第99話

「にょにょ……これはこれは、お見苦しいところをお見せしました」


 エレノアを美少女はビン底眼鏡を拾い上げると、そそくさと掛け直した。

 すると、あら不思議。先ほどまで俺たちと会話していた少女──エレノアがその場に出現した。


「……誰だ、おめぇ」


 作画どうなってんだよ。序盤、神作画だったのに途中から作画監督変わって失速したアニメみたいになっちまってるじゃねーか。


「で、ですから、エレノアですぞ!」

「えっ……本当に同一人物なの? 嘘でしょ……?」


 ほら、モニカだってドン引きじゃねーか。

 見ろよ、あの目。ありゃ人を見る目じゃねぇ。ありゃ幽魔や怪異の類と出食わしちまった時のまなこだよ。


「にょほほほ! 貴殿らが驚かれるのも無理はないですな。実を言えば、この眼鏡には認識阻害の効果があるのです」

「認識阻害……? マジックアイテムなのか?」

「さようですぞ! なにせ我の天職は〝魔工技師マギクラフター〟! こういった品を作るのは大の得意なのです」


 えへんと胸を張るエレノア。

 なるほど、彼女の天職は生産系なのか。それも希少なマジックアイテム製作が可能ときた。


「そりゃすごいな……でも、なんでまたこんなクソダサ眼鏡を?」


 浮かんだ疑問を素直にぶつけてみる。

 ぶっちゃけ眼鏡を外した彼女は、街一番と言い切れるくらいには可愛かった。

 その美貌と愛らしさを活かせば、俺らみたいな低級冒険者に縋りつく必要もなさそうなのに。少なくともギルドで暇そうにしてるオッサンの一人や二人くらい、手助けしてくれるだろう。


「その疑問はごもっともですな。しかしこれには、深ぁい理由ワケがあるのです!」

「理由?」

「この眼鏡は自衛のためなのですよ。……我は育ちが良い方です。ましてや家を追い出された身。人攫いからすれば、絶好のカモというわけです」

「……確かにそう聞けば、犯罪に巻き込まれる確率は圧倒的に高そうだな」

「えぇ、それはもう。ですから、我はこうしてにならなさそうな見た目を装っているのです。悪党が女子を攫う目的など……大体それが目当てですからな」


 淡々と語る彼女。その表情は眼鏡に阻まれて見えずとも、真剣な面持ちであることは感じて取れた。

 元、貴族令嬢。その華やかな生い立ちとは裏腹に、色々と苦難もあったのだろう。

 エレノアの話を聞いて、少なくとも俺はそう思った。


「そう……やっぱり広い街だとそういう事もあるのね。貴女のその変な口調も、そういった輩を避けるためだったのね」


 話に耳を傾けていたモニカがそっと言う。同じ女性として何か共感できるものがあったのだろう。その視線はいつになく優しさに満ちていた。


 なるほど、そういう事だったのか。

 ガチでヤバいヤツだと思っていたが、そういう背景があるなら納得だ。

 

 俺の中で彼女に対する評価が──


「──にょにょ? や、この喋り方は元からですぞ! アイデンティティの確立はの基本ですからな!! にょほほほほほっ!!」


 やっぱ駄目だ、こいつ。


「……なんだろ。今、無性にあんたを殴りたくなったわ」

「そりゃ奇遇だな。俺も同じ事を思ったぞ」

「にょにょっ!? ななな、なんでですぞ!? ぼ、暴力反対ですぞっ!? それよりもパーティー結成の話を進めましょうぞ! 先のケント殿の反応を見る限り、我の知見が必要なのではないですかっ!?」


 そういやそうだった。ナンバーズスキル──先ほどエレノアは確かにそう言ったのだ。そして神のスキルとも言った。今の俺はナンバーズスキルと無縁だが、それでも興味を惹かれる言葉だ。天職を得た際に会話した白い少女とも何か関係がありそうな気がするし。


(それに生産系天職か……前世と違って金がねぇから、その辺、自給自足するのもアリだな)


 しばらく俺は考え、そして答えた。


「……わかった。エレノア、俺たちと組もう。モニカもそれでいいか?」

「ま、少なくとも悪人じゃなさそうだしね。あんたが必要って言うんなら、それでいいわよ」


 モニカも問題ないようだ。彼女の言う通り、変人ではあるが悪いやつじゃなさそうだしな。


「にょほほ! 助かりますぞ!! それでは早速ですが、契約を取り交わしましょうぞ!」


 言いながら彼女は、何も無い空間に手を差し込むと一枚の羊皮紙を取り出す。その不思議な光景を、俺は以前にも見たことがあった。


「驚いたな。【収納】魔法が使えるのか」

「上位の生産系天職なら使える者も多いですぞ。昔は冒険者の荷物持ちポーターとしての需要もあったそうですが、最近は政策のせいでめっきりですな」


 あぁ、そうか。【収納】ポーチなら格安でレンタルできるもんな。アイテムボックス持ちのチート主人公も、この世界じゃ全く活躍できなさそうだ。


「ところで、その契約ってのは何なんだ?」

「まぁ、言ってしまえば保険ですな。我は非力な天職。ちゃんと我を仲間として対等に扱い、庇護してもらうための契約魔法を結んでほしいのですよ。これはそのためのスクロールですぞ」

「そういうことか……つか文字が読めないからって変な条件はつけるなよ?」

「にょにょっ!? 安心してくだされ。内容はギルドに精査してもらって、しっかりと承認してもらっておりますぞ! 危害を加えないとか、そういう内容しか無いですから!」


 ほれ、と言いたげに俺に羊皮紙を突きつけるエレノア。そこには、つらつらと契約内容が記されている。当然ながら全てを読み取る事はできない。だが、その右隅にはギルドの依頼票などにあるのと同じ押印が確かにあった。


