第64話

 ──砂浜での陣取り合戦から、数分が経過した。


「──えーっと要するにパイセンはこの人たちと場所の取り合いをしていたと。そういうことっすね?」


 一連の状況説明を終えた俺に向けて、星奈が確認するように問いかけた。


「ま、そんなところだな。結局のところ徒労に終わったみたいだけどな」


「おーほっほっほっ! これも何かの縁ですわ! 皆で夏を楽しめばよいのです!」


 俺の視線に気付いてか、甲高い笑い声をあげる少女。

 彼女の名前は──西園寺さいおんじ麗華れいか

 良質の冒険者装備を取り扱う有名企業、西園寺グループの跡取り娘であり、先ほど俺の背中に不時着した迷惑極まりないお嬢様でもある。


 ──実を言うと、この数分の間に色々あり。


 どうせなら皆でこの場所を使おうという話で最終的に纏まったのである。

 というより、彼女の強引なテンションで一方的にそうなった。が正しいがな。

 

「さぁ、皆様。ぜひぜひワタクシとビーチで遊びましょうっ! ビーチバレーから磯辺でヤドカリを眺めるだけの地味な遊びまで、このワタクシが何でも付き合って差し上げますわ!!」


「キャ、キャラが濃いっすね……。いや、ウチもあんまり人の事言えた義理じゃないすけど」


 そんな西園寺さんを見て、やや引き気味の星奈。いや、自覚あるんかい。

 

 というツッコミはさておき、そんな彼女はライムカラーのビキニに身を包んでいた。

 単体だと攻めた色味だが、トーンを落とすことによって髪色とも程よくマッチしていた。

 特にフルジップパーカータイプのラッシュガードと組み合わせている辺り、彼女らしさがあってとても似合っている。いやぶっちゃけ可愛い。


「な、何ジロジロ見てるっすか……」


 星奈から向けられるジトッとした視線。

 どうやら俺が彼女の水着姿を眺めていたことに気付かれたようだ。


「え? あ……すまん。つい見惚れてな」


「べ、別に見る分には構わないっすよ。ただの水着っすから。むしろ見たならお世辞の一つでも言って欲しいところっすけど……」


 そう言って後ろ手を組み、顔を逸らす星奈。

 俺の反応を待っているのか。その視線がちらりちらりと行ったり来たり。


「そう言われると逆に言い辛いんだがな……。でもその、何というか、よく似合ってるし、か、可愛いと思うぞ……?」


 言葉選びが在り来りなのは許してくれ。

 人を褒めるのって案外難しいものなのだ。


「ふーん、そっすか。ふーん……にへへ」

 

 そんな俺の飾り気のない褒め言葉でも、星奈は満足してくれたようだ。

 あからさまにその表情を綻ばせ、愛らしい笑みを浮かべる。

 な、なんだこの可愛い生き物は……!?

 普段の辛辣後輩ダウナーキャラが一瞬にして型なしである。

 これが水着──いや、夏の魔法ってやつなのか!?


「星奈ばかりズルいのじゃ! せっかく妾たちも可愛らしいのを着ておるのじゃからな! ちゃんと褒めるのじゃ〜! 雪菜もそう思うじゃろ?」


「あ、あたし……!? あたしは別に……何でもいいけど」


 星奈の言葉に乗っかるように騒ぎ出すユーノと、話を振られてモジモジし始める雪菜。

 ちなみにユーノは花柄が可愛らしいワンピースタイプの水着を。

 雪菜は淡い水色がベースカラーのタンキニタイプの水着を着ていた。


「あぁ、二人ともよく似合ってるぞ。特に雪菜──まるで天使じゃないか……! お兄ちゃん──」


「あーもうっ! わかったから! こんなところでシスコン発揮しないでっ!」


 耳を真っ赤にした雪菜が、手で俺の言葉を遮った。

 一度ならず二度までも妹語りを止められ、誠に遺憾である。

 ま、今日は大所帯だし仕方ないか。


「あのぉ……賢人さん。私は、その……どうでしょう?」


 続いて、控えめに意見を求めてきたのは瑠璃子だった。


「こ、これは……」


 彼女の水着は白のビキニ。それも紐ビキニと呼ばれるタイプである。

 裾には控えめにフリルがあしらわれており、セクシーさだけでなくフェミニンさも充分。

 それだけでも十分可愛いのだが、彼女はさらにその上から白いビーチブラウスを羽織り、頭にはつば広のストローハットを被っていた。

 大胆──それでいて上品。

 グラドル顔負けのご馳走ボディを最大限に活かした素晴らしいコーディネートである。


「その、すごく可愛いぞ……」


「本当ですかっ! えへへ、嬉しいですっ!」


 はにかむ天使。

 ただ正直に言えば、俺は瑠璃子の姿をあまり直視できなかった。

 なぜなら水着を着たことによって彼女の豊満な双丘が今まで以上に強調されているから。

 何度も言うが、童貞に過度なえちえち要素を与えてはいけない。

 それは、有毒だ。繰り返す。それは有毒なのだ。


「なんだか瑠璃子だけ反応が違うっす!」


「それなのじゃ! ええい! このおっぱい魔人め!」


 俺の目線が胸に向かっていた事に気付いたのか。

 ぺたんこシスターズが不服とばかりに騒ぎ始める。

 ええい。仕方なかろう。そう言う生き物なんだよ、男ってやつはよ!

 

「……なぁ朱音。ウチら、ラブコメ漫画の世界にでも迷い込んだんやろか」 


「まぁまぁ、そう言わんと。ウチと海に来れて嬉しいやろー? 京都じゃ海水浴なんてでけへんかったからなぁ」


「うぅ……せやけど……」


「せやけどだってもあらへん。こういうのは素直に楽しんだらええさかい──それよりほら。うちの水着どうやー? 可愛らしいやろ?」

 

 水着ショーを繰り広げる俺たちを横目に、ほのぼの百合会話を繰り広げる二人の少女。

 日坂さんと如月さんである。

 何を隠そう。本日の海水浴には彼女らにも同伴してもらったのだ。


 その理由は言わずもがな。ユーノの外見を偽装するためである。

 幼女ゴブリンがこうして堂々と外を出歩けているのは如月さんのスキルの恩恵に他ならない。


 恐らく一般人にはユーノが、奇怪な口調で話す人間の幼女に見えている事だろう。

 ちなみに言うと日坂さんに生えたケモミミも同様に消してあるらしい。

 効果範囲に含まれていない俺には、水着姿の狐耳幼女にしか見えんがな。


「おーほっほっほっ! 皆さま殿方へ自慢なさるのも良いですけども、本懐を忘れてましてよ!?」


 だらだらと会話をしている俺たちに痺れを切らしたのか。

 突然、西園寺さんが甲高い声を響かせた。

 それから手に持った扇子を海に向けて宣言する。


「さぁ、夏を目いっぱい楽しむのですわっ!」 


 いや、お前が仕切るんかい。

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