第143話
「エレオノーラ……?」
「誰かしら?」
耳馴染みのない名前に、つい疑問符を浮かべた。
心当たりがないのはモニカも同じみたいだ。彼女も俺と似た反応を示す。
そんな俺たちの反応を見てか、イザベルは補足するように言葉を続けた。
「失礼いたしました。お二人には〝エレノア〟と名乗っていたかと存じます」
「えーっと……つまりはエレノアの従者ってことなのか?」
「……今はそう解釈していただいて構いません」
「なんか微妙な言い回しだな……」
しかしまぁ、関係性を濁した理由は何となく想像がつく。
彼女はあくまでも元貴族令嬢であり、今となってはしがない平民である。
故に、エレノアとイザベルとの間に正式な主従関係は存在しないのだろう。
「こほん。私の素性が気になるお気持ちはわかりますが、今はそれどころではないかと」
わざとらしく咳払いをした後、イザベルは話題を切り替えた。
彼女の黒い瞳が真っ直ぐに俺を捉えた。
「あの魔族の少女の居場所を知りたいのでは?」
「エトの居場所を知ってるの!?」
食い気味に反応したのはモニカだった。
「今は存じ上げませんが、私の探知スキルなら特定は容易です」
「だったら今すぐ──」
「──ですが、一つだけ条件がございます」
モニカの言葉を遮って、イザベルは人差し指を立てた。
まさかの条件付き。エレノアの関係者とはいえ、タダで協力する気はないらしい。
エトの素性まで把握しているようだし、何だか雲行きが怪しくなってきたな。
「……その条件ってのは何だ?」
とはいえ背に腹は代えられない。
何をするにもスキルに勝るものはないからだ。
不満は残るが、ひとまず彼女の要求とやらを聞くことにした。
「では、条件ですが……」
さて、いったい何を求められるのやら。
金貨を何十枚も払えとかじゃないだろうな。
「エレオノーラ様には、私がこの場にいた事を内密にしてください」
「……」
「……」
「……え? それだけ?」
思いのほか簡単な条件で思わず聞き返してしまった。
「えぇ、それだけですが……?」
「他にはないのか? 例えば金を払えとかさ?」
「はぁ……特に生活には困っておりませんが……」
俺に聞き返されて、逆に困惑した表情を見せるイザベル。
どうやら本当に他の要求は一切ないらしい。
「なんだか拍子抜けしちゃった……」
「あぁ……」
結論、ただのいい人だった。
「とりあえずエレノアには秘密にしとけばいいんだな」
「はい、その通りです」
彼女とエレノアの関係性が気にならないと言えば嘘になるが、今はそれどころじゃないしな。
「そっちの事情はよくわからないけど、あたしも大丈夫よ」
「交渉成立ですね。それでは──」
イザベルはぺこりと頭を下げた後、手のひらを胸の前で合わせた。
なんだか、どこかで見たような構えだな。
そんな感想を俺が抱いていると、彼女は続けざまに印を結び始めた。
「ドゥーカハ流印術、招魂ノ術──【
そこはかとなく聞き覚えのある語感。
その直後にイザベルの足元──メイド服のスカートの影が不気味に揺らぎ始めた。
なんだろうと視線を落とした刹那、無数の黒い何かが溢れる勢いで湧き出した。
「やっ!? 何これ……ネズミ!?」
足元を駆け抜ける無数の黒い影。
それが何なのかに気付いたモニカは思わず悲鳴をあげた。
「おい、これって……」
俺はこのスキルを知っている。
間違いなく、こりゃ忍術スキルだ。でもどうして異世界に忍術が……?
「なぁ、あんたいったい何者……あれ?」
視線をイザベルの方へと戻すと、既に彼女の姿はなかった。
その場に残っていたのは、一際大きな身体をした黒ネズミだけだ。
『尋ね人が見つかりましたら、この子が案内いたします。それから──約束はくれぐれもお守りくださいませ』
どこからともなくイザベルの声が響いたが、その居場所はわからなかった。
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