第78話

「──いったい、何が起こってるんです?」


 一連の報道内容を見届けた後、俺はスマホ越しに局長へ問いかける。


『その質問に答えるだけなら、非常に簡単です。それでいて、明快』


 すると、先ほどまでと一転。いつになく真面目な声色で返事が返ってきた。


『ダンジョンが生み出された。この事象はそういう事ですよ、馬原さん』


「新たなダンジョンの発生……!? いやでも、今までこんな事は……!」


 いつぞやに語った気もするが、改めて言おう。

 これまでに発見されたダンジョンは、例外なく亜空間だった。


 家屋の軒下に、どれほど広大な空間が存在しようが。

 鳥居を抜けたら、景色どころか昼夜まで逆転していようが。


 それでも、この世界に影響を及ぼさない。

 地下に埋設されたガス管や水道管が破裂することもなければ、時刻が狂う事もない。

 その存在が現実世界──地球に干渉した事例は何一つなかった。


「ダンジョンが──〝世界〟に直接、作用するなんて……」


 だが、たった今テレビに流れた映像は、その常識を真っ向から否定する。

 そびえ立つ巨塔は、その周囲を渦巻くように黒い雷雲を纏っていた。

 自然発生したものとは到底思えないそれは、荒ぶる神の如く稲妻を地上へ落とす。

 放たれた雷撃は家屋を焼き、ビルを砕き。アスファルトに亀裂を生み出す。

 その天変地異を引き起こす様は、もはや厄災そのものであった。


「なぁ、局長……ダンジョンってのはいったい何なんだ……? あんたなら知ってるんじゃないのか? アレは……異物アレは、最初っからそういう存在モノなのか……!?」


 わけがわからない。

 俺が生まれる前からこの世界に存在していて。

 誰一人として、その存在に正しい疑問を抱かない。

 もはや世界の一部となりつつある唯一の怪異。


 ──だけど、やっぱり異物は、異物でしかないのだ。


 たった今、俺はそれを再認識した。


『馬原さんが仰っしゃりたい事は理解しています。既存の建造物が置き換えられたのは、今回が初めてですから、動揺されるのも仕方ありませんねぇ──ですが』


 局長はそこで一旦区切ると、少しだけ間を空けてから言葉を続ける。


『今は謎解きクイズをしている場合ではありません。とにかく、あれはダンジョンです。たとえ例外的イレギュラーな存在だろうと、それは不変の事実です。そして、貴方は──だ』


 ──その言葉に、ハッとした。


 確かにこれは前代未聞の出来事だ。

 ダンジョンと飛ばれる未知の存在が、人類に明確に牙を剥いた日。

 正直に言えば俺は、少し恐ろしく感じたのだ。

 今まで採掘場のような感覚でしか無かった場所が。

 厄災もたらす存在と化したのを目の当たりにして、恐ろしかった。

 

