第98話

 日本語が記された募集文を見つけた、その翌日。俺とモニカはギルド内の一室を訪れていた。ここは主に依頼に関する折衝や報酬相談なんかで使われる部屋で、いわば貸会議室だ。賃料さえ払えば、冒険者なら等級問わず誰でも使用できる。


 どうしてこんな場所を借りたかって?


 そりゃあ、これから俺の前世に関わる重大な話をするかもしれないのだ。どこぞの誰かが聞いてるかもしれない定食屋よりかは、こうしたプライバシーが保たれた場所を用意してやった方が、相手も幾分か話しやすいだろう。


 ──そう思って、わざわざ銅貨50枚も払って借りたのだが……。


「にょほほほっ! 貴殿がケント殿ですなぁ! 我の募集に興味を持たれたとは……貴殿もなかなか良い目をしてますのぅ! まさに運命の出会い……つまりはデスティニードローってヤツですな!!」


 なんか俺の冒険者史上、最もヤツを呼び寄せてしまったかもしれねぇ。

 色々と残念かつ拗らせた喋り方だが……女、だよな?顔は漫画みてーなビン底眼鏡のせいではっきりとはわからないが、髪も長いし胸もあるし。


「は、はぁ……デ、デスティ? ケント、この子何言ってるの?」


 目の前に現れた特濃キャラを前に、モニカが困惑した表情を見せる。


「俺に聞くな。の意味はそれとなく理解してるが、少なくともこんな使い方はしねぇ。つか、意味がわかるのは一部の決闘者デュエリストだけだ」

「デュ、デュエリ……? ごめんなさいケント、あんたの言うこともさっぱりわからないわ」


 うん、わからなくていいんだ。少なくとも今後の旅路において、一ミリも知らなくて大丈夫な知識だから、ソレ。


「にょにょっ!? まさか貴殿も決闘者デュエリストなのですかっ!?」

「そこに反応するんじゃない! つか絶対意味わかってないだろ!?」

「失礼な! これでも我はそれなりに文化に精通しておるのですぞ! なんでしたら我が大枚はたいて手に入れた〝黒き魔術師〟の──」

「やめとけ。悪いことは言わねぇから、その絵札カードはそっと懐に締まっとけ」


 おもむろに懐へと手を伸ばす彼女。その細腕を俺は掴んでそっと引き戻した。あぶねぇ、一線を越えるところだった。まさか異世界に来てまで、こんなやり取りをする羽目になるとはな。異世界恐るべし。


「あぁ……なんで俺の周りにはいつも濃いヤツが……」

「にょほほ、主人公補正ってヤツですな」


 もはやツッコミ切れねぇ。


「……とりあえず話を戻すか。えっと……アンタがエレノア、でいいんだな?」


 疲労感に頭を抑えつつ、俺は何とか会話の軌道修正を試みる。


「ええ、その通りですぞ! 我こそはアルカナム随一の未解析遺物オーパーツコレクター! エレノア・ローゼンハイムと申しますッ! 以後、お見知りおきを!」

「か、家名!? 貴女って貴族令嬢だったの?」

「あ、いえ……元ですな。未解析遺物オーパーツ収集の資金繰りのために、実家の財物を勝手に売り払ってたら追い出されてしまって……今はしがない平民冒険者エレノアですぞ」


 てへぺろ、と舌を出しながら頭を掻くエレノア。いやいやいやいや。お茶目な感じで済ましてるが、相当ヤバいヤツじゃねぇか。作品モノによっちゃ、勘当どころか処刑されてんぞ。


「……じゃあ、そのローゼンハイムってのは?」

の家名ですな! せっかくなので付けてみましたのです! にょほほほほほっ!」


 何が面白いのか、奇声にも近い気色悪い笑い声を上げるエレノア。

 その奇妙かつ奇怪な様相に、もはや返す言葉が見当たらないのだろう。モニカは、ただただ引き攣った表情を見せた。


「……ケント、本当にこの子で大丈夫なの?」

「多分、大丈夫じゃない気がする。……帰るか」

「そうね……それがいいと思うわ」


 邂逅して約三分。早くも残念感で胸いっぱいとなった俺たちは、そそくさと帰り支度を始めた。次なる出会いに期待を込めて、今日の事は忘れる事にしたのだ。嗚呼、さようなら、俺の銅貨50枚。これも勉強代だ。潔く諦めようじゃないか。

