第22話

 人類史上初とも言うべき知性ある魔獣との邂逅。

 それは、この不思議な現象ダンジョンの解明に心血を注いできた研究者にとっては、これとない栄誉だろう。


 俺は今、そんな貴重な体験をしている。誰もが羨むような、とても貴重な体験を。

 

 ──それなのに。


「な、何なんだ。このは……」


 目の前で石の玉座に腰掛けた魔王。

 いや、そもそも魔王なのかすら怪しい。

 

 ──訂正しよう。


 目の前で石の玉座に腰掛けたそいつは、だった。

 すまない、俺も何を言ってるのかよくわからない。


「だ、誰がちんちくりんじゃ! 妾を馬鹿にするでないっ!」


「あー、悪かった……。ところで君、迷子? パパとママはどこかなー?」


「露骨に子ども扱いもするでなーい!」


 パタパタと手足を振って喚き散らすゴブリンの幼女──もといロリゴブ。

 ゴブリンの癖に見てくれは人間に近く、結構かわいいので何だかほっこりした。

 あのゴブリン種からどうやってこのロリゴブが産まれるのか知りたいくらいである。


「えーっと……とりあえず話を戻すけど、お前がここのボス……親玉って事であってるのか?」


 色々と疑問はあるものの、まずは最優先すべき事を確かめた。

 知性がある上に見かけは子どもなので非常にやり辛いが、返答次第ではこいつと戦わねばならない。


「いかにも! 妾こそは全てのゴブリンの頂点に立つ者、小鬼女教皇ゴブリナプリエステスのユーノじゃ!」


 ふん、と慎ましい胸を目一杯張るロリゴブ。

 どうやら小鬼女教皇ゴブリナプリエステスが種族名っぽい。

 そこまで知識があるとは言わないが、それにしても聞いたことのない魔獣だな。

 それどころか、固有の名前まで持っているとは驚きだ。


「──そうか」


 ただ、何れにせよ、こいつは自分がボス魔獣である事を認めた。ならば、こいつは俺の敵という事になる。

 なぜなら冒険者は魔獣の間引き役も兼ねているからだ。

 恨みはないが、異常の原因は速やかに排除し、魔獣氾濫スタンピードの阻止に貢献しなければならない。

 それが冒険者である俺──馬原賢人の責務だから。


「お前がこのダンジョンのボスという事ならば俺はお前を倒さねばならん。──心苦しいが、許してくれよ」


 俺は気持ちを切り替え、杖を構えた。

 すっかり手に馴染んだ杖の柄を、これまで以上にしっかりと握り込む。


 とはいえ、普段のように先手はうたなかった。


 ──知力とは全てに勝る武器である。


 人類はその知力を以って長らく地上に君臨し、その強さを証明してきた。

 そんな最高峰の武器を、S級ボス相当の能力はあろう魔獣が持っているのだ。

 端的に言えば、同等もしくはそれに近いステータスを持った相手との対人戦に等しい。

 下手にこちらから仕掛けるのは悪手であると、本能的に悟っていた。


「ほぉ、妾とやり合うとな。──よく言うたの、愚かな人間ヒュムよっ!」


 ロリゴブの言葉によって場の空気が変わった。

 彼女を中心に猛々しい魔力が渦巻く。

 それは強敵が放つ存在感そのもの。

 その威圧感、殺気、覇気。どれを取ってもこれまでの魔獣とは圧倒的に異なる。


(──俺はこいつに勝てるのか?)


 これまで感じたことのない不安が俺の心中を渦巻いた。

 それも当然だろう。

 今までステータスによるゴリ押しで場を制してきた俺。故に、強者と対峙する経験が圧倒的に不足しているのだ。


 俺は杖を構えたまま微動だにせず、慎重にロリゴブの動向を探った。

 そんな俺を熟視しながら、彼女は不敵に笑った。


「ふふ、良い眼をしておるな。殺すのが惜しいくらいにな。だが、お主では勝てんぞ。なぜなら──我の持つ固有ユニークスキル【叡智の書ナンバーズ:セカンド】は、お主の全てを暴き出すのじゃからなっ!」


 吐き出した言葉と同時にロリゴブの瞳に青白い光が灯った。

 何らかのスキルが俺を対象としている。それは理解できた。

 だから俺は何らかの対処をしなければならない。それなのに。

 

