第57話

 鳥居をくぐり抜けた先の風景は、地上と大差無かった。

 何せ視界に映るのは、古ぼけた鳥居や廃墟と化した木造建築物ばかりだ。

 目隠しで連れて来られた後にこの光景を見せられて、日本のどこかの寂れた神社だと言われたら納得してしまう事だろう。

 それほどまでに、ここは日本的だった。


「あまり風景に変化はねえが、ダンジョン内部で間違いは無さそうだな」


 だが、それでもここがダンジョン内であるとはっきり言える。


 どこか遠くの茂みから聴こえる蟲の声。

 雲の隙間から差し込む淡い月光。


 外はまだ日が高かったが、ここは違う。

 ここは、この場所は今、


 ──ねっとりとした夜に覆われていた。


「美しいと言えば美しい場所じゃが、何やら得体の知れぬ気味悪さがあるの」


「それ、私もわかります。それに……どこか悲痛さも、この場所から感じます」

 

 ぽつりと吐露すユーノと、それに同調する瑠璃子。

 どうも二人はこの場所から見えない何かを感じ取ったようだった。

 ……感受性の違いなのか。俺にはさっぱりわからんがな。


「……星奈、お前も何か感じるか?」


 念のため、星奈にも尋ねてみる。

 すると星奈は変なものを見るような視線をこちらに向けて淡々と答えた。


「はぁ、『何か』ってなんすか? ダンジョンだなーって感想しかないっすけど」


 どうやら星奈は特に何も感じ取れなかったようだった。

 ……ふぅ、良かった。同じ感性の仲間がいて。

 俺だけ飛び抜けて鈍感というわけではなさそうだ。


「そうか。や、何も感じなかったのなら、それでいいんだ」


 正直に言えば、概ね期待通りの返答である。

 彼女は元々、淡白な性格なのだ。

 星奈には悪いが、お世辞にも感性豊かとは言えないしな。


「む……パイセン……まーた何か失礼な事考えてるっすね?」


「い、いやっ? そんな事はないぞ? つか、なんでそこは妙に鋭いんだよっ!?」


「これくらい盗賊の勘で余裕っすよ。どうせ『俺と一緒だー』とか思って喜んでたに違いないっす」


 うげっ。完全に俺の思考を読んでやがる。

 毎度ながら読まれすぎて怖えーよ。


「そ、それよりも周辺はどうだ? 魔獣の気配とかは無いのか?」


 これ以上追及されるのも敵わないので、俺は逃げるように話題を変えた。

 とは言っても別に現状にそぐわない話というわけでもない。

 なぜなら、ここはランクすら不明な新規のダンジョンである。どのような魔獣が潜んでいるのか、その情報を得る事は重要な事だ。


「気配なら至る所にあるっすね。ただ……こいつらを魔獣と定義して良いのかは悩みどころっすけど」


 言いながら星奈は、視線でとある方向を指した。

 そこには先日街なかに大発生した黒マネキンの姿があった。

 それも、かなりの数が蠢いている。

 夜に紛れて、いつの間にか俺たちを包囲していたのだ。


「わぁ……これが噂のハンザワさんですね」


「た、楽しそうですね……?」


「ふふ、だって賢人さんが守ってくれるんでしょう? なんだか私、ときめいてしまって」


「いや、もちろん守りますけど……本当に気をつけてくださいよ?」


 呑気な感想を述べる高田さんへ念押すように伝えた後、俺は<破壊の杖>を構えた。

 それからユーノへと視線を送る。


「ユーノ、高田さんの護衛を任せるぞ」


「うむ。任されたのじゃ」


 ぶっちゃけ守りに関しては神官系統の彼女が適任だろう。

 ユーノは火力も申し分無いしな。


「では私は全体支援に徹しますねっ──【皇女の聖衣プリンセスオーダー】!」


 後方から瑠璃子の声が響いた。

 それと同時に温かい魔力の衣が俺たちの肉体を包み込む。


