第134話

「──ふざけないで」


 どう受け答えすべきか悩む俺をさしおいて、モニカは男に向けて言い放った。


「何が『俺の獲物』よ? 依頼だか何だか知らないけど──」


 彼女の周りに集まる白い魔力。

 淡々と紡ぐ言葉の裏側に、憤怒の感情が垣間見えた。


「こんな小さな子をまるで魔獣みたいに扱って……アンタ、まともじゃないわ」


 煽りとも受け取れる言葉を吐き捨て、モニカは目を細めた。


「……」


 もっとも、これは安っぽい挑発ではない。純粋な侮蔑の感情を吐露したものだ。

 眼前の男が彼女の言葉をどう受け取るかは知らないが、少なくとも俺はそう解釈した。


「お前たちの評価などどうでもいい。だが、その魔族クズは犯罪者として正式に手配されている」

「この幼子が犯罪者……? それは真ですか? 確かに我々は部外者かもしれませんが、そんな話は到底信じられませんぞ」

「……信じようが信じまいが、それが事実だ。それに俺は事の真偽に興味などない。ただ依頼を遂行する。それだけだ」


 俺は男の言葉に強烈な違和感を覚えた。

 こんな小さな女の子に、いったい何ができるというのか。

 もしこの子が孤児だとしたら、飢えて盗みくらいはするかも知れない。

 無論、それは悪いことだ。しかし、わざわざ黒級冒険者を使って追い立てるようなことではない。


「お前の言い分はよーく、わかった。黒級冒険者が出しゃばってるくらいだ。きっと正式な依頼なんだろう」


 俺は今一度少女の方を見た。

 彼女の身体は小刻みに震えている。痛みと恐怖の記憶が、その小さな身体を竦ませていた。

 やはり彼女が黒級に追われるような大罪人とは思えない。根拠は全くないが、何やらキナ臭いものを感じた。


「だがな──そういう事はちゃんと自分で見極めた方がいいと思うぞ。必ずしも上が正しいとは限らねーからな」


 言いながら俺は腰のベルトに龍玉を嵌め込む。そしてエレノアの顔を見た。


「つーわけで時間稼ぎ頼むぞ、エレノア。俺が奢るから魔石は好きなだけ使え」

「にょほほほ! そう言うと思ってましたぞ!」


 俺の指示を受けたエレノアは嬉しそうに笑った。


制作者オーサリス:エレノアが命ず。 汝、我の呼び掛けに応え、その力を示せ!』


 詠唱と同時に空間に出現する魔法陣。

 そこに魔導騎竜が飲み込まれたかと思えば、入れ替わるように拘束された黄金の騎士が飛び出した。

 

拘束解除リリース! 魔導鎧ゴルドレッド!!』


 エレノアの掛け声が引き金となって、その拘束が解かれる。

 束縛から解放された黄金の騎士は、神速で剣を引き抜き、青髪の男へと飛びかかった。


「愚かな……よりにもよって魔族を信用するとはな」


 斬りかかってきたゴルドレッドには一切動じず、男は冷静に吐露した。

 その短い言葉には、微かに憎悪の念が滲んでいる。そんな気がした。


「くだらない玩具だ」


 男はそう呟くと、腰から抜いた長剣で剣撃を受け止めた。

 そのまま力任せに押し返して、ゴルドレッドを弾き飛ばす。


「剣技というのはこういうものだ」


 体勢を崩したゴルドレッドに、今度は男が攻勢をかけた。

 繰り出されるのは、目にも留まらぬ剣撃の嵐。〝魔石さえあれば超スペック〟を謳うゴルドレッドだったが、男の剣術の前には防戦一方だった。


「ちょっと! かなり不利に見えるけど大丈夫なの!?」 

「にょほほほほっ! 心配ご無用! ゴルドレッドには究極の自己研鑽機能──その名も〝シンケンゼミ〟が搭載されておりますからな!」

「しんけ……? 耳慣れない言葉ね?」

「ふふ、〝異言語〟で〝自ら学ぶ者〟を意味する言葉ですぞ」


 おい、このタイミングで地獄みたいな会話をすんじゃねぇ。


「……? 動きが変わった? いや、俺の剣技から学んでいるのか?」

「にょほほほっ! その型は既にですぞ!」

「チッ……ふざけた魔導人形ゴーレムだ」


 そのままそれっぽい会話すんな。俺の感覚がおかしいみたいじゃねーか。

 ああくそ、とりあえず参戦してこの流れをぶった切るしかねぇ!

 俺はポーズを決め込んだ。ジャカジャカと流れ始める軽快な音楽。


『ソウル・ドミネィトッ!!』


 ベルトから大音量で流れる音声。

 傍らの少女は不思議そうな表情でこちらを見るが、もはや気にしない。


「──変身!」


 次の瞬間には、全身を鱗のような鎧が覆った。

 同時に身体の内部を駆け巡る絶大なエネルギー。

 以前より素のレベルも向上した今の俺ならば、黒級のステータスを凌駕するだろう。


「待たせたな、エレノア。後は俺に任せろ」


 俺はポーチから<破壊の杖>を取り出した。

 ナンバーズスキルの再覚醒と共に、いつの間にか手物へ戻ってきた愛用の杖。

 その柄を固く握りしめて、俺は疾駆した。


「こっちはパーティーなんでな! 卑怯だなんだっていうクレームはお断りだぜ!」


 疾風の如き速度で間合いを詰め、俺は杖を振るう。

 残念ながら俺が新たに覚醒させた【輪廻の金鈴ヌル】では、以前のようなステータス上昇効果を再現できない。俺が取り戻したのは【杖術】スキルだけだ。

 しかし、竜帝の帯紐がもたらす破格のバフ効果さえあれば、大した問題はない。


「【破天砕月】ッ!」

「くッ……!」


 俺の放った一撃は男によって受け止められた。

 初撃を防がれたのは予想外だったが、かといって焦る必要はない。

 男の厳しそうな表情を見る限り、膂力はこちらが勝っていると思われるからだ。


「驚いたか? 【杖術】も捨てたもんじゃないだろ? けど、これで終わりじゃねーぞ」

「何を……」


 さらに俺は怒涛の連撃を繰り出した。男はその全てを見事に捌いていく。

 だが、しかし──剣戟合戦は長くは続かない。


「……なッ!?」


 俺の放った打撃を受け止めて続けていた男の剣が、その途中で乾いた音を響かせて砕け散ったからだ。

 これぞ前世の俺が編み出したシステム外スキル──名付けて排撃リジェクト

 以前よりステータスが低下している分、再現できるか不安だったが大丈夫だったようだ。


「チッ……妙なスキルを!」


 得物を失った男は素早く後退。今度は背中の大剣を引き抜いた。


「まさかこの俺にステータスで勝る冒険者が存在するとはな」

「意外か? つっても、この力は呪われた装備のおかげだけどな」


 軽く答えると、なぜか男の目が一層鋭いものになった。


「呪い……そこまでしてその魔族を庇うか。いいだろう。ならば俺もその気概に免じてで相手をしてやろう」


 大剣を構えたまま、男は意味深に告げる。

 その後に続く言葉は俺が全く予想だにしないものだった。


「力を寄越せ──【覇剛の獅子ナンバーズ:エイト】」


 その刹那、俺の右腕が千切れ飛んだ。

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