【神の家】編

第77話

 ──翌朝。


 若干の気だるさと共に、俺は目を覚ます。

 うん、と腕や肩を伸ばしてほぐし終えると、頭を掻きながら起き上がった。


 ほんの少しだけ疲労感が残っている。

 昨夜はぐっすり寝たはずなんだがな。いつもと布団が違うせいだろうか。

 それとも昨日、はしゃぎ過ぎたせいか?

 柄にもなく海にダイブなんかしたりして騒いでたしな。


「あー、のせいか」


 なんてことを考えていたが、疲労感が残った理由はすぐに判明した。


「寝てる間ずっと魔力をちゅーちゅーしてたもんな。そりゃ疲れも残るってもんだ」


 俺の視線は、枕元で淡く光る鉱石に向かっていた。

 昨日、瑠璃子と星奈にお願いされて、俺の魔力を注入する事にした魔封晶だ。

 如月さんのナンバーズスキルで魔力を空っぽにした時は無色透明の水晶みたいだったのが、今では赤と青の二色が入り交じる不思議な輝きを放っていた。


「マックスまで溜めなくて良いっつってたし、こんなもんで大丈夫だろう」


 瑠璃子曰く、魔封晶に注入する魔力はほどほどで良いとのことだった。

 なにせ魔封晶の質が良いのであまり注入し過ぎると、かなり光ってしまうらしいからな。

 持ち歩くのに、そこまでギラギラさせる必要はないそうだ。


「それにしても何に使うんだろなー。加工してお守り袋にでもいれんのか?」


 ふと湧いた疑問を呟きながらも、忘れないうちに魔封晶を【収納】ポーチへとしまいこんだ。


「とりあえず朝飯でも食べに行くか。あいつらもう起きてんのかな」


 客室の壁掛け時計を見ると、時刻は午前7時半を過ぎたところだった。

 確かホテルの朝食可能時間が7時からだったはずだし、ちょうどいい頃合いだろう。


 ──コンコン。


 朝食に出るべく支度していると、客室のドアがノックされる。

 はいよ、と返事を返しつつ扉を開くと、そこには浴衣姿の雪菜が立っていた。

 浴衣と言っても、旅館などにある色気の欠片もないアレである。

 とは言え、素が超美少女の雪菜が着ればあら不思議。可愛いんだよなーこれが。

 

「お、おはよ……お兄ちゃん」


「雪菜か。おはよう。急にどうしたんだ?」


「別に用事っていうか、朝ごはん食べに行こって誘いに来ただけ。たまたまお兄ちゃんの部屋の前通ったから……つ、ついでだし!」


 髪をイジイジしながら、視線を逸らす雪菜。

 嗚呼、なんて出来た妹なのだろう。わざわざお兄ちゃんを呼びに来てくれるなんて。

 嬉しさのあまり、俺は頬が緩むのを感じた。

 

「ふふ、やっぱり雪菜は、雪菜だな」


「は? なにそれ意味分かんないんだけど」


「いやなに。こんな旅先でも、ちゃんとお兄ちゃんの事を起こしに来てくれるんだなーと思ってさ」


 家でも何だかんだ言って、毎朝、俺を起こしてくれる雪菜。

 その都度、ちゃんと朝ご飯だって用意してくれている。

 普通、嫌いな奴にここまでの事はしないだろう。

 ちょっぴり素直じゃないが、本当はお兄ちゃん想いのいい妹なのだ。

 そんな風に思えば、自然と笑顔になるってもんだ。にやにや。


「そ、そんなんじゃないから! たまたまって言ったでしょ! てかキモいから、ニヤニヤしないでよ!」


「あー、わかったわかった。そういう事にしとくよ」


「絶対わかってないでしょ! あーもう! 別にいいけど……ほら、早くいこ!」


 そう言って雪菜は俺を外へ連れ出そうとする。

 すると何とまぁ、間の悪い事か。

 俺のポケットに入ったスマホがチャラチャラと音楽を奏で始めた。

 取り出したスマホ画面に映る相手の名前を見ると局長だった。


「あー、悪い雪菜。管理局から電話みたいだ。先に降りててくれ」


「……こんな朝早くにもかけてくるんだ。わかった、じゃあ先に行ってるからね」


 あまりのタイミングの悪さに、少し不機嫌そうな表情を見せる雪菜。

 そんな彼女の背中を見送りながら、俺は通話に出た。


「あー、もしもし。なんですか?」


『おはようございます、馬原さん! いやぁ、ご旅行の最中だというのにすみませんねェ……! どうです? 琴音さんと朱音さんも楽しんでますかねぇ!』


 スピーカーから聴こえる胡散臭い声。

 紛れもない。狐塚局長その人である。


「あぁ……二人は楽しんでると思いますよ。昨日も入江でユーノと一緒にはしゃいでましたし」


『くくっ、それは良かった。彼女らには慣れない土地で働いてもらってますからねぇ! たまには気晴らしも良いでしょう……!』


 まるで二人の保護者であるかのような言いぶりで笑う局長。

 ま、保護者というのもあながち間違いではないがな。

 なにせ京都の一件以来、二人は政府直属の冒険者となって局長の手伝いをしているのだから。

 もっとも仕事の大半は例のメイド喫茶で、冒険者らしい仕事は少ないみたいだけど。


「それより本題は何です? まさかそれを聞くために掛けてきたわけじゃないでしょ?」


『これは失礼、ついつい私事を話してしまいました。早速、本題に……と言いたいところですが、恐らく見て頂いたほうが早いでしょう。馬原さん、そちらにテレビはありますか?』


「え? あぁ、ありますけど……」


『では、とりあえずつけて下さい』


「はぁ……」


 局長に促されるまま俺は客室に据え付けられたテレビの電源を入れる。

 朝ということもあり、映し出されたのはニュース番組だった。

 そして見慣れたスタジオに腰掛けるのは、何やら緊迫した面持ちの男性キャスター。

 そんな彼が読み上げる原稿に俺は耳を傾け──そして。

 

「……は?」


 自分でも驚くほどに、間抜けな声が漏れ出た。

 たった今、キャスターが読み上げたニュース原稿。

 その内容があまりに衝撃的過ぎて、続く言葉を失う。


『いやぁ、良い反応ですねぇ!』


 そんな俺を嘲笑うかのように、局長の愉しそうな声がスマホから響く。

 だけども、いちいち反応している場合ではなかった。

 そんな事よりも、たった今流れた報道内容を理解する方が重要なのだから。

 俺は食い入るように、テレビ画面を見つめる。


『──こちらは現場の中継ヘリです!』


 しばらくして画面は中継映像に切り替わった。

 そこに映し出された都内の上空。

 かの有名な東京タワーがそびえ立つ港区付近である。


『あちらをご覧ください……! 信じられない現象が起こっていますっ! これはいったいどういう事でしょうか……!?』


 ただし、その中継カメラに映ったのは。


『あの東京タワーが! 東京の象徴とも言える、電波塔が──未知の建造物へと変化してしまっております!! この超常現象に政府は──』


 ──あの見慣れた赤い鉄塔とは似ても似つかぬ、謎の巨大建造物であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る