第100話

 エレノアを仲間に加えた、その日の午後。

 俺たちは借りている宿が経営する食堂〝凪亭〟を訪れていた。

 彼女が抱えた莫大な借金。その解決策を考えにゃならんのだが、まずは空腹を満たす事が先決だ。腹が減ってると浮かぶものも浮かばんしな。


「にょほほほほ! この値段でこのボリューム……まさかタロッサにこんな穴場があったとは!」


 皿の上にどんと盛られた〝マヌ魚の香草炒め〟を見てエレノアが歓喜の声を上げる。マヌ魚ってのはこの辺の河川でよく獲れる草食性の魚だ。身に臭みがほとんどなくて、川魚にしてはかなり美味い。おまけに大きく育つため価格も安くて、庶民の味方的な存在だ。


「だろ? つっても俺も人から教えてもらっただけなんだけどさ」


 実のところ、ここはハンザさんが教えてくれた場所なのだ。俺が村を出る事を知っていたからな、あの人は。それで色々と街について教えてもらったというわけだ。


「んでまぁ、食べながらで良いんだが……具体的にどうするつもりなんだ?」


 タレの絡まった切身をフォークでつつきながら、俺はエレノアへ問いかけた。


「どう、と言いますと?」

「とぼけるなよ。金貨25枚なんて、とてもじゃないがの仕事じゃ手に入らない。もし俺がその立場なら素直に諦めて奴隷落ちするまでの余暇を楽しむ、そのくらい絶望的な状況だ。でも、そうしないのは──なにか希望があるからじゃないのか?」


 エレノアは変人だが馬鹿ではない。どうにもならないと悟れば、きっと俺と同じような考えに至るはずだ。でも彼女はそうしなかった。

 それはつまり、何か秘策があるからではなかろうか。そう思ったのだ。


「にょほっ! 君のような勘の──」

「いや、そういうのはいらんから。普通に教えてくれ」

「むぅ、ケント殿はノリが悪いですぞ……」


 エレノアは不満そうに唇を尖らせつつも、本題へと入った。


「にょほんっ……! 実はですな、近ごろタロッサ近郊で蒼玉竜サファイアドラゴンの目撃情報があるのですよ」

蒼玉竜サファイアドラゴン? 何だか高そうな名前ね」


 モニカが安直な感想を述べると、エレノアはうんうんと頷いた。


「その通り、お高い魔獣ですぞ。何せその鱗の一枚一枚が蒼竜玉ドラグサファイアでできておりますからな。仕留めて売り払えば、有り余るほどの大金が手に入りまする!」


 エレノアは指で金貨の形を作るとにやりと笑った。

 なるほどな。要するに、その蒼玉竜サファイアドラゴンとやらを討伐して一攫千金を狙おうって魂胆なワケだ。


「狙いは理解したが……肝心な事を忘れてないか? 俺たち数日前に冒険者になったばかりの白級だぞ?」


 竜系魔獣は最低でもAランク以上。この世界の基準に揃えるなら赤から黒級相当だ。

 一昔前の俺なら〝コンビニ行ってくる〟くらいのノリで倒せたろうが、今では到底不可能な話。確率的に言えば宝くじを当てる方が高いくらいだ。

 しかしながら、目の前にいる異世界オタクには何か策があるらしい。極厚眼鏡も相まってそれっぽい不敵な笑みを浮かべながらこう言った。


「にょほほほほっ! ちゃんと考えてありますから、ご安心くだされ! 我とケント殿が組めば無敵ですぞ!」


 ……ホントに大丈夫だろうか。

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