第82話

 ──第十二階層。


 変わり映えのしない大広間。

 視界の先には、これまた見慣れた扉がぽつんと存在していた。


「あー、いつでも始めていいぞー」


 ここまで来れば、慣れたもんだ。

 俺は視えない天の声──通称システムさんに語りかける。


(さて、次は何が来るんだ?)


 ここまで来るのにさほど苦労はしなかった。

 というのも、今のところ試練とやらはトラップ回避ゲーの連続だったからだ。


 ぶっちゃけパターン化された機械的な動きほど対策しやすいものはない。

 その攻撃力の高さにさえ注意すりゃ、後は高い敏捷ステータスに任せて淡々と回避するヌルゲーの完成である

 結局、被弾も一階層目に受けた矢傷のみ。

 それもポーション一つで治療済なので、俺の消耗は無に等しかった。


『これより、第十二階層の試練を開始します』


 すっかり耳馴染んだシステムさんの声。

 その機械的なAIボイスが、次の試練の内容を俺へと告げる。


『ゴブリンを討伐してください』


 思わず気が抜けそうな試練内容だが、流石にもう油断はしない。

 どうせオーガ並みのゴブリンが百や千と湧き出てくるとか、そんなとこだろう。


(……転移陣?)


 考えている間に試練が始まったらしい。

 広間の中央に何やら怪しげな魔法陣が現れた。

 その幾何学的な紋様の中心部。

 赤みを帯びた光と共に、その姿を顕にする。


「グゲッ……! 貴様ガ、吾輩ノ相手デアルカ……!」


 出てきたのは、古びたマントに身を包んだゴブリンだった。

 身の丈は二メートル近くあり、ぱっと見はゴブリンというよりゴブリンジェネラルっぽい。

 だが、重要なのはそこではなかった。


「お前……言葉が話せるのか……?」


 目の前のゴブリンが、言葉を発した俺は驚いた。

 ユーノの件があるとは言え、彼女はカテゴリ的には亜人であって魔獣ではない。

 故に──言語を扱うことも理解できた。

 亜人だから。


(亜人……? いや、違う……よな)


 だがしかし、目の前で威風堂々と構えるゴブリンはどうだろうか。

 その瞳に秘めた獰猛さ。

 明らかに俺を──人間を餌や玩具の類としか見ていない眼だ。

 とてもじゃないが、亜人とは思えない。

 確実に魔獣に属する存在だ。


 ──故に、人語を解し、扱う様に驚いた。


「グゲッ! 何故ナニユエ、驚ク必要ガアル? 吾輩ハ、惡鬼帝皇ゴブリンエンペラー、百鬼ヲ統ベル帝皇。人語ヲ話ス程度、造作モナイ」


 どうやらこの魔獣は惡鬼帝皇ゴブリンエンペラーと言うらしい。

 名前的にキングの上位種で間違いないだろう。

 ならば下位個体の強化、統率に長けていると見るべきか。

 この場にヤツしかいないところを見る限り、召喚系のスキルも保有してる可能性があるな。


「サァ、闘争イクサヲ始メヨウ」


 言葉と共に、惡鬼帝皇ゴブリンエンペラーは虚空に手をかざす。

 すると突然、その手に長杖が出現した。

 まるで如意棒のような、シンプルなデザインの杖だった。


「あぁ、望むところだ」


 やはり俺の予想通り、魔法タイプっぽいな。

 さっきのは収納みたいな空間系魔法の類だろう。

 ならば、まずは最短で距離を詰めて──


 ──ドスンッ!!


 俺の思考を、響き渡る重音が遮った。

 その音の発生源を見て、俺はゾッとする。


 めり込み、亀裂が入ったのだ。


 ヤツが杖を立てた刹那、その自重によって。

 床石が、まるで薄い氷を割るみたいに。


「マズハ、小手調ベダ」


「──はっ?」


 そう言い放った直後、ヤツの姿が視界から消えた。


「がふッッ……!?」


 次の刹那、腹のド真ん中に鈍い衝撃と激痛。

 何が起きたか理解する間もなく、俺は衝撃で吹っ飛び、床を転がって壁に激突する。


「かはっ……! ってぇッ!?」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!?

 少しでも止まってたら殺られる。

 頭の中をそんな思考が埋め尽くし、俺は即座に起き上がって身構えた。


「クソっ! どこだ!? どこに行った!?」


 必死に眼球を動かし、惡鬼帝皇ゴブリンエンペラーの姿を探す。

 すると、声は意外な方向から聞こえてきた。


「──グゲッ! 安心シロ。吾輩モ、久々ノ闘争イクサナノデナ。ソウ呆気ナク終ワラセルツモリハナイ」


 見ればヤツは、広間の宙空に浮かぶように立っていた。

 太い腕を組み、帝皇の名に恥じぬ覇気を周囲に撒き散らしながら、


「──吾輩ヲ満足サセル前ニ、死ヌナヨ?」


 俺を見下して、嗤う。

 まるで下等生物を見るかのような瞳で、ゲラゲラと。

 

 ──この世で最も強いキモゴブリンとの死闘が今、始まった。

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