第141話

 俺たちは来た道を戻り、目当ての食堂へとやってきていた。

 店先から香ばしい匂いを漂わせていた店だ。


「お待ちどうさま! 〝ドワーフシープの香草焼き〟だよ!」


 注文してしばらくすると、店主の奥さんと思しき中年女性が大皿に盛った料理を持ってきた。

 どんと目の前に置かれたのは、こんがりと焼けたラムチョップ。

 香草とスパイスの豊かな香りが、何とも食欲を唆る一品だった。


「わぁ……!」


 大皿に盛られた骨付き肉を眺めて、エトは嬉しそうな声を出す。

 早くこのジューシーな肉を頬張りたいと言わんばかりの表情だ。


「本当に食べていいの?」

「もちろん。遠慮なんてしなくていいからな」

「……じゃあ、いただきます」


 エトは骨付き肉を手に取ると、その柔らかそうな肉にかぶりついた。

 じゅわりと染み出す肉汁に、彼女の瞳がらんらんと輝いた。


「んんーっ!」


 美味しいと言いたかったんだろうが、口いっぱいに頬張っているせいで言葉がでない。

 それでも彼女の幸せそうな表情を見れば、言わんとしてることは十分に伝わった。


「やっぱりここにして正解だったな。俺たちも食べようぜ」

「ふふ、そうね。見てたらあたしもお腹すいちゃった」


 エトに倣って俺も、骨を持ち手代わりにしつつ肉にかぶりつく。その瞬間、肉の旨味が口いっぱいに広がった。

 その肉質は柔らかく、ジンギスカンで使われるマトンのような臭みもない。

 見た目から想像していた通り、仔羊ラム肉に近い味わいだ。

 

「美味いな!」「美味しい……!」


 以前食べたマッシュピグも旨かったが、それとは違った美味しさ。

 脂身控えめでありながらジューシーな赤身肉は、いくらでも食べられる気がした。



「おばさん。いくつか持ち帰り用に焼いてもらうことはできるか?」


 存分に肉を堪能した後、俺は女主人に尋ねた。


「そりゃ構わないけど、日持ちしないよ?」

「その辺は大丈夫だ。俺たちには【収納】付きの鞄があるからな」


 そう言って俺は指で鞄を指し示した。すると女主人は驚いた顔を見せる。


「驚いた。その歳で自前の【収納】鞄を持ってるなんてね」

「あぁ、こう見えて橙級冒険者だからな」

「そうなのかい! ふふ、高位の冒険者さまに厚意にしてもらえるなら願ったりだね。どれくらい必要だい?」

「売れるだけ欲しい。旅の道中でも食べたいからな」


 俺とモニカはこの大陸を出る予定だ。

 家族がいるモニカはともかく、俺がこの街に戻ってくることは恐らくないだろう。

 だったら今のうちに大量に買い込んで、しばらくは堪能させてもらうつもりだ。


「またこのお肉食べれるの?」

「あぁ、そうだぞ」

「やったー!」

「うふふ、そんだけ喜んで貰えると、こっちも作り甲斐があるねぇ。ねぇ、あんた?」

「がはは、全くだ!」


 またこの肉を食べれると知って歓喜するエト。

 そんな彼女を眺めて、店主たちがけらけらと笑った。



 ◇



 ドワーフシープの肉を堪能した俺たちはその後、適当な宿を借りた。

 適当と言ってもそこそこ質の良い宿を選んだ。その方が建物周辺の治安も良いし、泊り客の層も悪くないからな。


「それじゃ、エトのことを頼んだぞ。何かあればすぐ呼んでくれ」


 部屋の前まで来たところで、モニカにそう伝えた。

 今のところエトの存在がバレた様子も無さそうなので大丈夫だとは思うが、それでも警戒しておくに越したことはない。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。〝魔法の警笛〟だって持たせてあるんだし」

「うん、ほら!」


 エトは少し誇らしげな顔をしながら手に持った紐付きの魔道具を俺に見せた。

 それは以前モニカが露店で購入した魔道具、もとい防犯ブザーであった。

 ああ、まさか本当にキッズに持たせる機会が来るとはな……。


「そいつは別に身を守ってくれるわけじゃないからな。危ないと思ったら早めに鳴らすんだぞ」

「うん、わかった! !」


 いつの間にかお兄ちゃん呼びが定着していて、思わず頬が緩んだ。

 いやぁ、いいな。やっぱりお兄ちゃんと呼ばれるのが一番しっくり来る。

 や、決して変な性癖があるとか、そういう類ではないぞ!

 単純に前世でリアルお兄ちゃんだったから、馴染んでる。それだけだからな!


「……さっ、色々あって疲れたでしょ? 今日は部屋で休みましょ。あたしがいるから安心して寝ていいからね」

「うん、ありがと」


 そう言ってモニカは、エトの手を引いて自分の部屋に入っていった。

 現在の見た目がリトルモニカだけあって、その姿は本当の親子みたいだ。


(いつかモニカも誰かと結婚して子供ができんだろうなぁ。つっても俺は祝福することすらできねーんだろうけど)


 そう思うと少し寂しい気もするな。しかし、それは仕方のないことだ。

 神さまのお告げに従って、もし地球に戻れるとしたら。

 その時、モニカとは──いや、この世界とは永久におさらばだ。


(……なるべく今を楽しまないとな)


 そんなことを思いながら、俺も自室で休むことにした。

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