エピローグ
エピローグ
「──それじゃウチらは、この後遊びに行くんで」
「お疲れ様でした、賢人さん。また明日ですねっ」
「あぁ、またな。気をつけて帰れよー」
本日の探索を無事に終えた俺は、いつも通りの感じで星奈たちと別れた。
通い慣れた管理局の施設前。
得たアイテムを売却し、仲間と別れ、そして帰宅する。そんな、いつもと変わらぬ冒険者としての日常。
「さて、妾も百貨店に寄ってから帰るとするかの。確か、もうプリンのストックが無かったはずじゃからな」
二人を見送った後、隣に立つ道化仮面のヤバい奴──もといユーノがしれっと呟いた。
「あぁ、わかった……つーか、お前よくその身なりで買いにいけるな。360度どっからどう見ても不審者だぞ」
高級商品を取り扱う店舗であれば、その警備もそれなりに厳重である。
彼女はいつ通報されてもおかしくない風貌だろう。つーか俺なら通報してる。
「失礼な。仮面を寄越したのはお主じゃろうて……。確かに、当時色々あったのは事実じゃがの……」
そう言って遠くを見つめるユーノ。
何となく何があったかは察しが付くが、せめてもの情けだ。そこは触れないでおくか。
憐れみの視線を向けていると、『──じゃが!』と彼女は自信満々に切り返す。
「今はむしろ、この仮面が顔パスみたいなもんじゃよ。何せ上客じゃからの。妾の姿を見れば皆、途端に頭を垂れるのじゃ」
「そ、そうか。それは良かったな……」
仮面で素顔を隠した民族衣装姿の女児に、店員や警備員が一斉にお辞儀する様が頭に浮かんで、俺は少しげんなりした気分になった。
どう見ても絵面がヤバい宗教なんだよな、それ。
「ま、そういうわけじゃから。また後での」
「あ、あぁ……ま、気をつけてな」
百貨店はともかく、行き道で通報されねーようにな。
と、心の中で補足しておく。
そんな俺の胸の内の事など、露知らず。
ユーノは、鼻歌を歌いながら機嫌良くその場を去って行った。
──そんな彼女を見送りながら俺は呟く。
「俺も気分転換に寄り道してみるか」
京都の一件から、既に一週間が経過していた。
無事に騒動は終息し、京の街は平穏を取り戻した。
あれから東京に戻った俺たちは、またいつも通りの冒険者稼業を熟す日々を送っている。
一連の騒動を俯瞰して見れば、良い結末と言っても過言ではないだろう。
──だが、俺の気分は一向に晴れなかった。
ユーノには堂々としろと言われたものの、それでも俺の胸に刺さって取れないのだ。
あの時の如月さんの瞳が、その声が。
棘のように俺の心に刺さり、残っている。
(……はぁ、情けねえな)
大通り沿いを歩きながら俺は溜息をついた。
「──お兄さん、ちょっと寄ってけへん?」
特に目的という目的もなく。
何となく通りに面した店の看板を眺めていると、ふいに声を掛けられた。
客引か。まだ日も高いというのに、飲食店も大変だな。
「ん、いや、悪いが俺は別に……って、えっ!?」
そんな事を考えながら、声の方向に視線を向け──驚愕する
なぜなら、俺に声をかけてきた少女の姿が、あまりにも日坂さんに似ていたからだ。
それも、スキルによって外見を獣人に見せかけてた時とそっくりだった。
彼女の頭で狐耳がぴこぴこと揺れる。
(いや、別人だよな……? メイド服みたいなの着てるし……コンセプトカフェって奴か?)
