第142話

「うぅん……」


 まだ眠気が残る声を吐き出しながら、モニカは目を覚ました。

 彼女はおもむろに上体を起こし、とろんとした眼で周囲を見回す。真っ暗な室内が、今がまだ起床するには早すぎる時間なのだと彼女に知らせた。


(うー……まだ夜中じゃない……寝る前に考えすぎたせいかしら)


 どうやら眠りが浅かったらしい。

 その原因は言うまでもないが、エトの事で気を張っていたせいだろう。

 モニカはもう一度寝付こうと毛布を被り直す。


 ──そこで彼女は違和感に気付いた。


「……エト?」


 そう呼びかけながら、モニカは慌てて毛布をめくりあげた。

 しかし、そこにいるはずの少女の姿はなかった。



 ◇



「ケント! ねぇ起きてってば! ケント!」


 ドンドンと部屋の扉を叩く音で、俺の意識は夢から引き戻された。

 扉の向こうに響くのは焦燥するモニカの声で一気に頭が冴え渡る。何となく状況を察した俺は、飛び上がるようにして起きた。


「何があった?」


 扉を開け、すぐさまモニカに状況を尋ねた。


「エトがいないの! 一緒に寝てたはずなのに!」

「いなくなった……? 攫われたのか?」

「ごめんなさい。わからないわ……あたしもさっき気付いたばかりだから」


 モニカは申し訳無さそうに首を振る。

 エトがいなくなった原因は彼女にもわからないようだった。


「……部屋は荒らされてないんだよな?」

「えぇ、寝る前から変わってないわ。鍵も壊れてなかったし、あたしも見ての通り無事よ」

「なら部屋に誰かが忍び込んだ可能性は低いか……」


 モニカが無事なところを見る限り、何者かが部屋に侵入したというわけではなさそうだ。

 もしも悪党が侵入してきたなら、隣で眠るモニカを放っておくはずがないからな。


「……ってことは自分で出ていったのか?」


 第三者の仕業でないとすれば、つまりはそういう事になるが、それはそれで疑問でしかなかった。

 なぜならエトが俺たちに黙って姿をくらます理由が全く思い浮かばないからだ。


「俺たちを巻き込みたくなかった……?」


 他人に迷惑をかけたくない。

 そんな想いを彼女は密かに抱えていたのだろうか。


「……それは違うと思う」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「寝る前にあの子が言ってたのよ。故郷に着いたら、あたしたちに街を案内するってね。これから距離を置こうと思ってる相手にそんなこと言わないわよ」


 モニカの言葉には説得力があった。

 確かにまだ出逢って間もない俺たちじゃ、エトの心情を正確に推し測ることはできない。

 だけど、これまで接してきた中で彼女が後ろめたさを感じているような様子は見受けられなかった。むしろ、故郷に連れ帰ってもらえると聞いて純粋に喜んでいるように見えた。


 そんな彼女が急に考えを改め、俺たちの元から去っていく。

 果たして、そんなことがあり得るだろうか。


「……なら自発的に出ていくよう仕向けられた線が濃厚だな。精神干渉系の魔法や魔道具ならできなくはなさそうだ」


 この世界ではまだ見たことがないが、前世には精神干渉系の魔法やスキルというのも存在していた。

 もしかしたらエトを拉致した連中は逃げられた時の保険として何らかの魔法をエトにかけていたのかもしれない。

 自発的に自分たちの元に戻ってくるような、そんな魔法を。


「……とにかくエトを探すしかねーな」

「そうね……すぐに準備するわ」


 どんな方法を使ったのかはさておき、一刻も早く彼女を探さなければならない。

 俺たちは急いで装備を身に着け、宿屋の外に出た。



 ◇



「【光玉スフィアライト】」


 街灯のない真っ暗な路地を、モニカの魔法によって生み出された光球が照らした。

 実を言うと彼女はレベルアップにより聖属性魔法が使えるようになったのだ。

 どうも彼女の天職は聖騎士パラディンと似た系統らしいからな。聖属性魔法が使えても不思議ではない。


 昼間の賑やかさとはうってかわって、深夜の街は静かだ。

 光が届く範囲に、俺たち以外の人の姿は見えなかった。


「おーい! エトー!」

「エトー!」


 しばらく周辺を捜索してみたが、エトの姿は見当たらない。

 せめて宿屋を抜け出したのがいつ頃かさえわかれば、行動範囲もある程度推測しやすいんだが……。


「近場にはいなさそうだな……こういう時こそエレノアアイツの出番なんだが……」

「仕方ないわよ。こんな夜中じゃ通知に気づかないでしょうし……」


 さっき伝令晶を使ってエレノアに連絡してみたが、未だに返信はない。

 モニカの言う通り就寝中のため気付いていないのだろう。


「こうなったら二手に分かれて探すしかないな。宿を中心に東西に分かれよう。俺は西側を探す」

「それじゃ、あたしは東側ね。見つけたらすぐに連絡するわ」


 このまま同じ場所を捜索しても非効率なので、俺たちは二手に分かれることにした。

 方針が決まったら後は急ぐだけだ。モニカとは真逆の方向へと俺は身体を向ける。


 ──振り返った先に見知らぬ女性がひっそりと立っていた。


「うおぉっ!?」

「ひゃんっ!?」


 いつの間にそこにいたのだろうか。

 全く気配を感じなかったせいで、めちゃくちゃビビった。


「な、何なのよ急に!? 脅かさないでよ!」

「いや、そこに人がいてさ……」


 俺はモニカに弁解しつつ、目の前の女性を指差した。 

 小綺麗なメイド服に身を包んだ長身の女性だ。

 黒髪であることも相まって、少し東洋人っぽく見えた。


「誰? あんたの知り合い?」

「……俺が従者を召し抱えるほど高貴なヤツに見えるか?」

「……無意味な質問だったわね」

「だろ。つっても、本当にメイドかどうかも怪しいけどな」


 その風貌から貴族の従者のように思えるが、本当にそうなのかはわからない。

 なにせこんな夜更けに、それも完全に気配を遮断して俺たちに接近してきたのだ。

 少なくとも只者じゃないことは確かだろう。


「驚かせてしまい申し訳ございません。その、気配を断つのはクセでございまして……ケント様に危害を加える意思は一切ございませんので、どうかご安心ください」


 俺たちが疑念の目を向けていると、女性は丁寧にお辞儀してみせた。

 柔らかい口調で俺たちに敵意が無い事を示す彼女だったが、それでも不審感は拭えなかった。


「どうして俺の名前を? あんた何者だ?」


 警戒心を強めながら俺は問う。


「申し遅れました。私はイザベルと申します──ご就寝中の様に代わってケント様にお力になれればと思い、ここに参りました」

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