第101話

 そんなこんなで翌日。俺たちはタロッサの南門と向かう。目的地はそこから南下した先にある岩稜地帯だ。

 一般的に肉体に鉱物を取り込む魔獣は、肉体を構成する資源の在り処に生息している事が多い。つまり、蒼玉竜サファイアドラゴンも鉱石資源が豊富そうな岩山や採掘場といった場所を、寝ぐらとしている可能性が高いと予想したわけだ。

 当然ながらランクの都合上、正式な依頼として受ける事はできない。そのため適当な討伐依頼も一緒に受けておいた。

 もしも目的の竜を見つける事ができなかった時は、その依頼を済ませて帰るつもりだ。徒労で終わらせれるほど、金銭的余裕は無いのである。


「にょほほほっ! これがってヤツですな。何だかワクワクしてきましたぞっ」

「え? 目的の場所ってそんなに遠いの?」


 気色悪い笑みを見せるエレノア。そんな彼女の台詞を真に受けたモニカが疑問符を浮かべる。


「にょ? いえ、それほど遠いわけではないのですが……にょほほ、モニカ殿のその素直さがこれまた萌えますな」

「燃える……? それって、どういう意味?」


 会話が噛み合わず、ぽかんとした表情を見せるモニカ。いつもの気の強さも真の奇人と相対した時には発揮できないようだ。その視線は完全に、変なおじさんを見る時のJKのそれである。

 ちなみに変なおじさんというのは狐塚局長で、JKは瑠璃子と星奈のことだ。お前がJKの何を知ってんだよと思うかもしれんが、こう言えば説得力あるだろ?


「モニカ、コイツの発言は一切気にするな。意味不明な時は、とりあえず無視でオーケーだ。空気として扱え。まともに取り合うと疲れるだけだからな」

「あ、うん……わかった。次からそうするわ」

「……しれっと腫物扱いにされている気がしますぞっ!? 流石に酷すぎますぞっ!?」


 おっと、流石に気付いたか。勘のいいやつめ。


「……いや、気のせいだろ。それより、本当に大丈夫なんだろな?」

「露骨に誤魔化されたでござる……。にょほんっ! しかしながら問題ありませぬぞ! ケント殿のスキルと我の最高傑作を組み合せればきっと上手くいくはずです!」


 いったい何の事かと問われれば、もちろん彼女が提案してきた策についてだ。事前に内容は聞いたが、割とぶっ飛んでたんだよな。正直、不安がないと言えば嘘になる。

 これは後から聞いた話だが、エレノアの眼鏡には【鑑定】機能まで備わっており、予め俺たちのスキルを確認していたそうだ。その上で今回の蒼玉竜サファイアドラゴン討伐による借金返済プランがいけると確信したとの事。その辺のしたたかさは、ある意味信頼できるんだがな


「それに、こう見えて我、製作者クラフターとしては一流ですからな」

「優秀なら、今ごろ借金なんて返済してるんじゃ……」

「にょふ……モニカ殿は痛いところをサクサク突いてきますな……ですが、断言しましょう! 技術力と商売上手は決してイコールではないのです! 我は芸術家気質ですからな! 金に目が眩んだ没個性の大量生産者共とは──」

「あー、わかった、わかった。わかったから急に早口になるな。とりあえず門に着くから静かにしてろ。衛兵に変質者と間違われたら敵わんからな」

「にょー! 貴殿ら扱いが粗雑過ぎますぞ! このエレノア、待遇改善を求めまする!」


 ぴょんぴょん跳ねて抗議するエレノアだったが、俺は無視する事にした。衛兵さんに連行されでもしたら今日のスケジュールが台無しだからな。やむを得ないのだ。


「……ん? あいつら……」


 門に近づいたところで、見覚えのある姿を見つけた。先日、モニカにボコられた金髪キザ野郎と、その仲間だ。

 何かの買い物途中だろうか。連中がたむろしていたのは、アイテム屋の店先だった。文字が読めないので何の店かはよくわからないが、ちらりと見える店内からはポーション類などの薬瓶が見えた。