似ているとはいえ、目の前の少女は日坂さんと大きく異る点が一つだけあった。
それは背丈だ。
日坂さんはそこそこ背もあったが、目の前の少女は違う。
その背丈は星奈よりも低く、ユーノと同い年くらいに見えた。
「何や、急に。幽霊でも見たような顔して。こんな可愛らしい美少女捕まえていけずやわぁ」
よほど驚きが表情に出ていたのだろう。
俺の顔を見て、けらけらと笑う少女。
「わ、悪い。ちょっと知り合いに似ていたもんで、つい驚いちまってな。いやー世の中にそっくりさんが三人いるって本当なんだな」
「あぁ、俗に言うドッペルゲンガーって奴やな──そんな事よりお兄さん、寄ってくやろ?」
「あ、いや俺は特に興味は──」
「ええから、ええから。ほら入ってぇ」
「え、あ、ちょっと……」
そう言って雑居ビルの中へと引き込んでゆくケモミミ幼女。
無論、俺のステータスなら引き剥がす事など容易である。
とは言え、抵抗して怪我させるのも嫌だったのでやむを得ず俺は少女の後へと着いていった。
「さっ、着いたでぇ」
「異世界メイドカフェ──メイファンタジア……」
連れて来られた先のドアに掲げられた看板には、確かにそう書いてあった。
コンセプトがよくわからんが、まぁメイド喫茶の一種なのだろう。
「ほら、はよ入って入って!」
看板を眺めていた俺を急かすように、ケモミミ幼女が手を招く。
仕方ない。ここまで来たからには寄ってくか。
多少ぼったくられても、俺の収入からすれば痛くも痒くも無いしな。
そう思い俺は店内へと足を踏み入れた
「──お、お帰りなさいませっ! ご主人サマっ……!」
すると、出迎えてくれたのは──メイド服姿の如月さんだった。
笑顔と共に見える八重歯が愛嬌的で可愛らしい。
「あ……如月、さん?」
「……えっ?」
そんな彼女は俺と目が合うや否や、顔を赤くして微動だにしなくなってしまった。
「……」
「……」
そして気まずい空気が数秒の間、流れる。
──あ、やばい。どうしよう。
俺は今、見てはいけないものを見てしまったのでは。
そんな罪悪感に苛まれ、何か切り出そうにも上手く言葉が浮かんでこなかった。
「──くくっ、あっーはっはっはっ……!!」
困り果てた末の、無言のひととき。
その沈黙を破ったのは、背後から響く少女の笑い声だった。
◇
「えっと……このケモミミ幼女は、やっぱり日坂さんなんだな?」
店内のテーブル席に腰掛けた俺は、甘ったるいミルクティーを啜りながら尋ねた。
「せ、せや……ちょっと見てくれが変わってしもたけど、間違いない。この子は朱音や」
メイド服姿が恥ずかしいのか、そわそわしながら答える如月さん。
視線が左右に行ったり来たりしてるのが、また愛らしい。
「ちょっとどころか若返っちまってるけどな。ま、それはともかく──いったいどうやって……?」
言い方は悪いが、日坂さんは──俺が殺したはずなのだ。
いくら如月さんが
「……ア、アカンで! もう朱音は、大丈夫なんやから! 人様に迷惑はかけとらん!」
俺が問い掛けると、如月さんは隣に座る日坂さんをギュッと抱き寄せた。
それから、まるで強姦魔を見るような視線を俺へと向ける。
「あのなぁ……聞いただけだよ。別にどうこうするつもりはねぇ」
「ほ、ほんまか……?」
「むしろ、出会頭からそう思ってるさ。でなきゃ、わざわざ俺をここに呼び込む理由がないからな」
もし彼女がまた誰かから魔力を奪ってるとするなら、一度それを阻止しようとした俺を遠ざけるはずだ。
そうしなかった時点で、何らかの手段を彼女らは得たのだと。そう確信していた。
「大丈夫やから、琴音。意外と聡明なんよ。馬原はんは」
「うぅ……朱音がそう言うんなら……」
日坂さんに窘められ、如月さんはようやく警戒心を解いた。
もっとも〝意外〟は余計だけどな。俺の天職、賢者なんですけど?
