第85話

 ──第二十階層。


「──うらぁあああッッ!!」


 高速で飛び掛かってくるを、俺は杖の先端で──ぶん殴る。

 完全に軌道を読んだ上での、渾身の一撃。

 そこらの魔獣ならば、即座に黙らせるほどの威力を持った一撃だ。


「……硬ぇッ!?」


 だがしかし。

 そのあまりの硬さに、俺の腕の方がビリビリと痺れを感じ取った。

 このまま無理に振り抜けば、腕の骨が折れるんじゃないか。そんな懸念さえ頭に浮かぶ。


「だぁーッ!! 舐めんじゃねぇ!! どれだけ硬かろうが、どれだけ速かろうが! 所詮はスライムッ!!」


 腕の骨からミシミシと嫌な音が鳴るのも厭わず、俺はさらに力を込めた。


「核にさえ届きゃ──俺の勝ちだッ!!」


〈破壊の杖〉は絶対に壊れない。

 ならば、後は純粋な力比べだ。

 ヤツの──魔銀涅獣ミスリルスライムの硬さと、俺の腕力。

 そのどちらが勝るか、ただそれだけだ。


「こちとら回復魔法持ち三人の超安心パーティーでな! 最上級ポーションが腐るほど余ってんだ! 腕くらいくれてやる!!」


 自らを鼓舞しながら、杖を強引に振り抜く。

 限界を迎えた腕から、ボキッと乾いた悲鳴が響いた。

 恐らく骨が折れた音だろう。

 さようなら、俺の腕。

 想像の何倍も痛くて、正直泣きそうになる。

 だが、その代償に見合う成果があった。


『──ピギャッ!?』


 膨大な圧力によって歪む金属質のボディ。

 そこから剥き出た核はそのまま押し潰されて、魔銀涅獣ミスリルスライムは呆気なく絶命した。


魔銀涅獣ミスリルスライムの討伐を確認。おめでとうございます。第二十階層クリアです』


 そして流れるシステムさんのアナウンス。

 もはや聞き飽きて感想もない。

 と言うより、そんな余裕がない。


「いででででッ!」


 激痛覚悟で無理矢理、腕を動かして最上級ポーションをポーチから取り出すと、これまた強引に栓を開けて一気に飲み干した。


「うぇ……不味い」


 相変わらずクソ不味いが、背に腹は変えれん。

 吐きそうになるのを堪えながら、腕が治癒されるのを待った。


「……うし、ちゃんと動くな」


 しばらく経てば、腕の痛みはすっかりなくなった。

 拳を握ったり開いたりして動作に問題が無いことを確認する。

 流石はニ百万円以上するポーションである。

 お値段相当──いや、使用タイミングによっては部位欠損すら治す事を鑑みれば、お値段以上の効力である。

 冒険者でない裕福層にも売れてる理由がよくわかるな。


『──ダンジョンマスターよりクリア報酬が届いています。受け取りますか?』


「お? この階層はクリア報酬があるのか。いまいち基準がわかんねーな……」


 久々に聞いたアナウンス。

 実を言うとクリア報酬が出たのは、第十二階層以来だった。

 どうやらこのクリア報酬とやらは毎回、貰えるわけではないようだ。

 この階層に到達するまでにも強力な魔獣を撃破してきたが、特に報酬は無かったからな。

 その辺の基準的なのがどうなってるのかは全く未知数であるが──それはさておき、貰えるものは貰っておこう。


「どれどれ、次は何が貰えるんだ?」


 目の前に浮かび上がった青いウィンドウへと目を向ける。

 そこに書かれた内容はこうだ。


 ────


<クリア報酬>


 スキル:【破壊王】SLv1


 全てを破壊する力の権化へと与えられる報酬。

 打撃系スキル使用時に、威力を増加させる。

 増加率はスキルレベルに依存する。


 ────


「【破壊王】か。シンプルに効果が強いし、悪くないな」


 それにしても、なんと俺にぴったりなスキルな事だろうか。

 何となくだが、俺の戦闘スタイルや討伐方法に合ったスキルを与えられている気がした。

 あくまでも仮説ではあるが、そう思えて仕方がない。


「ま、システムさん曰く、デメリットは無いみてぇだからな。貰えるもんは貰っとくぞ」


 俺は迷わずYESボタンに触れて、スキルを取得した。

 それから念の為、ステータスカードを確認しておく。


「……ちゃんと取得してるな。てか、さっきのスライムでレベルが4も上がってるじゃないか」


