第80話

「ひでぇな……」


 港区、芝公園。

 東京タワー近くの緑溢れるレジャースポットも、今ではすっかり荒れ果てていた。


「全く、余計なもん創りやがって……」


 幾度もの雷撃によって燃えカスと化した草木の残骸を踏みしめながら、俺は眼前にそびえ立つ巨塔を見上げた。

 石のような材質で作られた、古くも神々しさすら感じさせる巨大な塔。

 その存在感は圧倒的かつ幻想的。

 それこそ、本格的なファンタジー小説に出てきても不思議ではない。

 ざっと見上げるだけでも相当な高さがありそうだ。

 だが、中腹からドス黒い雷雲に覆われているせいで、正確な高さまでは計り知れなかった。


「ここが入り口か」


 見るからに重そうな石扉の前に俺は立つ。

 よくわからない魔獣のような人のような彫刻が彫られた扉に、俺はそっと手を置いた。

 すると突然、視界に俺のステータスウィンドウが表示される。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :馬原 賢人

天職 :賢者

レベル :60


体力 :53321

魔力 :0

攻撃力 :39690

防御力 :39086

敏捷 :38952

幸運 :40899


<スキル情報>

【反転する運命】ナンバーズ:ゼロSLv3

 SLv1効果:

 ・保持者の魔力値に-100%の補正。

 ・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。

 Lv2効果:【無碍の杖】おろかもののつえ

 ・失った魔力値の20%分、魔力を除く全ステータスを増加させる。

 Lv3効果:【賢者の灯火】ナンバーズ:ナイン

 ・一定時間、当スキルのSLv1、SLv2の効果を無効化。発動時、魔力を全回復する。

 ・効果終了後72時間経過しなければ再使用不可。


【火属性魔法】SLv10

【水属性魔法】SLv9

【風属性魔法】SLv10

【地属性魔法】SLv6

【雷属性魔法】SLv9

混合魔法スペルコンポジション元素エレメンタラー】SLv9

【詠唱短縮】SLv10

【聖属性魔法】SLv6

【回復魔法】SLv4

【状態異常解除】SLv4

【状態異常耐性】SLv MAX

【闇属性魔法耐性】SLv MAX

【杖術】SLv MAX

────────────────────────────────


 久々に見る自分のステータス。

 50レベルを超えたあたりから途端にレベルや魔力が上がり辛くなったせいで、以前のような大幅成長は見られない。

 とはいえ、スキルレベルについては順当に成長しているので、増加ステータス以上に強くはなっているはずだ。

 もっとも、聖属性や回復魔法はからっきしだけどな。

 メンバーに二人も神官系統がいると、ほとんど使う機会がないのだ。


『──条件の達成を確認。進入を許可します』


 どこからともなく響く声。

 誰かが話しているというよりかは、機械的な合成ボイスって感じの声だ。

 どことなく聞き覚えがあるような気もするが……はて、どこで聞いたっけ。


 ──ゴゴゴッ!!


 そうこうしているうちに扉が開いた。


『──〝挑戦者〟は、速やかに入場してください』


「へいへい、言われなくてもそのつもりだよ。つか、挑戦者って……まるでゲームみたいだな」


 疑問を返すも、当然ながら答えは返ってこない。

 やはり、あくまでもシステムメッセージのような位置付けで、会話はできないようだ。

 仕方無しにと、俺は塔内へと歩みを進めた。


「外観の割に、中は簡素なんだな──奥の扉は階段に繋がってんのか?」


 塔の内部は、だだっ広い大広間だった。

 床や壁面は彫刻で装飾されてはいるものの、何か物が置いてあるということはない。

 正面奥には、恐らく上層階へと繋がっているであろう入り口と似た石扉がぽつんと存在していた。


『ようこそ【神の家】へ。これより、第一階層の試練を開始します』


 入る前に聞いたものと同じ声が響く。

 その言葉から察するに、どうやら何らかの試練をパスしないといけないようだ。

 ということは、恐らく次の階層への扉もそれをクリアしなければ開かない仕組みなのだろう。

 なんつーか、ますますゲームチックだな。


『一定時間、ボウガントラップから生存してください。初回特典を付与。全ての傷を癒やし、スキルの使用制限を解除します』


「お? おぅ……? あ、ありがとう?」


 ありがたいことに、試練の内容は教えてくれるらしい。おまけに全回復ボーナス付きときた。

 どうして敵に塩を送るような真似をするのかは謎過ぎるが。

 なにはともあれ。

 これで魔法も使用可能となったわけだ。


 それにしても──なんか拍子抜けだな。

 今さらボウガントラップなんぞ、俺にとって何の障害にもならないというのに。


(所詮は第一階層。言ってしまえばチュートリアルって感じか──)


 ──ヒュンッ!