「さんきゅーっす、瑠璃子。バフはこれで十分っす。──どうせコイツらは無限湧きっすからねっ!」


 言葉と同時に抜き放った星奈の短剣が、戦闘の口火を切った。

 投擲されたナイフが黒マネキンの頭を穿つ。暗がりだというのに、見事な腕前である。


「ここは町中と違って周りを気にせず暴れられるからな──とりあえず、一掃させてもらうぞ!」


 高い敏捷ステータスを存分に活かし、俺は疾風の如く黒マネキンの群れに詰め寄った。

 そして破壊の杖を振り回し、黒マネキンを次々と砕いていく!


「若干、硬くなったか……?」


 ダンジョン内の魔素の恩恵なのか、以前に対峙した時より防御力が高く感じた。

 だが、それもさしたる問題ではない。

 強いて言うなればポテチのノーマルか堅揚げ。その程度の違いである。

 どちらにせよ、俺の攻撃力の前にはスナック菓子レベルなのだ。

 そのまま駆け抜けながら、黒マネキンを蹴散らしていく。


「……ちっ! 再生速度も上がってるのか!」


 結構な速度でマネキン共を砕いているはずなのだが、その数は一向に減る気配が無い。

 大気に満ちた魔素によって、その再生速度が上がっているようだった。

 やはり大元──如月さんを叩かないと駄目みたいだな。


(それにしても彼女はいったいどこに……? 目的はいったい何なんだ?)


 待ち構えていた黒マネキンを見る限りだと、友好的では無さそうだ。

 とはいえ、罠にしてはあまりに稚拙過ぎる。

 

 彼女は──本当は、何を求めているんだ?


 カラカラと音を立てながら、砕けていく黒マネキン。

 だが、砕いたはずの破片は、寄り集まって、また人の形を形成してゆく。

 そのたびにむせ返るような──花の香りが舞った。

 

 それは如月さんと戦った際にも感じた香りだった。

 ならば、この黒マネキン共は彼女の肉体の一部と見るべきだろうか。

 まるで軟体生物のように腕を接合した彼女なら、それくらいの芸当はこなせそうだ。

 やはり本体は如月さんと見るのが妥当では──


(いや、この香り──そもそも彼女の香水なのか?)


 ふいに感じた疑問に、俺は杖を振るう手を止めた。

 思考を巡らせ、丹念に頭の中で整理してゆく。


「け、賢人さん!? どうしたんですか!?」


 突如として攻撃の手を止めた俺。

 それを見たせいか、瑠璃子が焦燥の声を上げた。


「え、援護します──【破魔矢ディバインアロー】!」 


 もしこれが罠で、本当に俺たちを殺すつもりなら。

 如月さんは、自らのナンバーズスキルを揮えば良いだけの話。

 だが、それをしないのは気付いて欲しいからじゃないのか。


 ──自ら口にする事ができない、その呪縛の存在に。


「──事情は察したぞ。確かに、ウチのパーティーはあんたの要望にぴったりだ」


 瑠璃子の攻撃を受け、となって消えゆく黒マネキンを眺めながら言い放つ。

 すると、どこからともなく耳慣れた声が響いた。


「馬原はんが見かけに寄らず、聡明で助かったわ。──おおきに」


 それから周囲に散らばる黒マネキンの破片が水のように溶けたと思いきや、そこからヌッと人影が生え出てきた。


「もう夢の時間は終わりや。諦めて、この人に幕を降ろしてもらうんや──〝琴音〟」


 黄金色の尾を揺らめかせる彼女──如月さんは優しい声で言う。

 だが、その言葉は俺たちに向けて放たれたものではない。

 それは──背後の木陰から現れた少女に向けた言葉だ。


「なんでなんや……最初から、こうするつもりやったんか。うちを、うちを騙したんかッ──〝朱音〟ッ!?」


 ──目を見開いて声を荒げる少女──さんへと向けた言葉だ。

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