第138話

「にょおおぉ!? ば、ばけ……ふごっ!?」

「あらあら? 乙女がそんなお下品な言葉を使っちゃ駄目よぉ?」


 野球グローブみたいにデカい手がエレノアの口を塞いだ。

 そのまま男は腰を低くしてエレノアと目線の高さを合わせた。


「ここは純真可憐な乙女が集う秘園なの。下品な言葉はこの場に相応しくないわ。わかったかしらぁ? 可愛い妖精ちゃん?」

「……ふぐっ!? ふごっ、ふごふご!」


 底知れぬ圧力。エレノアは必死に首を縦に振って彼の言葉に同意の意を示した。

 すると男は満足そうに微笑み、エレノアを解放した。


「ふふ、驚かせちゃってごめんなさいね? アタシはグロリアーナ。ここ〝妖精女王の秘園ティターニア〟の店主よ」


 女装した筋肉──もとい異世界オカマは、呆気にとられる俺たちに向けてそう自己紹介をした。


「あ、あぁ……ケントだ……よ、よろしく」

「うふ、そんなにビクビクしなくていいのよぉん? そ・れ・と・も、アタシのに魅了されちゃったのかしらん? やだもー、アタシってば罪な女ねっ!」


 エレノアを優に超えるキャラの濃さに軽く目眩がする。

 いや、マジでとんでもない店に来ちまったよ。

 モニカもエトも、ドン引きを通り越して人形みたいに固まっちまってるじゃねーか。

 エレノアに至っては──。


「ううぅ……ケント殿ぉ……! われ……我、ちょっと漏らしちゃったですぞぉ……!」


 ──既に手遅れだった。つか、なぜ俺に報告すんだよ。せめてモニカに言え。


「あらあら……ごめんなさいね? そこまで脅かすつもりはなかったの。お詫びにこの店の服を一着プレゼントするわっ」


 エレノアの失禁に気が付いたらしく、グロリアーナがそんな提案をしてくれた。

 見た目といい言動といい、色んな意味で強烈だが、存外悪い人物ではなさそうだ。


「よかったじゃないか。とりあえず着替えてこいよ。その、ちょっと臭うからさ……」

「に、臭っ……!? ふぐぅ……我、もうお嫁にいけないですぞぉ……」



 ◇



「にょほほほほ! 見てくだされ、ケント殿! 可愛くないですか!? ほれほれ〜!」


 グロリアーナに渡された服に着替えたエレノアは、先ほどの落ち込みようがまるで嘘のように舞い上がっていた。


「お、おう……まぁ、似合ってるっちゃ似合ってるな」

「でしょう!? にょほほほ〜! やはりこの店を選んで正解でしたぞ〜!」


 現在、彼女が着ているのは、裾や襟周りにレースをあしらったトップスに膝下丈のフレアスカート。まさに女の子らしさ全開の服装だった。

 奇人とはいえ、エレノアも年頃の乙女だ。可愛らしい服を着て、ついついテンションが上がってしまうのも仕方がない気がした。


「……嬉しくなる気持ちはわかるが、ひとまず目の前で奇怪な踊りを披露するのはやめろ」


 ただし、コイツの奇行を許したわけではない。


「なぜですか? おかしいですな。魔法で綺麗ににしたので臭いはしないはずなのですが……」

「臭う臭わないの話じゃねーんだよっ!」


 彼女の名誉のために補足しておくと、汚れたところは【灑掃クリンナップ】の魔法で洗ったらしい。


「……いいなぁ」


 着飾ったエレノアを眺めて、ぽそりと呟くモニカ。

 どうやら彼女もお洒落な私服が欲しくなったらしい。


「モニカも買えばいいじゃないか。お前こそこういう服が似合うと思うぞ?」

「に、似合っ……!?」

「……ん? なにか変なこと言ったか?」

「ななな、なんでもないわよ! じゃあ折角だしアタシも一着買おうかしらっ? せ、折角だしね!!」

「にょほほっ! 一着だけと言わずに一週間分くらい買ってしまいましょう! ささ、こちらへ! 我が選んで差し上げますぞぉ!」

「へっ? あ、あっ、ちょっと……!」


 勝手な事を口走りながらエレノアは、モニカを引き連れて服選びを始めた。

