第25話

「へぇ……この子がメッセで言ってたパイセンの隠し子っすか?」


「可愛いですねっ! どことなく賢人さんに似てる気がします!」


 ──ユーノを保護してから三日後、俺は星奈と瑠璃子にメッセージを送り、自宅まで招いていた。


 ユーノの存在について、二人にも伝えておこうと思ったのだ。

 俺の考えた作戦では、彼女たちにユーノの存在を把握してもらう必要があるしな。

 ちなみに今日は平日なので雪菜は不在である。


「すごいっす! リアルエルフ耳っすよ! いや、ゴブ耳?」


「こ、こやつらがお主の仲間なのか? ぬぅ……くすぐったいから耳をつまむでない!」


「はぅ……歯もギザギザなんですね! 可愛いです!」


 ユーノの姿を見て親戚の子に会ったかのようにキャッキャし始める二人。

 そんな彼女らにユーノはされるがままの状態だった。


「星奈、間違えるな。隠し子じゃなくて拾ったんだ。俺はバキバキ童貞だこの野郎。それと瑠璃子、それは一歩間違えれば暴言だからな?」

 

 それはともかく冒頭でよくわからん事を口走っているので忘れずツッコミを入れておく。

 何が悲しくてツッコミで童貞をカミングアウトせにゃならんのだ。全く。


「それにしても、あんまり驚かないんだな?」


 一応、人類史上初の亜人さんとの遭遇なんだよな。それにしては二人の反応が薄いような。


「いや驚いてるっすよ? でも『あー、ついに出たか~』程度っすね。これくらいでいちいち驚愕してたらダンジョンとか言う原理不明の不思議空間に今頃発狂してるっすよ」


 あっけらかんと言いながら肩を竦める星奈。

 それもそうか。もう何でも有りだもんな、ダンジョン。


「それで、パイセンはこの子をどうするつもりなんすか? わざわざ見せびらかすためにウチら呼んだわけじゃないっすよね?」


「ああ、その事なんだが、見ての通り彼女は稀少な存在だ。その存在が公になれば色んな問題が生じるだろう。で、ここからが俺の作戦だが──そうなる前に、人類にとって必要不可欠な存在にしてしまおうと思ってな」


 そう言って俺は【収納】ポーチから一つのアイテムを取り出した。

 それを見た星奈が不思議そうな顔をする。


「<道化師の仮面>……前にパイセンがショップで買ってポーチの肥やしにしたやつっすね。これがどうかしたんすか?」


 俺が取り出したのは<仮面>と呼ばれる装備アイテムだ。装着すると若干のステータス上昇が見込める代物。

 しかしながら着けてると不審者っぽく見えるので、あまり装備している冒険者はいない。

 そんな不遇アイテムとも言える存在だが、今回はこいつを有効活用させてもらうつもりだ。


「──こいつをユーノに着けさせて人間として冒険者登録する。それからSランク冒険者を目指すんだ」


 そこまで言って、俺はユーノに仮面を手渡した。


「冒険者登録してSランクに? はぁ、どういうことっすか……?」


 星奈は俺の意図が理解できず、頭にハテナを浮かべたままぽかんとしている。

 しかしながら瑠璃子は何かピンと来たようだ。さすが優等生。

 瑠璃子は可愛らしく手を顎において思考した後、


「Sランク冒険者……なるほどですね」


「瑠璃子はパイセンが何を言いたいのか、わかったんすか?」


「うん……えっとね、国内で消費するエネルギーの約四割はSランク冒険者の活躍が寄与してるの。つまり、賢人さんはユーノちゃんを国のインフラを支える存在に仕立て上げたいんだよ。そうすれば、最悪正体がバレても交渉の余地ができる……そういう事ですよね、賢人さん?」


「あぁ、その通りだ瑠璃子。いつのご時世も権威を得るのはインフラを制する者ってこった。そして今の世の中、能力さえあればそれが叶う」


 Sランク冒険者。世界でも十数名しかいないと言われる凄腕冒険者の総称である。

 彼らしか探索できないSランクダンジョンは凶悪な魔獣の巣窟であると同時に貴重な資源創出の場でもあった。

 Sランク魔獣の魔石から得られるエネルギー量は非常に膨大で、国内で必要とされるエネルギーの約40%をSランクダンジョン産の魔石が支えているという。

 

 つまり、Sランク冒険者とは最重要資源獲得に寄与してインフラを支える国家の要石とも呼べる存在。ユーノがその立場となれば、例え正体がバレても安易に手を出す事ができないのだ。


「なるほどじゃな。既に妾のステータスはこの世界のSランク冒険者以上じゃ。その地位は十分に狙えるじゃろう。──だが、もうちょっとマシなデザインの仮面は無いのかの? お主のセンスを疑うのじゃ」


