第84話

『ゴブリンの討伐を確認。おめでとうございます。第十二階層クリアです』


 天の声が響き渡るや否や、目の前で横たわるゴブリンの死骸が粒子となって消えてゆく。

 この辺もゲームっぽい感じがした。

 ダンジョンで魔獣を倒した場合、こんな風にすぐさま消えていく事はない。

 しばらく放置してようやくダンジョンに取り込まれて魔素に分解されていくのだ。


「ふぅ、流石に今回は被弾が多すぎたな。少し休憩するか」


 俺はその場に腰を押し付けると、【収納】ポーチからポーションを取り出した。

 第一階層目で使用したものより高価なタイプだ。

 感覚的に骨が数カ所、ヒビが入ったような感じがするからな。

 金は惜しまず、しっかり回復しておいて損はないだろう。

 俺は薬瓶の栓を開けて、一気に飲み干した。


「うーん……不味い」


 口の中いっぱいに広がる苦味。良薬口に苦しと言えど、本当にゲロみたいな味だ。

 高いポーションってのは、こんなに不味いものなのか。

 固有スキルがレベルアップするまでは低級ポーションにはお世話になっていたが、まだ飲めた味だったぞ。


「さて、進むか──どこまで続いてるかわかんねぇからな。気力があるうちにさっさと攻略しねーと」


 傷が癒えたのを感覚的に感じ取ると、俺は立ち上がった。

 それから階段へと続く扉に向かってあるき出そうとした──その時だった。


『──ダンジョンマスターよりクリア報酬が届いています。受け取りますか?』


「……は?」


 突然、わけのわからないアナウンスが流れる。

 それと同時に俺の目の前にステータス画面に似たウィンドウが表示された。


「報酬……? ダンジョンマスターって……いや、敵だよな?」


 ダンジョンマスターという言葉から連想できるのは、この塔の創造主。

 つまりは、俺の敵さんということになる。

 そいつがなぜ俺に報酬とやらを渡すのか。疑問しか浮かばない。


「罠の可能性も十分考えられるが……さて、どうするか」


 ひとまず俺は、空間に浮かぶウィンドウへと視線を移した。

 単純な罠なのか、はたまた敵対する相手を支援しても勝てるという余裕の現れか。

 そのどちらにせよ、判断するには情報が必要だと思ったからだ。


「……は?」


 俺はそこに書かれた情報を読み取り──そして思わず声を上げた。


 ────


<クリア報酬>


 スキル:【洞察眼】SLv1(進化可能)


 優れた洞察力を持つ者へと与えられる報酬。

 目視する事で対象にかかっている能力変化、スキル効果を読み取る。

 成功率はスキルレベル、目視した秒数、対象の隠蔽系スキルの有無により変動。


 ────


 以上が、ウィンドウに記載されていた報酬内容だ。

 ご丁寧なことに、そのすぐ下には取得要否を迫る選択肢まで表示されていた。


「スキルを与える……?」


 真っ先に浮かんだのは、この文言の信憑性だった。

 基本的にスキルというのは、自分の天職に備わっているものしか習得できない。

 それ以外で習得する可能性があるとすれば、それは固有スキルだ。

 だがしかし、今回は固有スキルの習得方法にも当てはまらない。

 固有スキルは予め習得しているか、自身で覚醒させるかのどちらかだからな。


(敵さんは第三者にスキルを付与できるってこと……なんだよな。そんな事が可能なのか?)


 誰かにスキルを付与する能力など、文字通り前代未聞なのだ。

 おまけにこのスキルに書かれた〝進化可能〟の文字。

 少なくとも、俺たちが普段扱っているスキルとは異なるようだ。


「うーむ、どうしたもんか。これが本当だとしても、俺を強化する意味もわからん……だー! とりあえず下手に受け取るのはやめとくか?」


 とにかく疑問だらけ。

 なかなか判断できず頭を掻きむしっていると、広間にまた天の声が響く。


『ご安心ください。これはダンジョンに設けられた〝ルール〟ですから。たとえダンジョンマスターであっても、この報酬システムに罠を仕込むことはできません』


「ルール……? つまり、このダンジョン内じゃお互い縛られているって事か? 俺も、敵さんも」


『はい、その通りです』


 ダメ元で会話を試みると、意外にも返答が返ってきた。


「ちなみに、あんたが嘘をついてないっていう証拠は?」


『客観的な証拠は提示できません。私は与えられた役割に従い、挑戦者を案内するだけです』


「そうか。ちなみに名前は何ていうんだ?」


『……』


 どうも返事をしてくれるかは内容によりけりって感じだな。

 あくまでも案内人としてのシステム……みたいなもんなんだろう。


「……ま、悩んだってしょうがねぇか。ひとまずはシステムさんの事信じるぞ」


 こうなれば悩む意味はない。

 俺は目の前のウィンドウに表示された「YES」ボタンを押した。


『──スキル【洞察眼】を獲得しました』


 その瞬間、頭に流れるファンファーレ。

 それからシステムさんと同じ声が脳内に直接に響いた。


「この声……あの時と同じ声か」


 耳馴染みのある声。俺が固有スキルを覚醒させた時に流れたのと同じ声だった。

 通りでシステムさんの声に聞き覚えがあるわけだ。

 ひとまずシステムさんは信用できそうだな。良くも悪くもシステムって意味でな。


「さて、後は実際どうなったかだが……」


 俺はステータスカードを取り出した。

 内容を確認すると、確かにそこには先ほど取得したスキルが記載されていた。


「マジで取得できてるな……」


 本当に何でもありだな。このダンジョン。

 さっきシステムさんが言ってた通りなら、この先もクリアする度に何らかの特典が得られる事になる。


「敵を倒してステージクリアしてまた強くなって……比喩じゃなくて本当にってわけか」


 この馬鹿げたダンジョンも、敵にとってはただの遊戯ゲーム感覚なのだろうか。

 敵の目的は未だに読めないが今は進むしかない。


 新たなスキルを手にした俺は、また次の階層に上がるべく歩を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る