第79話

 ダンジョン管理局──会議室。


 庁舎内にありがちな長机と硬い椅子が並べられただけの簡素な部屋。

 そこに俺たち一行は集まっていた。


 俺たちと言っても、雪菜に関しては冒険者じゃないから先に帰ってもらったけどな。

 ちなみに今回の探索については西園寺さんも参加できないらしく、そのまま雪菜を自宅まで送ってもらう事にした。 

 政府の要請とはいえ彼女には色々と世話になったし、今度お礼でもしなきゃならんな。


「早朝からお集まりいただき、ありがとうございます! 早速ですが現状と、具体的な依頼内容について説明させていただきますねぇ……!」


 局長は壁側のスクリーンの前に立つと、いつもの調子で話し始めた。

 どうやら、この場の進行は局長が直々に行うらしい。


「まず現状ですが──」


 そう言って局長は手元のリモコンを操作する。

 すると、スクリーンに東京タワー近辺の映像が映し出された。


「ご覧の有様です。今回出現したダンジョンには雷雲が漂い、定期的に付近を攻撃しています。どうやら、この塔を守るように動いているようですねぇ。自衛隊の航空機が攻撃を試みましたが、あっけなく撃墜されています」


 局長がそう言うと、戦闘機が塔へと接近する場面が映し出された。

 都内上空を颯爽と旋回しながら進む機体だったが、放たれた稲妻によって呆気なく墜落されてしまった。


「他にも遠距離から砲撃を試みていますが、そもそも弾が届かないんですねぇ。全て着弾前に撃墜されます。ま、これも当然でしょう。雷──光より速い弾なんて、この世に存在しませんから」


「あーもう、回りくどいやっちゃな。要するに外部からの攻撃は全て自動防御されてるってことやな?」


「まぁ、そういうことです。そこで政府は今回の件を防衛省から経済産業省に持ってきました。当局は資源エネルギー庁に属していますからねぇ」


「……ダンジョンとして内部を攻略するってわけっすね」


「はい、そのとおりです。幸いな事に、冒険者が入り口と思しき付近まで近づいても雷撃は襲ってこなかったとの情報が入っていますしねぇ」


「うむぅ……まるで誘っておるようじゃの。それはそれで不気味なのじゃが……」


 ユーノの懸念には俺も同意だ。

 外部からの干渉を一切拒否している最中、冒険者だけは入口へと近付ける。

 選択肢がそれしかないというのは、それが罠である可能性も高い。


「けど、俺たちが行くしかない。たとえそれが罠だろうが何だろうが──そういう事でしょう?」


 俺が問いかけると、狐塚局長は「えぇ」と満足そうに頷いた。

 だがしかし、返してきた言葉は俺が予想していたものと少し違っていた。


「──ですが、正確に言えば、馬原さんですよ──あそこには馬原さんしか入れませんから」


「は?」


 え、俺だけなの?

 それは、いったいどういう事だろうか。

 頭に疑問符を浮かべていると、星奈と瑠璃子が代わりに疑問を言葉にする。


「どうして、賢人さんだけなんですか!?」


「そっすよ! ちゃんと説明するっす!」


「お、落ち着いてください。今からそれを説明しますから──」


 二人の少女に詰め寄られ、局長は焦った様子で汗を拭う。

 それから一息つくと、その理由について語り始めた。


「あそこにはステータスによる入場制限がかかっているんですねぇ。それもかなり厳しい条件です。少なくとも既存の冒険者で立ち入ることができるのは、馬原さんしかいないのです」