 俺の出した案に同意するユーノだったが、手元にある仮面を見る目は微妙だった。

 その仮面をディスるんじゃねえ。

 カッコいいと思って買ったんだよ。男の浪漫なんだよ。


「パイセンの作戦は理解したっす。けど、そんな上手くいくっすかねぇ……? 仮に外国人で通したとして、入国記録もないし国籍不明っすよ? 冒険者登録なんて出来るのか疑問っす」


「まぁ、そうなるよな。大丈夫だ。その辺についても根回しはしてある。とにかく今日はこのまま管理局に向かうぞ。──あ、これはユーノの人間としての設定をまとめたメモだから覚えといてくれ。パーティーメンバーが把握してないと不審がられるからな」


 そう言って俺は一枚のメモを瑠璃子へ手渡した。俺が昨晩必死に考えた最強の設定がそこに書かれているのだ。


「根回し? パイセンにそんな権力は無いと思うんすけど……ほ、本当に大丈夫すかね?」


「妾も同感じゃ……」


「でも今は賢人さんを信じるしかないよ。えっと、ユーノちゃんは……アマゾンの未接触部族ワンニャオ族の出身で──」


「頭痛くなってきたっす……」


「そんな部族おらんじゃろ……」


 彼女たちのそんな嘆きが聞こえてきたが、俺は気にせずに外出の準備を進めるのだった。





 ──そんなわけで管理局にて。


「と、登録できてしまったのじゃ……」


 管理局の自動ドアから出てきたユーノは信じられないと言わんばかりに呟いた。


「こ、これ、本物じゃろか? ダミー掴まされて、その間に不審者として通報されておらんじゃろか? 妾、刑務所は嫌なのじゃ……」


 奇抜な仮面を着け、肌が露出しない装備で全身を固めた彼女。

 見るからに不審な格好なので、疑念に思うのも無理はない。俺なら通報してる。

 そんな彼女は今もなお、手元のステータスカードが本物かどうか訝しげに眺めていた。


「な、何したんすか、パイセン!? なんかもう色々とアウトっすよ! 犯罪の匂いがするっす!」


「まさか超人的なステータスを駆使して管理局を脅迫したりしてないですよね……?」


「お前らの中で俺のイメージはどうなってるんだ……」


 星奈や瑠璃子は驚きを通り越して犯罪者を見るような目を俺へと向けていた。

 断じて言おう。そんな犯罪紛いの行為は一切行ってないと。全く、失礼な奴らだ。


「だから言っただろう。って。──実はユーノを保護する時にダンジョンランクの上昇が起きてだな。一回の探索であり得ない数のゴブリンキングを狩ったんだよ」


「そんなことがあったんすね。……てか今更っすけど、休日もダンジョン籠もってるんすか、パイセン。次からはカラオケ誘ってあげるっすね……」


 星奈が同情するような瞳を俺に向けた。


「賢人さん……。すみません、私、気付かなくて……」


 瑠璃子に至っては、とても申し訳なさそうな瞳。

 おい、その目をやめろ!今はその話は関係ないだろ!


「ごほん……俺の休日の過ごし方はさておきだな。昨日、高田さんに頼み込んで、ここの局長に取次いでもらったんだ。大量のゴブリンキングの魔石を手土産にな。後はただの交渉だ。手に入れたゴブリンキングの魔石を全て無償で卸すのと、俺がSランクになった時にはここの管理局を拠点にするって約束で、なんとかユーノを登録できるよう調整してもらったぞ」


 ゴブリンキングはB級のボス魔獣扱い。つまりはS級の一般魔獣と同等でその価値はかなり高い。

 加えて俺の異常なステータスを見せれば、俺を未来のSランク冒険者候補として扱わざるを得ないのだ。

 ちなみにゴブリンキングの大量討伐によって俺のレベルもさらに上昇し、ランクも星奈や瑠璃子に先駆けてAランクに昇格済みである。

 

「ひどい忖度を見たような気がするのじゃ……」

 

「……大人は汚いっす」


「……大人は汚いですね」


 若者たちの視線がそこはかとなく痛い。

 だけども仕方ないのだ。大人は時として汚いもんなのだ。


「……細かい事は気にするな。そもそも亜人なんて前代未聞の存在を個人の力だけで、どうこうできるもんじゃないからな。俺たちができる範囲でなんとかするしかないさ」


「……まぁ、そこは概ね同意っすね」


「仕方ないですね」


 ──そんなわけで、俺たちはユーノをパーティーメンバーに加えると共に、Sランク冒険者を目指すという新たな目標ができたのだった。

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