第63話
「へぇ……なかなかいい景色じゃないか」
海に行くという約束をして、数日たったある日。
俺たちは東京からほど近い、とある離島を訪れていた。
ま、近いと言っても調布飛行場から飛行機で約一時間ほどはかかるけどな。
それでも沖縄まで行くよりかはだいぶ近いだろう。
──それにしても、海というのは良いものである。
青い海、白い砂浜。肌を差す太陽の光──そして水着の美女。
そして肌にヒシヒシと感じる陽キャのオーラ。
絶賛引きニートだった俺ですら、そのオーラを浴びて陽キャと化した気分になる。
なんつーか、エモい。
悪いな、兄弟。
語彙力皆無の俺には、他にこの素晴らしさを表現する術が無いのだ。諦めてくれ。
とにかく楽しそうでワクワクしてる。この一言があれば充分だろう。
「星奈たちはまだか」
俺は手でひさしを作りながら、ビーチを眺めた。
どうやら俺が一番乗りらしい。星奈や瑠璃子の姿はまだ見えなかった。
まぁ男は俺一人だし仕方ない。会話も無く無心で海パン履いて出るだけだし。
対する女性陣は、今ごろキャッキャしながらお着替えタイムを楽しんでいる事だろう。
「今のうちにシート広げてパラソルぶっ刺しとくか」
せっかく早く着替え終わったのだ。
みなを待つ間に準備をしておくのが親切ってもんだろう。
「さてと……陽キャ共にSランク冒険者の本気を見せる時が来たようだ」
俺は脚部へと己が力を集中させる。
それから──爆ぜるように疾駆した。
──海水浴場において陣地の選定は重要である。
海の家などの売店やトイレからの距離と位置関係。
座った時に見える景色。日差しの角度。
海水浴場を最大限楽しめるか否か。
その全てがこの場所取りによって決まるのだから。
駆けながら俺は脳内で重要地点同士を線で結び、最適なエリアを絞り込む。
(見つけた──あそこが、最高のポイントだッ!)
理想的なポジションを即座に把握した俺は、槍の如くパラソルを構えた。
恐らく同じポイントを目指していたであろう、カップル共をあっという間に追い抜く。
悪いが、一般人じゃ俺のスピードには追いつけねぇ。
大人げない? 馬鹿野郎。行楽に本気出さずして、いつ本気になるってんだよ?
(──勝ち取った……ッ!)
誰よりも早く、目的の地点に旗印を突き刺した。
誰も俺の速度には追いつけまい。この戦は俺の勝利である。
──そう確信した。
「……なッ!?」
俺が突き刺したと思ったパラソルは、その先端が地面に接触する寸前で弾かれた。
この陣取り合戦に音もなく介入してきた──たった一人の老執事によって。
「失礼ながら──お譲りいただけませんでしょうか。お嬢様がお寛ぎになるのに、ここが最適な場所でございまして」
丁寧に伺い立てる執事服の老人。
その言葉とは裏腹に、彼は隙かさずパラソルを砂浜へ突きささんとしていた。
つまり疑問形なのは単なる建前。俺の意思など最初から問うてないのは明白であった。
「──悪いが、そいつは無理な相談だ。俺にも──譲れないものがあるんでな」
弾かれたパラソルが地に落ちる前に──俺はそれを掴み取る。
そして迷わず杖術スキル【
──正確に言えばそれは、スキルモーションを模倣したものだ。
パラソルは杖でないため、スキルによるアシストは発動しない。
だが、何度も繰り返し使用してきた経験則と俺の高いステータスが組み合わされば、八割程度までなら再現可能である。
──俺の
次はこちらの番だ。
相手のパラソルを弾いた反動を利用し、俺は今度こそ砂浜を狙う。
しかしながら、間髪入れずに繰り出された老執事の足蹴りによってまたもや阻害された。
そしてお次は老執事が領地を占領せんとパラソルを繰り出す。
またそれを俺が防いで──そんな刹那の攻防が砂浜の一区画で繰り広げられた。
「ほう、なかなかの手練でございますね」