 ステータスによる入場制限か。初耳だな。

 これまでのダンジョン史において、そのような制約があるダンジョンは存在しなかった。

 やはり、あの塔は、これまでの常識を覆す全く新しいダンジョンなのだろう。


「ほむ、その話が事実として。なぜそれをお主が知っておる?」


「いやぁ、説明が難しいのですが──こう言えばお分かりでしょう? 〝ナンバーズスキル〟の力だと」


 突然のカミングアウト。だが、ぶっちゃけ驚きは無かった。

 何せナンバーズスキルを保有する如月さんたちと関わりがあるのだから。

 それについて知見がある、もしくは──自身が保有しているか。

 そのどちらかであろうと、俺は予想していたからだ。


「薄々気づいてましたけど……やっぱり局長も持ってるんですね」


「えぇ、その通りです。といっても私の持つスキルはユーノさんの持つものと似ていますね。少なくとも戦闘に役立つものではありません」


 あっけらかんと答える局長。そんな彼をユーノが青く光る瞳で見つめる。

 この光は彼女がナンバーズスキルを発動させる際に現れるものだ。


「……確かに事実のようじゃな。いや、盲点じゃった。まさかこんな近くにナンバーズスキル持ちがおろうとは」


「むしろ、今まで鑑定してなかったんだな」


「仕方ないじゃろ。敵意を剥き出す相手ならまだしも、目に映る者を手当たり次第に鑑定するのは変テコなのじゃ。それこそ修羅道で生まれ育たん限り、そのような疑心暗鬼にはならんじゃろ?」


「まぁ、それもそうか。けど、それは色々な主人公に刺さっちまうから、あんま言うのはやめとけ……」


 ほら、未知の世界なら仕方ないじゃん?

 治安とかもわからんし。


「ま、そういうわけです。ユーノさんのスキルについては我々も把握してますから、そもそも隠すつもりもないのですよ。それより本題に戻しても良いでしょうか?」


「あぁ、そうですね。お願いします」


「では、改めて。先ほどの話もあるので察していらっしゃるかとは思いますが……」


 そう前置きしたあと、局長は真っ直ぐ俺を見据えて依頼内容を告げる。


「あの巨大な塔──【神の家】の単独踏破。それが今回の依頼です」


 いつになく真剣な表情の局長。

 その顔が、この無茶苦茶な依頼が決して冗談の類ではないことを物語っていた。


「わかりました。その依頼、受けますよ」


「いっ!? パイセン、マジで受けちゃうんすか!? どう考えても危険じゃないすか! ランクが測定されてるダンジョンとは違うんすよ!?」


「そ、そうですよ! いくら賢人さんが強くても一人だなんて……」


 どうやら星奈と瑠璃子は反対のようだ。

 無理もない。普通の感性なら、こんな依頼はまず受けるべきでない。

 政府直属の冒険者ならともかく、俺たちはあくまでも自由業。命がけで国を守る軍や自衛隊とは異なるのだ。


「そうは言っても、俺しか入れないんだろう? なら俺が受けなきゃ、あの塔はあのまま放置される事になる」


「それは……そうっすけど……」


「それに、今は東京タワー周辺しか攻撃してないが、他の場所を襲わないという保証もない。それこそ──雪菜やお前たちに危険が及ぶかもしれない。なら、今のうちに潰しておくに越したことはないだろ」


 あの塔の危険度は未知数だ。

 だからこそ、現状で被害が留まるとは決して言い切れなかった。


「で、でも! あの塔を止める手段が中にあるという保証もないです! だ、だから、やっぱり外から破壊する方法を考えた方がいいと思います!」


 珍しく語気を強める瑠璃子。


「ほむ、それも一理あるの。まずは外からあれこれ試してみて、最終手段として賢人を行かせる方が良いかもしれん」


「そう言われればそうだな」


 確かに彼女の言い分はもっともらしい。

 ダンジョンを内部から破壊したり機能停止させる方法なんて、聞いたこともないからな。

 だが、そんな瑠璃子の言い分に対して局長は少し気まずそうに答えた。


「いやはや、この空気でこんな事を言うと雨宮さんに嫌われるかもしれませんが……この問題を解決するには馬原さんに塔を登ってもらうほかありませんねぇ……」


「むう? なぜ、そう言い切れるのじゃ?」


 ユーノが疑問を示すと、局長は目を細めてゆっくりと答えた。


「なぜならあの塔は──によって生み出されたものですからねぇ」


 その言葉に、局長を除く全員が驚きの表情を見せた。


「ダンジョンを創るスキル──それもナンバーズスキルということなんどす?」


「えぇ、ですからアレを破壊するには──」


「──術者をぶん殴るしかねぇって事か」


 俺が割り込んでそう答えると、狐塚局長はにんまりとした笑みを浮かべた。


「えぇ、その通りです──馬原さん、得意でしょう? 

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