第81話


「ついに始まりましたねぇ……」


 局長室内のデスクに設置されたモニター。そこに映し出された映像を眺めながら狐塚は呟いた。

 画面内に映るのは都内に現れた巨塔【神の家】だ。当然ながら、その外観に変化らしき変化はなく、内部の状況も一切わからない。

 だが、そんな変わり映えのない映像であっても、彼はひたすらそれを眺め続けた。


「……勝算はあるのか?」


 革椅子に腰かけ、食い入るようにモニターを見つめる狐塚。そんな彼へ問いかけたのは、女性と見紛うほどに長い金髪を垂らした若い男性だった。

 一見すれば欧米系の白人にも見える、その髪色と顔立ち。だがしかし、この地球上に住まうあらゆる人種とは決定的に異なる点が、彼にはあった。


 唯一の相違点。それは耳である。

 垂らした髪の隙間から突き出た、彼の外耳。その先端は、細く、そして長く尖っていた。

 

 それはまるで──御伽話ファンタジーに登場するエルフのように。


「……四割ってところですかねぇ。もしも相手の転生が先なら、その場での勝利は絶望的でしょう。彼はまだ、アレを覚醒させていませんから」


「……厳しいな。ほとんど賭けに近い」


「仕方ありませんよ。良くも悪くも私が示せるのは可能性のみ──それが私の【奇術師の杖】ナンバーズ:ファーストが持つ唯一の能力ですから」


 秘めたる可能性を、少しだけ掴みやすくする力。


 良く言えば、奇跡の逆転をもたらす強力な能力。

 悪く言えば、運任せで非力な能力。


 その確率をどこまで高められるかは、効果を受ける対象次第。

 それこそが、狐塚の持つ固有ユニークスキル──【奇術師の杖】ナンバーズ:ファーストの能力だった。


「今は信じるほかないか……愚神の子が無事に成し遂げる事を祈ろう」


「えぇ、そうして頂けると助かりますねぇ。それよりもクラウス、お目当てのものは見つかったんでしょうか?」


 狐塚が問うと、クラウスと呼ばれた男はこくりと頷く。彼が肯定したのを見て、狐塚は満足そうに笑みを浮かべた。


「それは良かった。にとっては、そちらも大変重要ですからねぇ……何か力になれる事があれば仰ってください。私と、貴方の仲ですから」


「いや、〝太陽の巫女〟を見つけてくれただけで私は十分だ。その気持ちだけありがたく頂いておこう。我が盟友──よ」


「いやはや、この世界では違う名前なんですけどねぇ……」


「ふっ、構わないだろう。たとえ器が変わろうとも、その魂に刻まれた名だ」


 真面目な表情で答えるクラウスに、狐塚は少しだけ困ったような顔で「そうですか」と返した。


「さて、そろそろ私は失礼する。あまり考えたくはないが……愚神の子が死んでしまった場合の策も用意せねばならんからな」


 それだけを言い残すと、クラウスは部屋から出ていった。

 彼が去った後。一人残された狐塚は机上で手を組みながら、ぽつりと呟いた。


「その言葉通りにならないことを願いたいですねぇ……」



 ◇



 一方、その頃。

 管理局の会議室には星奈、瑠璃子、ユーノの三人が残っていた。

 特に何か手助けできるわけでもないことくらい、全員が理解している。

 だが、なんとなく落ち着かなくて三名ともその場に残ったのだ。


「はぁー、中はいったいどうなってるんすかねぇ……」


 彼女らは座り心地の悪いパイプ椅子に腰かけ、壁面のスクリーンをぼんやりと眺める。

 ただし、そこで流れるのは外から件の塔を映した映像だ。無論、映像に変化は訪れない。


「わからない……けど、今は賢人さんを信じるしかないよ」


「それはそうっすけど……だぁー! ウチがもっとステータスが高ければ……!」


 己への不満を吐露しながら、長机に突っ伏す星奈。

 その様子を見た瑠璃子が彼女の髪を撫でながら宥めるが、同じく表情は芳しくなかった。

 

「ま、そう案ずるでない。今のところ賢人は無事じゃ」


 表情の冴えない二人を元気づけようとユーノは彼の安否を口にした。

 それ聞いた星奈がガバっと顔を上げて、驚きを浮かべる。


「え? ユーノはパイセンの安否がわかるっすか!?」


「うむ。知ってのとおり、妾のスキルは知識の参照──故に人物史として、その人を知る事もできるのじゃ。亡くなった者には没年が表示されるのじゃが、賢人にはそれが無い。無事なのは確かじゃろう」


「ほえー……今更っすけど、ユーノのスキルってすごい有能っすよね」


「えへん! そうじゃろう、そうじゃろう! これからはユーノパイセンと呼んでくれても良いのじゃぞ」


「いや、それはちょっと無理っす」


「何でなのじゃっ!?」


 即答されて涙目になるユーノ。それを見て、星奈はけらけらと笑った。賢人の安否が知れたことで、いつもの調子が戻ってきたのだ。

 そんな中、瑠璃子が少し期待を込めた眼差しでユーノへ問いかけた。


「ユーノちゃん。もしかしてだけど……賢人さんの今の状況も知れたりするのかな?」


「無論、可能じゃ。といってもわかるのは単純な行動結果のみじゃが……どれどれ見てみよう」


 瑠璃子の期待に答えるべく、ユーノはスキルを発動させた。

 青白く光る双眸。その視線が〝瑠璃子たちには見えない何か〟に向けられる。


「──ほむ、今は〝十二階層目に挑戦中〟のようじゃな。難易度はわからぬが、順調に進んではおるようじゃ」


「塔の高さ的に、まだ序盤っぽいすね。でもまぁ、とりあえずは安心したっす」


「うん、そうだね……はぁ、良かった」


 ほっと胸をなでおろす瑠璃子。

 当然、知ったところで彼女らが何か手助けできるわけではない。

 それでも、情報を知ることで得られる安心感があった。


「ところで、お腹すかないっすか?」


 気持ちが落ち着いたところで、星奈がそんな提案をする。

 気付けば時刻は11時半を過ぎたところ。昼食を取るにはちょうどいい頃合いだ。


「そうじゃな。何れにせよ妾たちにできるのは待つことのみ。ならば、ひとまず食事を取ろうではないか」


「あ、じゃあ何か買ってくるね? コンビニで良いかな?」


「ありがとうっす。ウチはあれが良いっす、ボロネーゼパスタ」


「はいはい! 妾はおにぎりが食べたいじゃ! シーチキンマヨと昆布が良いの。あ、〝アゲアゲ☆カラ次郎クン〟の極濃チーズ味も食べたいの〜!」


「ふふ、おっけー。それじゃ、行ってくるね」


 瑠璃子は二人の食べたいものをサッとメモアプリに書き込む。それが終わると財布を手に会議室を出ていった。


「……あっ!?」


 瑠璃子を見送ってしばらく経った後、星奈が思い出したように声を上げた。


「な、なんじゃ突然……驚かせるでないぞ」


 急に大きな声を上げたため、隣に座るユーノがビクリと肩を揺らした。それから、なんだなんだと言わんばかりの表情で星奈の方を見やる。


「ゴリラのマーチも頼めば良かったっす……」


「そんなもん、メッセージで送れば良いじゃろ……何のためのスマホじゃよ」


 星奈の言葉に、ユーノは呆れた様子で嘆息するのだった。

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