「い゛っ! 君たち……っ!?」


 こちらとしては特に用事は無かったものの、向こうが勝手に気付いて変な声を上げた。


「おや、ケント殿のお知り合いですか?」

「いんや、名前すら覚えてねえ」

「にょ、そのわりには、我々を凝視しているようですが……」


 エレノアの言う通り、確かに何やら言いたげな顔をしているな。どう難癖つけるかでも考えてるんだろうか。

 仕方ない、こちらから牽制しておくか。


「よう。お顔の調子は大丈夫か? まだ包帯が取れてねーみたいだけど」

「ぐっ……! わ、わざわざ僕の事を馬鹿にしにきたのか!?」

「いや、そんなつもりはねーよ? 依頼で南門を通る予定だったから、本当にただの偶然だって。なぁ、モニカ?」

「えぇ、そのとおりだわ。アンタみたいに、すぐ人の事を馬鹿にするやつと一緒にしないでくれる?」

「ひっ……そ、そうか! それならいいんだ。ぼ、僕の思い違いだったみたいだ」


 モニカがドスの効いた声で言うと、それだけで金髪キザ野郎は怯えて引き下がった。

 あーあ。こりゃ、だいぶトラウマになってんな。


「てめぇら舐めやがって! お前らのせいでハインツさんはな──」


 そんな金髪キザ野郎の様子を見ていた取り巻きが、今さらなってイキり立った。

 先日、本人がボコられてる時はブルって眺めているだけだったというのに、急にどうしたんだコイツは。


「確か、お前だったよな? 〝オンボロ〟って言ってたの」

「だ、だったら何だってんだよ!」

「そこのハインツさんとやらは、お前を庇って殴られたんじゃないのか? パーティーのリーダーとしてよ。その男気を……お前はにするのか?」

「……っ!」


 多分このままだと、また喧嘩になる。そこで俺は金髪キザ野郎が引きやすいように問いかけた。

 我ながらベストなフリだろう。プライドの高そうな金髪キザ野郎をちゃんと立ててるしな。


「……そ、そうだぞ、ブルーノ! お前まで僕を馬鹿にするつもりかっ!?」

「えっ!? でもハインツさん、次に会った時はただじゃおかないって……」

「……煩いッ!! いいから行くぞっ!」

「あっ……待ってくだせぇ!」


 ブルーノと呼ばれた取り巻きの言葉を強引に遮ると、逃げるように彼はその場から去っていった。取り巻きも慌てて金髪キザ野郎についていく。

 その様子を眺めながら、モニカはぽつりと呟いた。


「結局、なんだったのかしら?」

「さぁな」


 適当な返事を返しつつ、俺たちは街の外へ出た。



「にょほほほ! ついに我らは自由の身となりましたな!」

「お前が一番言っちゃいけねー台詞だよ、そりゃ」

「全くそのとおりよ」


 借金抱えてる身だろうが。洒落にならんわ。


「それより、どうするつもりだ? お前の指示通り、馬は借りずに来たけどさ……」


 実はダミーの依頼を受ける際に、受付嬢から馬を借りた方が良いとアドバイスを受けていた。今回の目的地まではそこそこ距離があるらしい。新米冒険者らしく、そのアドバイスに従おうとしたのだが、それをエレノアに止められたのだ。


