─私という存在、そして呪縛─
「──いつまで続けるんやろか」
円山公園に存在するB級ダンジョン──【鬼人之里】。
その内部に続く薄暗い山道を歩みながら、私は呟いた。
その言葉は、誰かに向けたものではない。
その言葉は、私自身に対する問いかけだ。
他人の生命力を糧とする日々。
まるで寄生虫のような生き方に幾度となく辟易していた。
たが、そうは思っても、いざ
これは魔獣としての生存本能なのか。
それとも生きたいと願う私の本心なのか。
もはや、わからない。
時を刻む程に私の思考は、人の持つそれから外れてゆくのだ。
──このままでは、いけない。
それだけを考えながら、私は進んだ。
「──〝朱音〟っ!」
予め決めておいた合流地点に到着すると、赤髪の少女が駆け寄ってきた。
彼女──〝如月琴音〟は、心配そうな表情で私の身体に抱きついた。
「大丈夫やったか? どこも怪我してへん? 途中で魔力がごっそり持ってかれたから心配してたんやで……」
そう言いながら彼女は、私の身体を弄った。
これは茶番だ。私に触れたいがための、ただの口実。
私の身体がどうなっているのか。それは彼女が一番良く知っている。
なぜなら私は──彼女の使役する〝アンデッド〟なのだから。
「……そないに心配せんでも。魔力がある限り……朽ちる事はないさかい」
他人の魔力を喰らい、その身を保つ生ける屍。
魂だけを腐肉に繋ぎ止めた、理外の存在。
それが私──〝日坂朱音〟という存在だ。
もし私という存在をカテゴライズするなら、それはきっと魔獣だろう。
私がまだ人間だった頃に、私の身体を引き裂いた忌々しい存在。
だが今は──私がそちら側に立っている。
なぜこうして蘇ったのか。その理由は正直わからない。
目が覚めたら隣で琴音が泣いていて、私の身体は人ではなくなっていた。
「それでもウチは……心配なんや。こんな事させておいてと笑ってまうかもしれんけど、朱音がウチの一番なんや……」
それでも琴音は私を一人の少女として見ていた。
ただの友人としての関係を超え、一人の恋愛対象として私を見ていた。
「朱音……」
とろんと火照った眼差しで私を見据える彼女。
高まった感情に流されるまま、艷やかな唇を私に近づけてゆく。
私が持つそれとは真逆の、生きいきとして柔らかそうな唇を。
「──嫌や」
私は顔を背けて、彼女の接吻から逃れた。
すると琴音は今にも泣き出しそうなくらい悲しい表情を見せた。
気まずくなった私は咄嗟に言い訳を吐く。
「その……香りが飛んでしまってるから、密着するのも、ちょっと恥ずかしいんや」
「そ、そうやったんか。ごめん、うちも気が効かんくて……」
香りというのは、香水の事だ。
いくら見た目が生者に近くとも、私はアンデッドである。
従って、その肉体は若干ながら腐敗臭がする。
故に、私は常日頃から琴音に香水を振りまいてもらっていた。
「ちょっと待ってな。すぐに振ってあげるから──っとと?」
そう言ってガサガサと【収納】ポーチを漁り始める朱音。
ふいにその身体が揺れ、倒れ込みそうになるのを私は支えた。
「──お、おおきに。ちょっと気ぃ抜いてしもたわ」
「あまり寝れてへんねやろ……今日は、他から魔素を補給してるさかい、少し控えとき」
彼女は私を使役し続けるために、常日頃から魔力を消費していた。
──私を消滅させたくない。
その一心からスキルを発動し続ける彼女。
彼女の持つ使役スキルはお世辞にも燃費が良いとは言えない。
長時間睡眠を取ってしまうと寝ている間に魔力切れを起こしてしまうほどだ。
故に彼女は一日の大半を起きて過ごす。
襲い来る眠気は、カフェイン入りの魔力回復薬を飲んで凌ぐ。
そんな毎日を、ずっと繰り返していた。
「大丈夫や……これがウチの選んだ道やから」
そう言って、ぎこちない笑顔を見せる彼女。
その表情を見るたびに、私の胸は締め付けられるように痛くなる。
──そんな事は求めていない。そんな道を貴女に選んで欲しくない。
私が心中でそう叫んでも、声にはならない。
所詮、私はスキルによって動くアンデッド。
強力な隷属効果によって、主が望まない行動は一切取ることができない。
接吻のような色恋沙汰はやんわり拒否できても、これだけはどうにもならないのだ。
つまり、彼女は自分の選択を正しいと思い込んでおり、この道を突き進む事を常日頃から願っているという事に他ならなかった。
(──まるで、呪いや)
彼女は止まらない。
大好きな私を、偽りの私をこの世に留めるために。
他人はおろか、自分の身すら厭わない。
だから願うのだ。
だから賭けるのだ。
(──誰か私を、葬ってくれへんか)
そのために、私は行動してきた。
──私が残した残り香を、彼らが見つけてくれる事を祈って。
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