「確かにギルドのものだな……これに名前を書けばいいのか?」


 俺は部屋の机に備え付けられたペンを手に取る。


「あ、はい、ですぞ。もし文字が書けなければ血判でも──」

「ほれ、書いたぞ」

「あれ、たしかケント殿は読み書きが……にょおおおっ!? こ、これは異言語アログリフですかっ!? しかも我が見た事ないやつ! にょほおおお!! こ、これは家宝ものですぞぉ!!!」


 あ、やべ。つい無意識に〝馬原賢人〟って書いちまった。ま、魔法的なアイテムなら大丈夫だろ。

 転生したとはいえ、俺が馬原賢人なのは間違いないわけだし。


「……あんた、いつの間にこんな字を覚えたの?」

「ま、色々とあってな。細かいことは気にするな」

「気にするなって言う方が難しいわよ……」

「それより、晴れてパーティーメンバーが増えたんだ。今後の事を考えようぜ? 上手くいけば今の何倍もの速さで金が稼げそうだしな」


 モニカの訝しげな視線から逃げるように、俺は話題を切り替えた。

 とはいえ、何も誤魔化しついでに適当なことを言っているわけじゃない。実際のところ討伐依頼に加えてアイテム製作に必要な素材集めも並行すりゃ、効率よく稼げると思ったのだ。

 製作スキルでボロ儲けは異世界モノの鉄板なわけだし。


「あ、あの……その件なのですが……一つだけ、貴殿らにお願いがありまして」

「なんだ? 藪から棒に……」


 先ほどのハイテンションから打って変わって、突然しおらしくなるエレノア。

 彼女は気まずそうにモジモジと指をこねくり回し始めた。


「実は我、実家に借金がありまして……それを返済しなければ奴隷落ちしてしまうのです……」

「おいおい、借金って……」


 先ほど必死にすがっていたのは、これが理由か。

 そういや家財を無断で売り払ってたって言ってたな。縁切りと同時に、そのツケを払わされているのだろう。自業自得といえば自業自得だが……。


「も、もちろん返済さえ終われば、我の持つ知識も製作アイテムも、全て貴殿らに提供します! 何卒! 何卒、我に力添えを……!!」


 元日本人である俺すら驚くほどに華麗な土下座を決め込むエレノア。そこには元貴族令嬢のプライドもへったくれもない。

 その清々しいまでの落ちこぼれっぷりにモニカが気の毒そうな表情を見せた。


「ねぇ……どうする?」

「……ちっ、仕方ねぇな。これも初期投資だと思って手伝ってやるか」

「にょほおおおおっ! ケント殿ぉぉぉ……! 神、神が舞い降りましたぞぉぉ!!」

「うおっ!? おい、しがみつくんじゃねぇ!」


 元々、パーティー結成なんて、利害の一致あってナンボの関係だ。借金返済が彼女の利だと言うなら、そこに文句を言うつもりはねぇ。むしろ返済さえ終われば、その後は彼女の天職を存分に活かして稼げる。そう思えば悪くない話だ。


「……で、返済額はいくらだよ」


 俺が問うと、エレノアはポリポリと頬を掻きながら答えた。


「それが……金貨25枚ほどですな」

「へぇ、そんなもんか……なら竜の一匹でも狩れば、すぐ返せそうだな」

「そ、そうですぞ! にょほっ! にょほほほほ!」

「……ってなるかーっ!! なんだよ金貨25枚って! 庶民がぽっと稼げる金額じゃねぇよ!! ふざけんなっ!?」


 ここで一旦、貨幣価値について説明しておこう。細かいとこは割愛して、ざっくり言えば銅貨一枚は100円、銀貨一枚は1万円、金貨一枚は約100万円ほどだ。

 つまり、こいつの借金はおよそ2500万円という事である。


「そんな大金、目にしたことすらないわ。それだけのお金を、いったい何に使ったの?」

「そ、それは……その……乙女の秘密ですぞ?」

「……帰るか」

「にょわぁぁ! わかりました! 出します! 出しますから!」


 俺が帰ろうと席を立つと、エレノアは慌てて【収納】魔法を発動。空間から、とあるものを取り出した。


「こ、これですぞ……これが全てというわけではないですが、主にこういった品々の購入資金に……」


 それは一冊の本だった。

 彼女は顔を真っ赤にしながら、それを俺たちへ差し出す。


「おい、これって……まさか」


 その表紙から、すぐに中身を察した俺。


「なによこれ。絵の描かれた本?」


 だが何も知らないモニカは、素直にそれを受け取り、パラパラとページをめくり始めた。

 その数秒後。モニカの頬が見る見るうちに朱に染まっていく。


「な、何よこれ……っ!? お、男の子と男の子が……あっ……!!」


 ブツブツ言いながらも、その目は手元の本に釘付けだ。そして流れるように自然な動作で、次へ、次へとページをめくってゆく。


「うぅ……まさか殿方の前でこれを見せる羽目になるとは……新手の羞恥プレイですぞ……」


 がっくりと項垂れるエレノア。性癖を暴露された彼女は、茹でダコみたいに真っ赤だ。

 ごめんじゃん。まさかBL本とは思わなくて。


「おい、モニカ。……そろそろ返してやれ」

「……にゃっ!? う、うん……そうねっ!」


 俺に促され、モニカはそそくさと例の本をエレノアへ返した。


「……はい、これ」


 若干、名残り惜しそうに見えるが……気のせいだよな?


「わ、我、恥を全てさらけ出しましたぞ! て、手伝って下さいますよね!? ケント殿!?」

「お、おう……わかったよ。なるべく手伝ってやるから……」


 性癖まで大公開させてしまい、流石に可哀想に思えたので、俺はやむなく了承の意を返した。

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