 先ほどの戦闘でレベルアップしたらしい。俺のレベルは現在68となっていた。

 正直に言えば、クリア報酬よりこちらの方が驚きである。

 このレベル帯になってから、一度の魔獣討伐でレベルが上がる事などまず無かった。

 理由は単純で、それだけ1レベルあたりに必要な経験値が増えたからである。 

 だが先ほどのスライムは、そんな高レベル帯特有のレベリング問題をあっさりと解決してしまった。


「金属ボディのスライムだったから、まさかなとは思っていたが……」


 本当に経験値が美味い魔獣だったとは。

 このまま階層が上がれば〝はぐれ〟とか〝キング〟とかも出てくるんじゃないだろうか。

 いや、むしろ出てきて欲しい。

 そしたらレベルアップによって攻略も一層楽になるってもんだ。


 そんな期待を込めながら、俺は次の階層へと続く扉をくぐった。


 

 ◇



 その後の展開は語るまでもない。

 連戦に次ぐ連戦。

 ただひたすらに、その繰り返しだけだからだ


 潰しても潰しても無限に首が生えてくる九頭蛇ヒュドラ

 ゴブリン同様に人語を解し、多彩な上級魔法を放つ不死魔公エルダーリッチ

 紫電を纏い、上空から雨の如く雷撃を降り注ぐ雷鳴鳥サンダーバード

 

 これまで探索で遭遇した事もないような、そんな凶悪な魔獣の数々。


 その全てを──ぶん殴ってきた。


 上へ行けば行くほど、敵は強くなった。

 当然だ。どんなゲームでも後半に出てくる敵の方が強い。


 だがしかし、強くなるのは、俺も同じだった。

 第二十階層で膨大な経験値をくれた魔銀涅獣ミスリルスライムから始まり。

 その他、数多の猛者を相手取る事によって、俺のレベルはモリモリと上昇していた。

 

 気付けば──既にレベルは83。

 入場時点のレベルから考えれば、その成長度合いが凄まじい事がよくわかるだろう。

 おまけに、強化されたのはステータスだけではない。

 クリア報酬として得たスキルもある。

 それにより能力値カタログスペック以上に俺は強くなっていた。


 せっかくなので獲得したスキルと、その効果について紹介しよう。


 まずは【洞察眼】

 一言で言えば限定的な鑑定能力だ。

 対象やスキルを目視しないと発動しない制約はあるが、その有用性は言うまでもない。

 鑑定スキル持ちの主人公が弱かった試しなど、ただの一度もないのだ。


 続いて【破壊王】

 その効果は打撃系スキル使用時に威力を増加させる、シンプルな効果を持つ。

 いや、強すぎん。

 カードゲームでも散々言われてるじゃん。

 シンプルな効果説明のカードは、ぶっ壊れだって。


 お次は防御系だ。

 その名も【肉壁】スキル。

 その効果は生身で攻撃を受ける際、攻撃者ごとに一度だけ無効化するというもの。

 いや、強い。


 そして【魔拳術】

 とうとう拳でもスキルを打てるようになっちまった。

 悪くはないがリーチは杖のが優秀なのであまり使い所は無さそう。

 ただし、魔法攻撃扱いらしく幽体レイス系の魔獣に効くのは助かる。


 念願のパッシブ回復系【細胞活性】

 20秒間に1%くらいのペースで自動回復する。

 回復職過多なマイパーティーにおいてはまず不要だが、この場に限っては優秀だ。ポーション代が浮く。


 最後に【型破り】というスキル。

 その効果は一切不明。

 進化可能とは書いている


 とまぁ、こんなところだ。

 何十階層かに一度くらいの頻度でしか獲得できなかったので、その数は少ない。

 しかしそれでも、その恩恵は絶大だった。

 特に【肉壁】とか。

 たった一回だけかよって思うかもしれんが、そりゃ大間違いだ。

 実際に生きるか死ぬかの瀬戸際で殴り合ってる身からすりゃ、この一回が超優秀だかんな。

 ネーミングセンスは悪意しかねぇけど。って、誰が肉壁じゃい。


 レベルアップによるステータス上昇。

 それに加えて、新たに獲得したスキルの数々。

 それらが後押しとなって、俺の攻略スピードは加速度的に早くなった。


 そして、ついに。


 ──俺は、第九十九階層へと到達したのだった。

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