぜなら、俺は日坂さん──もとい如月さんが見せた表情をよく知っている。
以前に東雲さんが見せたものと、とてもよく似ていた。
それは大切な者を失った時の嘆き。そして取り戻したいという渇望。
それを根っこから否定するつもりはない。
「──だがな。これだけは言っておく」
今から俺は、彼女を傷付ける。
そうとわかっていても、俺は言葉を止めなかった。
「あんたがどれだけ願っても、あんたがどれだけ想いを馳せても──彼女が望まなきゃ、それは単なるエゴでしかない。それで彼女を幸せにした気でいるなら、それはもう──ただの片想いなんだよ」
それは彼女の想いを踏みにじる言葉。
それは彼女の感情を爆発させる起爆剤。
「にが、……かる、ねん……」
掠れるような声で、如月さんが何かを呟く。
胸の奥に詰まった膿を抉り出すように喉を絞り、そして噴出させる。
「お前、にッ、ウチの何がわかるねんッッ!!」
──轟ッと魔力が渦巻いた。
「うぐっ大事なもんが、大好きな人がッ! 心から愛した人が冷たなってく痛みがッ、お前なんかに、わかってたまるかッ!! ぐう゛ぅーッ!!」
月夜に響き渡る慟哭混じりの叫び声。
同時に俺の身体から力が抜けゆく感覚。
まさしく彼女がナンバーズスキルを発動させた証拠だった。
「ななな、なんで煽っちゃうんすかパイセンっ!? 乙女心ガン無視で地雷原を爆走してるっすよ!? マジでノンデリカシーなんすか!? 」
ナンバーズスキルによる生命力吸収効果。
それを身をもって体感した星奈が慌てふためいた。
「いや、これでいいんだよ──それだけ想いが強いって証拠だからな」
「はっ……? どういう意味っすか?」
「──それより支援頼むぞ。ユーノと瑠璃子は高田さんのヒールに注力してくれ! ステータス的にスキルの影響が大きいからな」
頭に疑問符を浮かべる星奈は一旦置いといて、俺はユーノと瑠璃子へ指示を送った。
「は、はい!」
「ぬぅ……わかったのじゃ!」
「すみません……ありがとうございます」
後方で二人が回復魔法を発動させた。
どうやらパーティー全体に持続回復もかけてくれたようだ。
身体を暖かな光が包みこんでゆく。
「ウチらを阻むなら容赦せん──本気で殺す。そんでもって〝朱音〟の糧になってもらうわ」
彼女の昂ぶった感情は時と共に冷え切り、やがてナイフのように尖ってゆく。
それから、殺気をたっぷりと染み込ませた声。
自身の選択を真っ向から否定された彼女は、それを隠すことなく言葉に込めて放つ。
気の弱い人間ならば、その声だけで卒倒しそうなほど。
だが俺は、一切の畏れも含まず、その言葉に応えた。
「あぁ、望むところだ。俺とあんた。お互いの正義が対立するなら、答えは一つしかねーからな」
異なる思想、異なる価値観、異なる正義。
それらが対立した時。
「──勝った奴が正義で、負けた奴が悪党だ。シンプルでわかりやすいだろ?」
誰かにとっての正義が、誰かにとっての悪になった時。
残念ながら人間って生き物は、それを貫く手段をたった一つしか持ち合わせてないのだ。
「あんたが心の底から願い、掴み取った
生憎、死者を甦らせるような便利で都合の良いチートスキルを、俺は持ち合わせていない。
あるのは、真正面からぶん殴る力だけだ。
しかし、それだけあれば充分だろう。
どちらが正しいか、なんて生温い議論はこの場において成立しないのだから。
「上等や。その言葉、後悔させたる。〝死よ、我に跪け。我が名は──
如月さんは、静かに詠唱を紡いだ。
すると傍にいた〝日坂さん〟の瞳が淡く光を宿し始める。
黄金色に輝く瞳孔は、まるで満月のようだった。
「あぁ……堪忍なぁ、馬原はん。ウチ、コレには抗われへんから。──どうか、どうか死なんように」
艷やかな毛並みの狐耳をしゅんと垂らして、悲しそうに笑う日坂さん。
紡がれた言葉は、その身が完全に如月さんの支配下となる事を意味していた。
彼女の尾がゆらりと揺れた刹那──戦闘が始まった。
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