第24話

 ダンジョンから帰還した俺たちは、なるべく人通りの多い道を避けながら帰路についた。

 見慣れた景色。いつもと変わらない街並み。

 特筆するほど良い場所というわけではなかったが、それでもユーノは感嘆の声を上げた。


「ほほぅ、これがお主らの住む街とやらか。なかなかのもんじゃのう」


「つっても、ただの住宅街だけどな……そんな初心な反応されると返答に困るな。この世界の知識はあるんだろう?」


「……実物を見る感動は別物なのじゃ。観光地とてパンフの写真だけ見て満足するもんではなかろうに」


「それもそうか。野暮なことを言ったようで悪いな」


 そんな他愛もない会話を続けながら二十分ほど歩いた後、我が家が見えてきた。

 何の変哲もない二階建ての一軒家だ。亡くなった両親が残してくれた遺産でもある。


「ここが俺の家だ」


「ほぅ、ここがお主の城か。──いよいよじゃな」


 そう言ってユーノは神妙な表情を見せた。

 なぜそんな顔をするのか。その理由は、これから雪菜の許しを得なければ庇護する事が難しい事を事前に伝えてあるからだ。

 傍から聞けば、くだらない話のように思えるが、彼女からすれば自分の生死に関わる事だからな。本人は真剣である。


「そう心配するな。俺に任せておけば大丈夫だ。雪菜との兄妹仲はだからな」


 俺はにかっと笑って親指を立てた。

 なにせダンジョンに行く前、雪菜はデレデレだったからな。

 今なら何でも許してくれそうな気がする。


 俺は意を決して玄関ドアを開いた。

 ただいま、と言いながら廊下を抜け、リビングに入ると、雪菜がソファで寛いでいた。


「あ、お兄ちゃんお帰り」

 

 俺に気付いた雪菜が出迎えの言葉をくれる。

 すかさず俺は笑顔で、


「ただいま、雪菜。──ちょっとゴブリン拾ったんだけど、家で飼って──」


「──は? 良いわけないでしょ。ついに頭がおかしくなっちゃった? 意味わかんない事言ってたら晩ごはん抜きだからね」


 言い切る前に言葉を遮って即答する雪菜。

 俺は隣に立つユーノに顔を向けると、笑顔を送った。


「──というわけだ。ここでお前とはお別れだな、短い間だったが楽しかったぞ」


「全っ然、ダメではないか!! なーにが『俺に任せておけ』なのじゃっ!? というか『旅立つ友を笑顔で見送るぜ』みたいな顔をするではない!」

 