 そんな俺たちの空気感を気取ったのか。慌てた様子でエレノアがしがみついてきた。


「お、お待ちくだされ!! こう見えても勉学──主に言語学には自信がありますので!! 貴殿の求める技能スキルは、しっかりと兼ね備えております! ど、どうか見捨てないで下され……!!」

「おい、離れてくれ……別に読み書きだけならお前じゃなくても……」

「わ、我は、未解析遺物オーパーツにも詳しいですぞ……! そもそもケント殿が興味を持たれたのは異言語アログリフの事だとギルドからも聞いておりまする!! ほれ、まじまんじ! まじまんじですぞ!!」


 いや、普通に意味わかんねーから。


 何が『ほれ、まじまんじですぞ!』だよ。そんな使い方してるヤツみたことねーよ。


「なぁ、あんたがそっちの知識に詳しいのはわかってる。けどさ、俺が期待してたものと違うみたいなんだ」


 彼女の言う未解析遺物オーパーツとやらが異世界──地球産の物品だという事は文脈からなんとなく理解できた。そして彼女がそれに精通しているのは確かだが、言ってしまえばそれまでなのだ。

 見たところ彼女は単なる異世界オタク。その知識は、手にした物品から推論、推察して得たものっぽい。さすれば、あまり有意義な情報は望めまい。この様子だと俺と同じ転生者だという線は薄そうだしな。

 そんなわけで、無理してこの奇人と組む必要性は皆無なのである。


「俺たちはランクも低いし、稼ぎも良いわけじゃないからさ。ここは諦めてくれよ、な?」


 俺は幼子に諭すように伝えた。だが、それでもエレノアはふるふると首を振って俺を離そうとしない。


「もうっ! 野郎ならまだしも、あんまり女の子相手に荒っぽい事はしたくないんだけど……」


 その様子を見兼ねたモニカが、エレノアを引き剥がそうとスキルを発動させた。白い魔力が彼女を包んでいく。


「いい? 引っ張るからね? 脱臼したくなかったら、その手を離しなさいよ?」

「にょにょっ!? お、お待ちを! まだまだ我と組むメリットはありますぞ! わ、我は古代史や神話についても調べております! 神々のスキル──【神の数字ナンバーズ】スキルにだって知見がありますぞぉぉ!?」

「……えっ?」


 ナンバーズスキル。その耳馴染みある単語ワードに思わず声を吐露した。


「へぇ、よくわからないけどそうなのね。じゃ、引っ張るから──」

「ちょ、ちょっとストップだ、モニカ!」

「へ? あっ……」


 グンと強い力で身体が引かれる。俺の制止が間に合わず、モニカがその怪力でエレノアを引っ張ったためだ。


「わぁっ!?」

「にょわあっ!?」


 しかしそれでも離すまいと、ますます強く俺にしがみつくエレノア。

 間接的に引かれてバランスを崩した俺は、そのまま彼女を巻き込むように倒れ込んだ。


「いつつ……」


 流石に今のステータスじゃ多少の痛みは感じるな。早く元のステータスに戻りてぇ。

 そんな不満を頭に浮かべながら起き上がろうとした俺の目と鼻の先に──見知らぬ美少女がいた。

 くりくりとした綺麗な碧眼。小さく整った鼻筋。ぷっくりとして艶のある薄桃色の唇。一つ一つの完成されたパーツが白銀比で配置され、まるでお人形のような整然とした愛らしさが印象的な美少女だ。


「……誰?」


 視覚から得た情報に脳の処理が追いつかず、そのまま疑問符となって俺の唇からこぼれ出た。すると美少女は耳を真っ赤にしながら、気恥ずかしそうに答えた。


「にょ、にょ……わ、我です! エレノア、です……ぞ?」

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