 ま、この価格帯なら何着買おうが、財布的には余裕だからな。好きなだけ買えばいいさ。


「うふふ、喜んでもらえて何よりだわぁん! ──それで、今日の主役はどんなお召し物をお探しなのかしら? 本当に服が必要なのはあの娘たちじゃないんでしょ?」


 服選びを楽しむモニカたちを微笑ましそうに眺めてから、グロリアーナは視線を俺とエトに戻した。


「あぁ、実はこの子の服を見繕って欲しくてだな……ほら、エト。こっちだ」

「うん……」


 俺はエトを呼びつけてグロリアーナの前に立たせる。すると彼は両手を唇に当てて仰々しい反応を見せた。


「あらやだぁ……! とびきりキュートな妖精ちゃんね! 今日はこの子をより可愛く仕立てればいいのかしらん?」

「あぁ、そんなところだな。選ぶのは全部任せたい。そっちのセンスは俺には全くと言っていいほどないからさ」

「うふふ、そういうことね。任せてちょうだい。このアタシが責任を持ってコーディネートするわぁん!」


 そう宣言した後、グロリアーナは衣掛け棚からいくつかの洋服を手に取る。


「さっ、アタシと一緒に奥の試着室にいきましょ」


 彼は破壊力抜群のウインクをエトに送ると、そのまま奥の部屋へ連れていった。

 恐らく向こうではファッションショーが行われているのだろう。

 時折、グロリアーナの『いやん、素敵よぉぉ!』という歓声が聞こえてきた。



「あ、あの、どう? 似合ってる?」


 しばらく待っていると、奥の部屋からエトが出てきた。

 フリルがついた可愛らしいワンピースを着た彼女は、気恥ずかしそうにしながら俺に感想を求めてきた。


「おぉ、いいんじゃないか? よく似合ってる」

「えへへ……ありがとう、お兄ちゃ、じゃなくてパパ……!」


 エトは言い直しながらも、にへっと笑う。その健気な可愛さに釣られて俺も微笑み返した。

 子を持つ親の気持ちってこんな感じなのだろうか。こんな温かい気持ちを抱いたのは初めてだ。

 一応、前世でもユーノとかいうロリがパーティーにいたが、アイツは外見と精神年齢が釣り合ってなかったしな。


「にょほほ! とても可愛いですぞエト殿!」

「うん、よく似合ってるわ」

「ありがと……えへへ」


 二人にも褒められて、エトは照れくさそうに笑った。



 女性陣の服選びが終わったところで俺は会計をする。肌着類も含めて20点近くを購入したのだが、それでも銀貨15枚と格安だった。


「こんなに安くて大丈夫なのか?」

「大丈夫よ、原価なんてないようなものだから。アタシこう見えて元黒級なの。だから素材は自分で取りにいってるわ」


 さらっととんでもないカミングアウトが飛んでくる。

 どうやらグロリアーナは元々は黒級冒険者らしい。

 道理でただならぬ気迫を纏っているわけだ。


「それより貴方たち、この街の子じゃないわよね。今夜はこの街に泊まるつもりなの?」

「そのつもりだけど、何か問題でもあるのか?」

「最近、街なかで魔獣が出たって物騒な噂があってね。それもアンデッド系らしいわ。ま、貴方のランクなら問題ないでしょうけど……」


 言いながらグロリアーナは俺の胸元にある登録証へと視線を向けた。

 アンデッド系の魔獣か。

 人や動物の死体が魔素に曝されて、街なかを徘徊する可能性は十分に考えられるな。

 特にこういう大きな都市だと貧困層が人知れず餓死して、なんてこともありそうだしな。


「わかった。気をつけるようにするよ。うちは非戦闘員も多いしな」

「うふ、何かあればいつでもウチに来なさい。いつでも助けになるわ」

「あぁ、ありがとう」


 すっかり面倒見の良いお姉さんといった印象のグロリアーナ。

 そんな彼女に俺はお礼を告げてから店を後にした。

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