 ──だが、そんなことで日和っている場合ではない。


 アレが災厄の箱だろうが何だろうが、俺の仕事は変わらないのだ。

 なぜなら俺は──冒険者なのだから。


『後は、言わなくてもお分かりでしょう──いやぁ、ぜひとも、お願いしたくてですねぇ……!』


 まるで俺の心境変化を読み取ったかのように。

 いつもの胡散臭い声色へと戻る局長。

 その180度変わった様子に俺は深くため息をついた。


「はぁ……わかりましたよ」


『流石は馬原さん! 貴方ならそう仰って下さると思っていましたよぉ!』


「どの口で言うんですか。最初っから俺に押し付ける気満々じゃないですか」


『ふむ……そうでしたかね? しかし、冒険者はあくまでも個人事業主ですからねぇ。決して強制はしておりませんとも!』


「……あんな光景見せられて依頼拒否するようなヤツは、Sランクになんかなってないですよ」


 ぶっちゃけ冒険者は儲かる。

 Cランクともなれば、それはもう裕福な暮らしができる程度にはな。

 つまり、Bランク以上の冒険者とは、金銭だけ目的ではない人物が多いのだ。


 ──例えば、魔獣から市民を守る、そんな正義のヒーローに憧れて。


 そんな子供じみた動機でAランクまで駆け上がっちまう奴とかな。

 まぁ、そいつは仲間の女の子を守って、そのまま死んじまったんだけど。

 どうやら俺は──そんな子供じみた野郎と似た性格みたいだからな。


『まぁ、ほんの少しだけ。やる気が出るようにしたのは否定しませんがねぇ……!』


「……騒ぎが済んだら、色々と教えてもらいますからね。それでチャラにしますよ」


『いやはや、そうしてくれるとありがたいですねぇ!』


 そう言ってけらけらと笑う狐塚局長。

 本当にこの人はどこまでも読めない人だ。

 ま、悪い人ではないみたいだけど。多分な。


「とりあえず戻りはするんですが、今から帰りの便を取るならちょっと時間かかりますよ」


 そもそも今日の今日で席が取れるのかは不明だが。

 何せ、この島を行き来する旅客機は定員19名と小型だからな。

 とりあえず航空会社のサイトでも見るかと考えていると、待ってましたとばかりに局長が笑う。


『あぁ! それでしたら心配御無用! 既に手配は済んでおりますから』



 ◇



 ──それから数十分後。


 俺は星奈たちに事情を説明して、島の南西にあるヘリポートを訪れていた。

 それなりに距離のある場所だったが、そこまでの移動に大した時間はかかっていない。

 なぜなら──。


「おーっほっほっほ! こうして皆様のお役に立てることができて、光栄ですわっ!」


「ほっほ、左様でございますね、お嬢さま」


 ホテルを出た俺たちを出迎えたのは、西園寺さんと使用人の葉山さんだったからだ。

 彼女らは管理局の協力要請を受けて、俺たちを本島まで送り届けてくれるらしい。

 

「相変わらず手際が良いと言うか……仕事はできるんよなぁ、あのオッサン。それ以外はただただ胡散臭いだけやっちゅーのに」


「ふふ、本人おらんところで、そない悪口言うてええん? あー、うっかり口滑らせてまうかもしれへんなぁ」


「なっ!? なんでや朱音っ!? そこは普通ウチに味方してくれるとこやろ!?」


「んー? いつでもうちは琴音の味方やで? けど、告げ口されて慌てふためく琴音を見るのも可愛かあいらしいーと思てな」


 ゆるい百合会話を繰り広げる如月さんと日坂さん。

 それはさておき、管理局──というより狐塚局長の根回しの早さについては同意する。

 あの人を褒めるのは少し癪だが、すぐさま民間企業に協力要請する柔軟さは評価されるべきだろう。

 Sランク冒険者の輸送手段は複数あるものの、手配にはそこそこ時間がかかるしな。


「しかし……急ぐとはいえ、わざわざ足代わりを努めるなどお主らも奇特なもんじゃの」


 ユーノが目を細めて言う。

 すると西園寺さんは、さも当然という顔で答えた。


「あら? 困りごとがあれば進んで手を差し伸べるのは当然ですの! そこに民間企業も個人も関係ないのですわっ! なぜならワタクシは──西園寺麗華なのですから!」


「とりあえず、めちゃくちゃ良い人ってのはわかったっす……同じくらいキャラ濃いっすけど」


「ダ、ダメだよ星奈ちゃん、そういうこと言っちゃ……」


「いえいえ、構いませんのよ! 星奈さんとは共に凶悪な魔獣へ立ち向かった仲……つまりは〝仲間〟ですの! ワタクシの事は対等……いえ、冒険者としての格を考慮すれば、それ以下に扱ってくださっても全然かまいませんわっ!」


