第23話

「さて、これからどうしたもんか……」


 俺は地上へと戻るべく、来た道を戻っていた。

 こころなしか、足取りが重い。

 俺は──その元凶とも呼べる存在を横目でちらりと見た。


「ふんふんふーん♪ ふふんふふぅーん♪」


 呑気そうに鼻歌を歌いながら俺の隣を歩くユーノ。

 その仕草や様子はとてもじゃないが魔獣とは思えなかった。


(うーん、8割方は人間って感じなんだけどなぁ)


 ひとまずユーノを連れて帰るにあたって、俺は予備のフード付きローブを貸し与えた。

 外見は限りなく人間に近いものの、尖った耳やギザギザの歯、それから薄緑の特徴的な肌色はゴブリンのそれである。

 その姿で街中を歩いたら、街中の冒険者から袋叩きにあって討伐されるか、魔獣研究者に捕まって実験動物にされてしまうだろう。そのため、身体的特徴を隠す必要があった。

 とはいえ魔獣とバレなければ、それはそれで俺がおまわりさんに捕まるリスクがあるんだけどね。


 ちなみに彼女曰く、ダンジョンの外に出る行為自体は、何ら身体に影響は無いらしい。


「なぁ、お前って本当に魔獣なのか?」


 ご機嫌なユーノを横目に見ながら疑問だった事を訊ねた。

 すると歌っていた鼻歌をやめ、彼女が答える。


「厳密に言えば魔獣ではない。この固有ユニークスキルを手に入れた時点で、より高次の存在へと進化しておるからな。今の妾は人間ヒュムの系譜──亜人ヒュムノスなのじゃ」


「ヒュムノス……? 何だそれは?」


「お主の言語で言い直せば、亜人あじんという事じゃよ」


 亜人と聞いて、何となく俺は納得した。

 ファンタジー系の創作物では珍しくないワードだからな。

 いわゆるエルフや獣人、ドワーフといった耳馴染みの種族。

 ユーノはそれに類する存在であるという事だ。


「なるほど……つまりは人間の親戚みたいなものか。なら、そもそも人間と敵対する必要は無いわけだよな? どうしてこんなダンジョンの深部を根城に?」


「……お主、察しが良いのか悪いのか、わからんな。先ほど妾に『魔獣か?』と問うたじゃろう? それが答えじゃ。エルフやドワーフなんかと比べて妾は魔獣の名残りが強いからな。正直、初めて出会った人間がお主のような話のわかる相手で内心ホッとしとるよ」


「あー、そういうことか」


 魔獣と勘違いされて討伐されるリスクを考慮したわけだ。

 理屈はわからんがゴブリンを従える事が出来るのなら賢明な判断と言える。

 ま、人間相手でも好きな奴にはぶっ刺さる外見だし、そこまで心配なさそうだけどな。多分だけど。


「しかしまぁ、魔獣から人になるなんて事が有り得るんだな……」


「別に不思議な事ではないぞ。この世界の人間ヒュムも昔はサルの魔獣であったのだろう? そこから中間種──類人猿を経て、今の人間ヒュムという種族となった。妾はスキルを得た事によって、その過程が早まっただけなのじゃ」


 ユーノの説明には合理性があった。

 魔獣というカテゴリに因われて気付かなかったが、言ってしまえば動物なのだ。

 人類がサルから進化したように、ゴブリンのような人間に近い魔獣が亜人に進化しても何ら不思議はない。


「無論、お主の子をす事もできるでな。安心するが良い」


 任せるのじゃ、とでも言いたげな笑みで親指を立てるユーノ。


「は!? な、なんでそうなるんだ!? べ、別に俺はそんな事を望んじゃいないぞ!?」


 嘘をついた。本当は興味津々である。だって、男の子なんだもん。

 とはいえ、堂々とそれを口にする度胸は俺にはない。

 そんなものが備わっていたら今頃の俺はチェリーボーイを卒業している。


「ぬっ! 妾では不満かの? しかし妾としては子種を貰わねば困るのじゃ! 妾一人だけが種族として進化してしまった以上、純血の子孫は残せぬ。人間ヒュムと交わって繁栄するしかないのじゃ」


「そこら辺にゴブリンがいっぱいいるじゃないか!」


 俺は周囲にいるゴブリンを指差した。

 ユーノがいるお陰で襲ってくる気配は一切ない。それどころか護衛してくれてる感まである。

 つまりそれは、ユーノを同種と見なしているからではなかろうか。


「はぁ……お主はサルのメスと子をす事ができるのか? できんじゃろう。──ゴブリン共あやつらは近縁種かつ強者であるという点で妾に従ってるに過ぎん。本質的には別種なのじゃ。種族が変わるとはそういう事じゃよ」


 やれやれ、と呆れたように説明するユーノ。


「そ、そうなのか……」


 サルを例えにしたサルでもわかる理屈で諭され、俺は何も反論できなかった。


「そうなのじゃ。お主は強いし、良い子孫を残せるじゃろう。──妾はいつでもウェルカムじゃからなっ♪」


 きゃぴっと茶目っ気たっぷりにウインクするユーノ。

 そのあざと可愛さに思わず俺は目を逸らした。


「……か、考えておく」


 曖昧な返事でお茶を濁した。

 なんだか気まずくなった俺は話題を変えた。


「……とりあえずユーノが亜人だという事はわかった。それで、どうして俺の固有スキルと似たスキルを持っているんだ? 一体このスキルは何なんだ? ダンジョンランクが上がった事と、何か関係があるのか?」


 ──ナンバーズ、つまり番号。


 その0番を持つ俺と、2番を持つユーノ。これが必然なのか、偶然なのかはわからない。

 ただ、今回起こったダンジョンランクの上昇と関係性がありそうな気がしたのだ。

 しかしユーノは俺の問いかけに対して首を横に振った。


「すまぬが、お主が望むような答えを妾は持っておらぬ。──実のところ、妾もこのダンジョン内で生まれ出た存在よ。何の因果かわからぬが、生まれた時には既にこのスキルを有していたのだ」


「そうなのか……それにしては色々と詳しすぎる気もするが」


「それは、妾の持つ固有ユニークスキルのお陰じゃ。──この【叡智の書ナンバーズ:セカンド】は、所有者にあらゆる知識を与える。妾がこの世界や自身の存在についての知識を有しておるのはこのスキルに依るものなのじゃ。実際には見聞きしておらんが、知識としては手に入る──例えるなら、超万能なウィキペディアにアクセスしているイメージじゃな。もちろん【鑑定】もできるぞ」


 なるほど。それで俺のステータスや所有スキルを把握したというわけか。

 なんだか異世界転生系の主人公が持ってそうなスキルだな。


「だが、世界の根源や真理に関わる情報には一切アクセスできぬ。お主の問いはどうやら、それに該当するようじゃ……力になれず、申し訳ない」


 別に自分のせいでも無いというのに、申し訳無さそうに目を伏せるユーノ。

 見た目こそ人間ではないが、存外、悪い性格ではないのだろう。

 その様子を見て俺は彼女の頭をそっと撫でた。


「気にするな。世の中ってのは、わからん事だらけだ。気にならないと言えば嘘になるが、知ったところで何も変わらん。今まで通りの生活を続けるだけだ」


「お主……ありがとうなのじゃ」


 俺の言葉にユーノが嬉しそうな顔をした。


「とりあえず家に帰るぞ。今後、お前をどうやって隠すかも含めて、色々と考えにゃならん」


 外国人ってのは流石に無理があるよなー。

 そんな事を思考しながら、俺は地上へと歩を進めていった。

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