 ◇



「──で、どういう事かちゃんと説明してくれる? お兄ちゃん?」


 我が家のリビング。仁王立ちする雪菜が怒気を込めて俺に問う。

 俺はそこの硬いフローリングの上で──正座させられていた。

 なぜこんな事になっているのか、わざわざ語る必要もあるまい。

 突然、兄がダンジョンからゴブリンの幼女を連れて帰ってきたのだ。

 その言葉だけで十分に察する事ができよう。


「さ、さっきも言ったじゃないか。ユーノはダンジョンで見つけたんだが、行く所がなくて困っててだな……」


 雪菜の逆鱗に触れまいと、俺は言葉を選びながら慎重に説明を試みる。


「だとしても、魔獣を連れて帰ってくるなんてどうかしてるでしょ!? お兄ちゃんは美少女だったら魔獣でも何でもオーケーなわけ!? キモ過ぎなんですけどっ!?」


「い、いや、別に性別とか容姿で決めたわけじゃ……」


「ふぅん、じゃあこの子が醜いゴブリンやオークの姿でも連れて帰ってきたわけ?」


 う、それはちょっとやだな。

 そもそもいくら知性があろうが、性別が男なら家に住ませたくねえ。

 何故なら、うちには雪菜という超美少女がいるんだ。心配過ぎて家から出なくなってニートに逆行しちまう。


「今、お兄ちゃん露骨に嫌な顔したでしょ! やっぱりこの子が幼女だから連れてきたんじゃん! シスロリコンキモニートじゃん!!」


 表情に出ていたのか、やっぱりと言わんばかりに雪菜が指摘する。


「ち、違うんだ! 確かに性別は重要だと思ったが、それは雪菜のためであってだな……それにユーノは知性がある亜人という人間の亜種でな……」


 ちらりと隣で立つユーノにアイコンタクトを送った。

 ここから先は本人が話して自分が人間と変わらない事を証明すべきだろう。

 その意図を汲み取ったユーノが言葉を紡ぎ始める。


「そ、そうなのじゃ。のじゃ……」


 俺が事前に伝えておいた必殺のセリフだ。

 この名ゼリフを聞けば、彼女が害意ある魔獣でないことが即座にわかるだろう。


「……さっ、ダンジョンお家に帰ろっか?」


「わぁー! わかったのじゃ! 今のは賢人の受け売りなのじゃ! 真面目に説明するから聞いてほしいのじゃ!」


 ダメではないか!と言いたげに、ジロリとこちらを睨むユーノ。

 俺のせいにするんじゃあ、ないよ。いや、俺のせいだけどさ。


「そもそも妾はゴブリンでは無いのじゃ。先ほど賢人が説明した通り、ちゃんと知性のある亜人あじんなのじゃよ」


「まぁ、それは……今こうして目の前で喋ってるのを見ればわかるけど……」


「──じゃが、外見が人間ヒュムと異なるのも事実。このままダンジョンにいたら妾は魔獣と間違われて殺されてしまうのじゃ。どうか妾をこの家に置いてくれないかの?」


「うっ……」


 懇願するような瞳で訴えかけるユーノに雪菜が複雑そうな表情を見せた。

 さすが幼女だ。庇護欲をくすぐる術をよく心得ている。


「どうか、お願いなのじゃ。この通りじゃ」


 さらにダメ押しとばかりに深く頭を下げるユーノ。

 流石にここまでされてダメと言えるほどの冷徹な心は雪菜にはなかった。

 雪菜は額に手を当てながら、


「あーもう、わかったから。ユーノちゃん……だっけ? ここに住んでもいいよ」

 

「本当か! ありがとうなのじゃ雪菜!」


「わわっ!」


 嬉しそうな顔でユーノが雪菜に抱きついた。

 驚きと気恥ずかしさの入り混じった何とも言えない表情を見せる雪菜。

 うーん、尊い。スマホで写真を撮って保存したいところだが、雪菜に殺されるかな?


「それで、お兄ちゃんこれからどうするの? 確かにユーノちゃんは人間っぽいけど、つまりこれって、下手したら政府とかそういうのが関わってくるレベルでしょ? 冒険者じゃない私でも何だかヤバいって直感的にわかるくらいだけど……」


 ユーノを抱きかかえながら、雪菜が尋ねてきた。

 彼女の懸念は正しかった。

 亜人という新たな知的生命体の出現。

 その事実が露見すれば、この国どころか全世界に混乱を招く可能性があった。

 きっとあらゆる機関・組織から狙われることだろう。

 それだけでなく、民衆に存在が知れ渡れば、政治的、宗教的思想の為に利用される恐れだってある。


「確かに雪菜の言うとおりじゃな。妾のスキルで参照する限り、妾のような存在を欲する組織は無数にありそうじゃ」

 

 このまま何もしなければ、大変な事態となる事は明白だった。

 だからこそ、彼女には何が何でもを手に入れてもらわなければならない。

 その手段について、俺には少し考えがあった。


「──実はな、俺に少し案があるんだ。なーに、この俺に任せておけ」


 俺は


「ほ、本当に大丈夫じゃろうか……?」


 ユーノが露骨に不安そうな顔をしたが、安心しやがれ。

 これは失敗フラグじゃないからな。多分。

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