 ごめん、何言ってるのかよくわかんない。

 ほら、星奈の表情見てみろ。

 パーソナルスペースへの詰め方が雑過ぎて、ドン引きじゃねぇか。


「……むしろ、まだワタクシは肩を並べれるような立場ではありませんわね。決めましたわ! ──これからは星奈お姉さまと呼ばせて頂けませんこと!?」


「いっ!? 突然、何言い出してるんすか、この人!? だー!? なに勝手に手の甲にキスしようとしてるんすかっ!? やめっ! やめるっすよ!」


「あぁん、避けないでくださいまし! ワタクシの通う学校では、こうして姉妹の誓いを果たすのですわ!」


「そんな漫画みたいな〝姉妹制度〟はさっさと撤廃するっすよ!」


 まぁ、よくわからんが星奈にも新しい友達が出来たみたいだな。

 いや、いいんだよ俺は別に。このほんわか百合空間はからな。


「お嬢さま、そろそろヘリが到着いたします。ご準備を」


「あら、わかりましたわ」


 しばらく生暖かい目で二人のコントを眺めていると、ヘリの音が近づいてきた。

 映画なんかでたまに見かける、二対のプロペラを持つ大型の輸送ヘリだ。

 こういうのに詳しくないから自衛隊が使ってそうなヤツとだけ言っておこう。

 つか、こんなもん個人でも所有できるんだな。


 ──まぁ、外観的に西園寺さんの持ち物である事は間違いなさそうだけど。


「なんというか派手、ですね」


「うん、あたしもそう思う」


 瑠璃子と雪菜が二人揃って吐露した。

 今にも俺たちの眼前に着陸せんとする輸送ヘリ。

 その機体はピンクを中心とした女の子らしいカラーリングとなっていた。

 さらには、カスタマイズは塗装だけに留まらず。

 その他にもエレガントな感じのデカールなんかが貼り付けられている。

 まさに、ザ・西園寺さん仕様と呼ぶにふさわしい外観だった。


「おーっほっほっほっ! ワタクシの愛機、ローズクオーツ号ですわ!」


「うぬぅ……かっこいい……妾も欲しいのじゃ」


「……絶対いらねーから、やめとけ」


 あんなもん買ってどこ行くんだよ。着陸できる場所も限られてんのにさ。

 そんな緊張感の無い会話を繰り広げているうちに機体が完全に着陸した。


「さぁ、皆様。こちらへお進みください」


 葉山さんの誘導の元、俺たちは機内へと乗り込んでいく。

 全員が搭乗し終えると葉山さんによるシートベルトのチェックが入る。

 それらが完了すると、いよいよ離陸体勢に入った。


「わ、私、ヘリコプターって初めて乗ります……ちょっと緊張しますね」


「飛行機ならまだしも、ヘリなんて乗る機会が滅多に無いもんね……あたしもすごいドキドキしてる」


 回転翼の音が大きくなるに連れて、瑠璃子と雪菜は緊張で表情を強張らせる。

 なんというか、気持ちはわかるぞ。

 例えるなら、初めてジェットコースターの列に並んだ時の、あの緊張感だ。


「ふたりとも大丈夫か? 気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ」


「う、うん……ありがとう、お兄ちゃん」


「ありがとうございます、賢人さん……」


 もちろんアトラクションじゃないから想像より怖くないんだろうけど。

 それでも船酔いみたいなことはありえそうだし、一応気にかけておくことにした。


「おぉ!! 浮かび上がっとる! すごいのじゃ! やっぱり買うのじゃ!」


「あら! でしたら、ワタクシが一機お譲りしますわ! 中古になってしまうのですけど、当家の一流のデザイナーがレディに相応しい見た目に仕上げておりましてよ!」


「ヘリ買うんすか? なら、今度ウチも乗せて遊覧飛行して欲しいっすね。実は一度で良いから言ってみたかったんすよ。『見ろ、人がゴミ──」


 あー、こいつらは大丈夫だな、うん。

 何なら今から外に放り出しても、スカイダイビングを楽しんだ挙げ句にスキルで普通に着地してそうだ。


「つか、今って非常時だよな……こんな遠足気分で大丈夫なのか……?」


 ──こうして俺たちを乗せたヘリは、東京へと真っ直ぐ向かっていった。

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