「にょほほほ! 安心してくだされ! お見せしましょうぞ……我の試作機一号を……!」


 そう言って彼女は【収納】魔法を発動させた。何もない空間が裂け、そこから一際大きな物体が出てきた。


「何これ?」


 現れた物体を見て、モニカは怪訝な表情を見せた。無理もない。この世界の人間には見慣れないフォルムだろうからな。


 ──けど、俺はコイツを知っている。


「おい……こりゃバイクじゃねぇか……?」


 驚愕を抑えきれず、俺は思わずその名称を吐露した。

 タイヤの代わりに特大の魔石が嵌っているなど、現代のそれとは見た目が若干異なるが、それでも言い切れる。これはだ。

 ご丁寧な事にサイドカーまで完備した、正真正銘地球の乗り物である。


「にょほー! これはバイクと言うのですか! 我は〝魔導騎竜ドラグナー〟と名付けましたが……異言語の響きも良いですなぁ!」

「また中二臭い名前つけやがって……」


 何だよ、ドラグナーって。

 でもまぁ、確かに外装からは竜を模したであろう意匠が汲み取れる。それにちなんだ命名なのだろう。地味にカッコイイのが、なんかムカつくな。


「ちゅうに……? どういう意味なのです?」

「いや、なんでもない。それよりこれはお前が作ったのか?」

「もちろん……と言いたいところですが、我は買い取った未解析遺物に手を加えただけですな。骨格には殆ど手を付けておりませんし、設計思想もほぼそのままです。しかし車輪の材質がどうしても再現できなかったので、思い切って魔導浮遊式に変えました! 動力源を魔力にするにあたっても好都合でしたからな。そのせいで効率は犠牲となりましたが、それでも我のコレクションの中では自慢の一品ですぞ! 見てくだされ、ここの外装の曲線美を! これは竜の外殻を模した──」


 自慢げに語り始めるエレノア。早口過ぎてほとんど理解できなかったが、とにかく凄いということだけは伝わった。

 それにしてもバイクか。こりゃ早い段階でタロッサの街を出れそうだな。少なくともこれで足は確保できたわけだし、このあと蒼玉竜を討伐できたなら、当分宿代の心配も無いしな。


「ふーん……よくわからないけど、すごいマジックアイテムなのね」

「にょふ、他人事のように申しておりますが、騎乗されるのはモニカ殿ですぞ?」

「えっ!? わたし、こんなの乗りこなせないわよっ!?」

「大丈夫ですぞ! 何せモニカ殿は【騎乗】スキル持ちですからな! むしろ馬に乗るより容易いですぞ! 魔導騎竜には意思がないですからな!」

「えぇ……本当に大丈夫かしら……」


 不安を吐露しながらも、渋々〝魔導騎竜ドラグナー〟へと跨るモニカだったが、すぐさま顔色が変わった。


「……確かに、いける気がするかも。これがスキルの力なのね」

「スキルとはそういうものですぞ。我だって、これまで魔力回路に関する知識など無かったですが、天職を得た途端に直感的に理解できるようになりましたからな。さ、ケント殿もお乗り下され」


 いつの間にかエレノアはサイドカーの方へと乗り込み、こっちを手招いていた。


「待て待て。お前がそっちに乗ったら、色々と不味いだろう」


魔導騎竜ドラグナー〟のサイドカー部分は一人乗りだ。そこが埋まってしまえば、当然、俺はモニカの真後ろに乗らなければならない。バイクの2ケツなんざ、そりゃもう密着するに決まってる。いくら幼馴染と言えど、流石にそれは不味かろう。


「にょふふふっ! ケント殿、悪いですがこの補助席は一人用ですぞ!」


 この野郎。さては確信犯だな。ス〇夫みてぇな台詞吐きやがって。


「なぁ、モニカからも言ってやってくれ。流石に後ろに乗られるとお前も気まずいだろう?」

「べべ、べ、別に? そ、それくらい気にしないわよっ!」


 いや、めちゃくちゃ気にしてんじゃん。耳まで真っ赤じゃないか。

 まぁ、それでも良いってんなら乗るけどさ……。


「……わかったよ。でも後々、文句言うなよ?」

「い、言わないわよ! いいから早く乗りなさいよね」


 モニカに急かされ、俺は仕方無しに彼女が座るシートの後方へと跨った。

 彼女の髪が、顔のすぐそばにあって何かいい匂いがする。あーくそ、緊張するな。


「お、お触りは禁止だからね!」

「お前は俺を振り落として殺す気か……どこ掴めばいいんだよ」

「ベ、ベルトのところなら良いわよ! それ以外は禁止だから!」

「へいへい……」


 そんなラブコメ上等な会話を繰り広げつつ、目的地に向かって俺たちは走り出すのだった。


「にょほほほほ! アオハルですなぁ!」


 こいつ……。

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