 小気味よい風切り音が響いた。聞き慣れた音。

 矢が俺目掛けて放たれた音だった。


「いっでぇええッ!?」


 刹那、俺の左腕に激痛が走った。

 慌てて痛みの箇所に視線を向けると、そこには深々と腕に突き刺さった一本の矢が。


 ──ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!


「クソッ!!」


 何事が起きたのかと整理する間もなく、次々と放たれる矢。

 俺は敏捷ステータスを存分に活かして、それらを回避し、杖で叩き落とす。


(俺の防御力を超える罠──ッ!? だーっ、ちくしょうっ! つまりは、そういうことかよッ!?)


 迂闊だった。

 このダンジョンへの入場には制約がある。

 それも、かなり厳しい条件だ。


 もしも、ここがRPGの世界で。

 もしも、この塔が最強ステータスを持つ者しか入れないダンジョンだとしたら。

 きっとそれは、ゲームのシナリオには出てこない。


 子供の頃にやったゲームは、魔王を倒してエンディングを見て終わりだったか?

 

 ──違うだろう。まだ続きが、攻略してない場所があったはずだ。


 魔王を打ち破るほどの強者に訪れる試練。

 そんなの──クリア後のに他ならない。


 要するに、ここはの難易度ってことだ。


 壁の至るところから、際限無く射出される矢の雨。

 その全てが、この俺に傷を負わせるほどの攻撃力を持った最強の一撃。


「つぅ……最初にもらったのが左腕で助かったよ。この矢の数──しばらく回復魔法は使えそうにないな」


 まさに矢の嵐。

 日坂さんが使用していた【黄金煌矢アポロン】に匹敵する数だ。

 とてもじゃないが、元のステータスでは到底避けきれない。

 そもそも防御ステータスが下がってしまえば、この矢の雨は文字通りの矢へと変貌するだろう。

 そのリスクと痛みを天秤にかけた場合、たとえ被弾したとしても回復魔法には頼れない。


「悪りぃ、正直なところトラップさんの事は今までナメてた」


 頭部、足、胸、背中を狙って。

 全神経を集中させて、多方向から迫る矢をひたすら避け、砕き、落とす。

 固有スキルが覚醒して以来、ここまで罠に対して神経を尖らせた事があったろうか。

 本来、冒険者が持つべき初心を、俺が忘れかけていたものを、思い出させる。


 それは、まるで──ようやく本音をぶつけてきたと、もう一度向き合うような感覚。


「けど今回ばかりは──トラップさんとは、本気で向き合わなきゃなんねぇようだなッ!」


 ま、恋人なんてできたためしはないから知らんけど。


「うおぉぉッッ!!」


 とにかく、これまでの戦いにおいて、本気で攻撃を避けなければならない場面は少なかった。

 もちろん例外はあるが、大半はステータスに依存したゴリ押し戦法。

 だからこそ、俺は無意識に本気を出していなかったのかもしれない。

 生命を賭した事が無い故の、無自覚な怠慢。

 

 ──この場においては、それを取っ払うッ!


 視覚よりも先に聴覚で。

 脳よりも先に脊髄で。


 神話の英雄の如き速度で、矢を砕く。

 極限まで集中したせいか、時間の感覚はもはやわからない。

 いつになれば、この死の雨が止むのかという恐れさえも、気迫と共に飲み込む。


 ──どれほどの時間が経過したのだろうか。


 無心で矢を折り続けていた最中、終わりは唐突にやってきた。


『規定時間の生存を確認。おめでとうございます。第一階層クリアです』


 機械的なアナウンスと共に、矢の雨はぴたりと収まった。

 先ほどまで矢が空を切る音だけが空間を支配していたためか、それが収まった後は不気味なほどに静かだった。


「え? あ、クリア……?」


 その緩急の激しさに唖然としていると、突然、石の擦れる轟音が広間に響く。

 見れば、正面の扉が開いていた。

 奥は広間より狭い空間となっており、上層へと上がる階段が見える。


「これが第一階層──このダンジョン、一筋縄じゃいかねぇな」


 遅れてやってきた疲労と腕の痛みに、俺は素直な感想を吐露した。

 そう、この死のトラップ地獄ですら、まだの入り口に過ぎないのだ。

 このレベル──もしくはそれ以上の試練が、あとどれくらい続くのか。


「考えても仕方ねぇ──進むしかないか」


 俺のやることは何も変わらねぇ。

 このダンジョンを創ったやつをぶん殴る。

 ただ、それだけだ。

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