「実はな──」
そして彼女は、これまでの経緯について、おもむろに語り始めた。
◇
「まさか、そんな奇跡みたいなことが起こるとはな……」
そこからの話は想像以上に濃密だった。
結論から言えば、彼女は新たなナンバーズスキルを得ていた。
その能力によって日坂さんを蘇生させたと言うのだ。
──それもアンデッドでは無く、生者として、だ。
「ふふふ、ウチもびっくりや。目が覚めたら、琴音が鼻水垂らして泣いてるさかいになぁ」
「あ、あほっ! 別にそれは言わんでええやろ!」
「ええやない。それだけウチのこと、想っててくれたっちゅー証やろ?」
「う……それは、そうやけど……」
笑いながら、如月さんに向けて流し目を送る日坂さん。
確かに、アンデッドだった頃とは比べ物にならないくらいに血色が良い。
そのいきいきとした表情は生者そのものだった。
「あー、惚気てるところ邪魔して悪いんだが……〝そいつ〟は本物なのか?」
日坂さんから生えて出た狐耳と尻尾。
彼女の感情に呼応して揺れ動くそれを、視線で指し示しながら俺は訊ねた。
「あぁ、これ? 可愛らしいやろ? ウチもよくわからんけど、本物や。ちゃんと感覚もあるしな」
両耳を自ら摘んであざと可愛い仕草で答える日坂さん。
それに同意せんとばかりに、如月さんが隣でウンウンと頷いていた。
「あぁ……そうだな。よく似合ってるぞ」
ひとまず俺は当り障りの無い返事を返した。
彼女らにとってはチャームポイントが増えた程度の感覚なのかもしれない。
だが、頭に生えたそれが何を示すのか。
それを良く知る俺にとっては、思考停止して褒めちぎれるものではない。
──
理屈や原理はさておき。
今の日坂さんは、ユーノと同じ
(──後は、局長からも話を聞かねえとな)
懸念事項はそれだけではない。
如月さんの話に登場した〝胡散臭いオッサン〟についてもだ。
当然ながら、俺はその人物に心当たりがあった。
というより、局長以外に思いつかないんだけどさ。
(既に管理局は何らかの情報を握ってんのか……?)
──もしくは局長だけが特別なのか。
今、ここで思考を巡らせた所で、疑問が解消しないのは承知している。
だが、それでも考えずにはいられなかった。
「そないに小難しい顔して、どないしたん?」
視界に映った黄金色の瞳によって、俺の意識は引き戻された。
どうやら俺の様子が気になったらしい。
日坂さんは身を乗り出し、覗き込むような格好で俺を見ていた。
「え? あぁ……悪いな。少し考え事してた」
「ま、ウチのコレも含めて、世の中わからんことだらけや……あまり深く気にしたらあかんで」
そう言って艶やかな笑みを見せる日坂さん。
ケモミミ幼女と化した今となっても、その妖艶さは健在なようだった。
「それも、そうだな」
「せやせや。──それより、せっかく来たんやさかい。色々注文してーな? ウチのオススメは、この『萌え☆キュン魔法のオムライス』やで」
可愛らしくデコレーションされたメニューを開くと、その中の一つを指差す。
彼女が示したのは何の変哲もない、ただのオムライスだった。
もっとも、その価格は二千円と高級料理店もびっくりのお値段ではあるが。
「なっ! 朱音、なんちゅーもんオススメしてんねん! 誰がその〝魔法〟かけると思ってんねん!?」
どうやらこのオムライスには如月さんが恥ずかしくなるような特典がついてくるらしい。
彼女は顔を紅潮させながら、抗議の声を上げるが、
「そりゃ、もちろん琴音や──うち、アンタの恥ずかしがる顔が一番好きやで」
あっけらかんと答えた後に、何かを耳打ちする日坂さん。
すると、如月さんはただでさえ赤い頬をさらに赤くして黙りこくってしまった。
そして消え入りそうな声で呟く。
「どアホ……」
そんな彼女らの掛け合いを見ていて、俺は思う。
──あぁ、良かったなと。
俺には、彼女らを救う力なんてなかった。
だからこそ、こうして笑顔を見せる二人の姿に嬉しく思う。
「俺が言うのも変だが、幸せそうで何よりだよ」
「なんや急にニヤニヤして。一応、あんたは朱音を灰にした男なんやからなっ!?」
「あはは……あまり言ってくれるな。俺だって苦渋だったさ。だからこそ、だよ」
「はぁ……まぁ、そういう事にしといたるわ──それで、注文はどないすんねん? 朱音はああ言うてるけど……最終的に決めるのはあんちゃんやからな」
如月さんに問われ、俺は満面の笑みで答えた。
「──そりゃ、日坂さんの〝オススメ〟だろう。とびきりの〝魔法〟で頼むぞ!」
──余談だが、このメイド喫茶は〝胡散臭いオッサン〟が経営しているらしい。
そして如月さん達は、恩返しも兼ねてここで働いているとな。
いや、マジで何やってんだよ局長……。
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