「爺さんこそ。こう見えて万超えのステータス持ちなんだ。まさか互角に渡り合うとはな」
「それは光栄ですな。。ですが、そう不思議なことでもありますまい。実力とは必ずしも数値で決まるものではありませんからね」
老執事の言葉には説得力があった。
特異な固有スキルを持つ俺のステータスに優る冒険者など、恐らくこの世に存在しない。
単純な膂力では俺のほうが圧倒的に上のはず。
それでもこの老執事は巧みな技術によって、その差を完全に埋め合わせているのだ。
こうして会話している間も繰り広げられる攻防が、その言葉を完璧に証明していた。
「あぁ、言われなくても身をもって痛感してるぞ。爺さん、あんた強え」
「ほほっ──ならば健闘するこの老いぼれに免じて、そろそろ場所を譲って頂くというのはいかがでしょう」
「そっちこそ身なりからして良い所に仕えているんだろう? なら主人の財力を駆使してプライベートビーチでも借りれば解決じゃないか?」
「それはできませぬ。〝観光客で賑わう場の雰囲気も含めてこそ、真に観光地を楽しめる〟──お嬢様はそのようにお考えでございますから。──お祭りの楽しみ方と同じでございますよ」
「へぇ、そりゃ結構だな──だが、それでもここは譲れねぇ」
目にも留まらぬ攻防戦。
それに終止符を打つべく、俺は攻勢に出た。
爺さん。あんたの技術はすげーよ。
その技術なら格上相手にも引けを取らないどころか、凌駕することだってあるだろう。
──だがな。
俺とやり合うには──あまりにもステータス差が開きすぎだッ。
「もらったッ!!」
「……ぬんっ!!」
老執事は技巧によって俺の攻撃を弾き返そうとする。
だが、それすらも圧倒的なステータスによって強引に捻じ伏せた。
老執事が捌き損ねたパラソルの先が砂浜めがけて突き進む。
──勝った。
今度こそ俺は勝利を確信する。
見たか。これぞSランク冒険者の底力よ。
「──おーっほっほっほ!! そうはいきませんでしてよ」
頭上で甲高い笑い声が響いた。
次の刹那、俺の背中を強烈な衝撃が襲った。
「のわぁっ!?」
どうやら、何かが空から落ちてきたようだった。
その落下物がもたらした衝撃によって、流石の俺もうつ伏せになって倒れ込んだ。
「だぁー!! いったい何なんだ!?」
砂浜に這いつくばりながら俺は叫んだ。
背中に感じる柔らかな感触。誰が俺の背中に乗っかっているようだった。
「あら、ごめん遊ばせ。ワタクシどうしてもここを確保したくて。葉山に任せるつもりが、つい出しゃばってしまいましたわ」
「お嬢様。ヘリから降下されるのはいい加減にお辞めくださいと、何度も申しておりますのに……いつ見ても危うくて私の心臓が持ちませんぞ」
「まったく……葉山は心配症ですわね。ワタクシの【曲芸術】なら落下ダメージはゼロ、ですわっ! おーほっほっほっ!!」
背中の上で甲高い笑い声が響いた。
どうやら俺の背中に座っているのは老執事の言っていた〝お嬢様〟とやらのようだ。
つーか会話してないでさっさと退いてくれよ。
さっきから背中に感じる柔らかい感触が童貞にとって猛毒であってだな……。
それにそろそろ星奈たちがだな……。
「──お兄ちゃん!? な、なな何してるの!?」
「お主よ、ついには美少女の尻に敷かれる趣味まで……妾は嘆かわしいぞ」
あーほら言わんこっちゃない。
視界の先には水着を来たマイシスター率いる美少女軍団の姿。
みんな俺を見て好き勝手な感情を抱いてやがる。
「いや、俺はお前らの為に場所取りをだな──」
「むぅ、パイセンやっぱり大きい方が好きなんすね……」
「賢人さんは……お尻派……なんでしょうか……?」
駄目だコイツら。聞いちゃいねぇ。
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