第133話

 褐色の肌。額から顔をのぞかせる小角。

 過去に俺が相対した魔族たちと同じ特徴だ。

 でも、どうして人族の領内に魔族が?


「ちょっと! ボーッとしてる場合じゃないでしょ!」


 戸惑う俺を見かねたのか。後ろからモニカがポーションを引ったくり、素早く少女へと薬液を飲ませた。


「うっ……」


 痛みが引いたお陰か、少女の表情が少しだけ安らかなものになった。


「ふむ、鑑定しましたが状態異常の類いはありませんな。少し休ませれば大丈夫でしょう」


 遅れて駆け寄ってきたエレノアが少女の状態をスキルで確認してから告げる。

 それを聞いたモニカはホッとため息を吐いた。


「そう、よかった……。それよりアンタねぇ! 何に手間取ったのか知んないけど、飛び出したならちゃんとしなさいよねっ」

「あ、あぁ……悪い……ちょっと驚いちまって」


 モニカに怒られて、俺は素直に謝罪した。


「まぁまぁ。人族の領地で魔族を目にする機会は滅多にありませんからな。驚くのは無理もありませぬ。我でも実際に目にしたのは初めてですぞ」


 実を言うと、この世界の今の俺が生きる時代においては人族と魔族は敵対関係ではない。戦争は数百年も昔の話で、現在はそれほど険悪な関係ではないのだ。

 もちろん魔王を信奉し他種族を見下す過激派は存在するが少数だ。反対に人族側にだって反魔族思想を持つ者はいる。

 多様性を謳った現代ですら未だに差別とかあるわけだし、完全に無くすのは難しいのかもな。


「んんぅ……」


 腕の中で少女が呻いた。どうやら意識が戻ったようだ。ゆっくりとまぶたを開いていく。


「だれ……?」

「にょほー! 気がつきましたか! 何があったか存じませぬが、我々がいればもう安心ですぞ!」

「ひっ……!」


 エレノアが少女の顔を覗き込む。すると少女は怯えて俺の腕をギュッと抱き締めた。


「怯える必要はありませぬぞ? 我々は貴殿の味方ですからな! にょほほほほほ!」

「いや……お前みたいな奇人に迫られたらビビるに決まってるだろ。笑い方も気色悪いしよ」

「ふぁっ!? なぜですか!? 今これっぽっちも怯えさせる要素なかったですぞ!? ねっ、モニカ殿!?」

「………………そうね」

「なんですか今の間は!?」


 極厚ビン底眼鏡をかけた得体の知れないヤツが、気味悪い笑い声と共に両手をワキワキさせながら顔を覗き込んでくるんだぞ。普通にこえーよ。


「もう大丈夫だからね。どう? 立ち上がれそう?」

「……う、うん」


 憤慨するエレノアはさておき、モニカは子供をあやすような声色で優しく微笑む。すると少女は少しだけ間を空けてから小さく頷いた。

 とりあえず俺たちが悪い奴らじゃないという事は理解してくれたようだ。


 少女は立ち上がると、改めて俺たちに向けてぺこりと頭を下げた。


「あの……ありがとう……」

「礼には及ばないさ。それより何があったんだ? ……、魔獣に襲われたって様子じゃないよな?」

「あっ……こ、これは……」


 俺は少女が纏う衣服に視線を向けた。

 ボロボロで薄汚れたシャツ。傷を負ったであろう部分は破れて血が滲む。

 だが、それは魔獣の爪や牙によって力任せに引き裂かれたのではない。

 もっと鋭利な何か──たとえば剣で斬りつけたような、そんな破れ方だった。


「──ここにいたか」


 突然、背後から男の声がして俺は振り向いた。

 そこ先に立っていたのは、巨大な剣を背負った青髪の青年だった。


「その身なり……お前たち冒険者か?」


 青年は俺たちの姿を一瞥するなり、吐き捨てるように言う。

 同時に、彼は懐からあるものを取り出して俺たちに見せた。


「先に忠告しておこう。横取りなんて馬鹿な真似は考えないほうがいい。それは俺のだ」


 彼が提示したのは、冒険者ギルドの登録証だ。それも漆黒の登録証。


 ──最高位の冒険者である証を。

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