 ──それなのに、俺は動き出せなかった。


 彼女の紡いだ言葉が、あまりにも衝撃的で俺の思考が奪われてしまったから。


「ナンバーズ──だと……!?」

「ナンバーズ──じゃと……それにこのステータス……?」


 俺とロリゴブは同時に呟いた。

 そしてきっと俺たちは全く同じ表情をしていた。


 ──驚愕に満ちた表情を。


 お互いを注視しあって、それから何秒ほど経過しただろうか。

 最初に切り出したのはロリゴブ側だった。

 

「……ちょ、ちょっとタンマじゃ」


 モジモジと指をこねくりながら、バツが悪そうに呟いた。

 

「奇遇だな。俺もお前を殺す前に色々と聞きたい事ができた」


「なっ!? 妾を殺すのか!? タンマじゃ言うておろう!?」


「ん? だから一時休戦ってことだろ? タンマの意味は中断であって、その末路は変わらんぞ」


 何を言ってるんだコイツは。そもそも自分で『殺すのが惜しい』って言ってたし。

 つーかタンマって死語じゃないか?今時のキッズは使うんだろうか。


 そんな思考が表情に出ていたのか、ロリゴブがはぁ、っと大きな溜息を付く。


「はぁーっ……わかった、わかった。言い方が悪かったの。──妾の負けじゃ。そのステータスに妾は敵わぬ。全面降伏するから命までは取らんで欲しいのじゃ」


「……なんだ。そういう意味か」


 その提案に俺は正直、ホッとした。

 いくら魔獣とは言え、こいつの知性は人間と全く変わらない。

 おまけに外見は完全に女子小学生。手をかけたくないというのが本音だ。

 そんな相手が自ら降伏宣言をしてきたのだ。これ以上に都合の良いことはない。


「お前が降伏したいという意思は理解した」


「ほ、本当かっ!」


 俺の言葉にロリゴブはパッと表情を明るくさせた。

 だがそれも束の間、次いで俺が放った質問によってすぐに曇った顔になる。


「ただ、お前が人類に危害を加えないという保証はどこにある。その意思をどう示すんだ?」


「すまぬが、形ある保証はないのじゃ。だが、お主らの言語で『誠意』という言葉があるじゃろう? それを──妾の降伏の意思が絶対的である事を、お主らの流儀に則って見せようぞ」


 そう言ってロリゴブは頭を垂れる──わけでもなく、身に付けた民族衣装風の衣服の下から手を入れて下着を脱ぎ──


「──って何やってんだお前ッ!? え? 何? 『誠意』ってそういう意味──!?」


 人外とはいえ、ほぼ人間とも言える容姿。

 そんなロリゴブが突然、自らの下着を脱ぎ始めたのだ。

 

 悲しきかな、こんなけしからん光景を見て、この俺が

 えっちな漫画で鍛えに鍛え上げた俺の童貞力は53万。

 そこに内包されたリビドーが爆発しそうな勢いで加速するッ!


 いやいや、もし仮にこのロリゴブが俗に言うで実年齢が我が国の法に触れてなかったとしてもだ。それでも、この見た目は──うーん有罪ギルティッ!


「お、おおお前には、まだそういうのは早いと思うぞっ!?」

 

 残された僅かな理性を振り絞り、俺は視界を両手で覆った。

 ちょっと隙間は開いてるけど。

 その指の間から見えるロリゴブの表情は、──呆れていた。


「何をやっとるんじゃお主は……せっかく妾がこの世界の仕来りに従って投降の意を示そうとしてるというのに。──確か、この世界では降伏の際に白旗を上げるのじゃろ? あいにく白色は下着しかなかったものでな。ほ、ほれ」


 訝しげな顔でボヤいた後、彼女はゆっくりと──『ぱんつ』を頭上へと掲げた。

 なんとも締まりのない降伏宣言である。その表情はちょっぴり恥ずかしそうだった。


「妾はこれよりお主の軍門に下る。人間ヒュム側につくとあらば、恐らくこの居城ダンジョンも、知性の足りぬ部下達下位ゴブリンも、全てを切り捨てねばならんだろう──どうか妾をお主の城に置いてくれ」


「え、あ、あぁ……えっ?」


 こうして俺はなぜだかゴブリンを拾う羽目になった。

 とりあえず、雪菜になんて言い訳しよう……。

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