第146話

「──剛断剣ヘビースラッシュッ!」


 ルトヴィルム近郊の森に、野太い声が響いた。

 金属鎧プレートメイルを身に纏った大男が振り下ろした大剣が、大きな猪型の魔獣の太い首をねじ切るように断ち切った。


「ふぅ……」


 魔獣が絶命したのを確認してから、男は大剣を地面に突き刺して額の汗を拭った。

 彼の名前はガイツ。ルトヴィルムを拠点として活動する赤級の冒険者だ。

 

「お疲れさん。俺らが出る幕は無かったな。暇すぎて樹の上で寝ちまいそうだった」

「ま、それだけあーしらの活動の成果が出てるってことっしょ」

「その通りですよ。何事もないのが一番です」


 一息つくガイツに数名の男女が近づいてきた。

 みな一様に弓や剣で武装しており、ガイツと同じ冒険者である事が伺い知れた。


「今日はこれくらいにしておこうか」


 倒した猪型の魔獣を【収納】鞄に詰めながらガイツは言った。

 その言葉に弓使いの青年が頷く。


「だな。数を減らし過ぎても他の冒険者の仕事を奪っちまうだろーし」


 彼らが行っていたのは魔獣の間引きであった。

 ルトヴィルムは人口も多い上に、商人の往来も激しい主要都市だ。それ故に街も周辺の治安維持には注力している。

 そんな背景もあって、ガイツ一行の元には定期的に魔獣の間引き依頼が舞い込んでくるのだった。

 

「ねね、今日はもう終わりだよね? 他の依頼も受けてないっしょ?」

「あぁ、そうだ。暗くならないうちに街に戻ろう」


 女剣士の問いかけに答えながら、ガイツは大剣を背の柄に収めた。


「じゃあさ、街に帰ったらみんなで飲もうよー! ひと仕事の後はパーッとやらないとっしょ!」

「いや、俺ら何もしてねーじゃん……」

「そういう細かい事は気にしなくていいっしょ! それともまたあーしに潰されるのが怖いのー?」

「はっ? 潰れてねーし!」

「羽目を外すのは結構ですが、僕の解毒魔法を酔い醒まし代わりにするのはやめてくださいよ」


 そんな会話を繰り広げながら、彼らは街に向かって歩き出した。



「……妙だな」


 しばらく森を進んだところで、弓使いが異変に気付いた。立ち止まり、辺りを見回す。


「どうかしたか?」


 ガイツが訊ねると、弓使いは周囲に目配りしつつ答えた。


「あぁ、森が静か過ぎるなと思って……」

「あーしらが間引きしたからじゃないの?」

「いや、人族がちょっと暴れたくらいじゃ、魔獣は逃げ出したりしねぇ。むしろ、おこぼれにありつけないかと近寄ってくるさ」


 森林は魔獣の宝庫だ。普通は間引きを終えた直後でも周囲には無数の気配が満ちており、獲物人族の動向を伺っているものだ。


「……こりゃ、アレだな」


 しかし、今は違う。丸っきりと言っていいほど魔獣の気配を感じなかった。

 まるで何かから逃げ出したかのように、忽然とその気配が消えていた。


「大物が出る前触れだ。魔獣が本能的に忌避するような、そんな存在が近くにいる時だ」


 弓使いの男がそう言った直後、森に不気味な慟哭が響いた。

 人のような、獣のような、何とも形容し難い叫び。ガイツたちは咄嗟に得物を構える。

 やがて、木々を折り倒しながら、その声の主が彼らの前に姿を見せた。


「なんだこいつは……屍骸竜ドラゴンゾンビか……?」


 目の前に現れた魔獣の姿を見て、ガイツは疑問形で呟いた。

 腐乱した巨躯と羽毛のない皮膜だけの翼はアンデッド化した竜種を思わせた。

 しかし、その頭部は竜とは似ても似つかない。人間のような蝙蝠のような、そんな奇妙な顔をしていた。


「ただの屍骸竜ドラゴンゾンビである事を祈りたいね……」

「どういう意味だ?」


 ガイツが疑問を返すと、弓使いは冷や汗を垂らしながら答えた。 


「そのまんまの意味だよ。こいつ、さっきから魔獣の気配がしないんだ」


 怨嗟の声の如く、不気味な唸り声を吐き出し続ける謎の魔獣。

 次の刹那には、──その口腔から無数の触手が飛び出した。



 ◇



 ──ルトヴィルムの冒険者ギルド。


 冒険者の喧騒で溢れる大広間とは別に設けられた特別依頼用の応接間。

 ギルドから呼び出しを受けたマハトは、仏頂面でソファに腰掛けていた。


「マハト殿、大変お待たせしました」


 しばらくして、この街のギルド長であるリュアンが部屋に入ってきた。

 荒っぽい冒険者たちを纏める長にしては珍しく、細身で物腰柔らかな男性だ。

 彼はマハトに一礼したのちに、彼の向かいの席へと座った。


「招集に応じて頂いたことに感謝します。黒級である貴方がこの街に滞在していて本当に助かりました」

「礼はいい。それより用件はなんだ?」


 丁寧に謝辞を述べるリュアンに向かって、マハトは端的に訊ねた。


「……はい、実は近隣の森に屍骸竜ドラゴンゾンビが出現したとの報告が上がっておりまして。その討伐を依頼したいのです」

「……よほど人手が足りてないようだな」


 リュアンから依頼内容を聞いたマハトは、少し呆れた様子を見せた。

 というのも屍骸竜ドラゴンゾンビと呼ばれる魔獣はそこまで強くないからだ。

 素体がドラゴンとはいえ、所詮はアンデッドである。その強靭な鱗は腐り落ち、竜魔法を操る能力は知性と共に失われている。少しタフなことを除けば、他のゾンビ系魔獣と大差がない。

 アンデッド系魔獣に対する理解があれば黄級パーティーでも討伐可能な魔獣であり、わざわざ黒級に頼み込むような依頼ではなかった。


「そういう依頼は仕事のない冒険者に振ってやれ」


 そう言ってマハトが席を立とうとしたところをリュアンは慌てて引き留めた。


「ま、待ってください! マハト殿の言いたい事は理解しております! しかし、今回報告された屍骸竜ドラゴンゾンビは普通ではないのです!」

「どういうことだ?」

「報告によると従来の屍骸竜ドラゴンゾンビとは異なるスキルや魔法をいくつか保有してるらしく、また火属性や聖属性の魔法にも耐性があるようです」

「……確かに普通じゃないな」

「えぇ、それに発見者はルトヴィルムでも名高い赤級パーティーですが……そのあまりの強さにメンバーが二名負傷……撤退を余儀なくされた状況です」


 報告書の内容を読み上げながらリュアンは表情を曇らせた。

 彼自身、この異常な魔獣の発生には大きな不安を抱えていたのだ。

 リュアンはその風貌通りギルド職員上がりである。魔獣と直接対峙したことのない彼にとって、赤級ですら歯が立たない魔獣の存在は酷く恐ろしく、またその対処について全責任を負うことに酷い重圧を感じていた。


「……仕方ない。赤級で手に負えないなら引き受けよう」


 そんなリュアンの心中を察してかは不明だが、マハトは端的に答えた。


「あ、ありがとうござ……」

「──その代わりギルドで調査してほしい冒険者がいる。頼めるか?」


 礼を告げようとするリュアンを遮って、マハトは言葉を続けた。


「それは構いませんが……いったいどちら様です?」


 呆気に取られつつもリュアンが尋ねると、マハトは淡々と答えた。


「ケントという名の橙級冒険者だ」

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