第102話

 流石にバイクを使っただけあって、目的地まではあっという間だった。岩稜地帯に到着した俺たちは徒歩へと切り替える。そこからお目当ての蒼玉竜の痕跡を探り歩いた。


「にょうぅ……疲れたですぞ……」

「まだ歩き始めてから半刻も経ってないじゃない」

「そうは言ってもですな。我、こういった荒れ道は歩いた事がないのです……」


 田舎アクリ村出身である俺やモニカは、こうした整備されていない場所を歩くのには慣れている。だが、元貴族っ娘であるエレノアにはきつそうだ。平らな道を歩く時には使わないような筋肉も使うしな。


(こんな時、瑠璃子がいたら【聖域】を使ってもらって休息するんだがなぁ)


 こうやって三人で探索していると、前世の仲間を思い出す。当時はそこまで思わなかったが、なんだかんだでバランスの取れた編成だったんだな。少なくとも前衛、後衛がちゃんと成立してたし。

 それが今ではコンセプト不明の迷パーティーである。紙装甲なのに白兵戦しかできない愚者に、役割被りの槍使い。エレノアに至っては、もはや戦闘職ですらない。


(……ま、無いものをねだっても仕方ないか)


 過去に想いを馳せるのは、悪いことじゃない。だが、あくまでも過去は過去だ。今はとにかく、目的へ向かって突き進むほかない。


「ほれ、頑張れ。肩くらいなら貸してやるぞ」


 そんな事を考えながら俺はエレノアへと手を差し出した。


「にょにょにょ……ケ、ケント殿が……我に優しいですと……?」

「あのなぁ、俺を何だと思ってんだよ……嫌なら別に構わないぞ」

「い、いえ! 借ります、借りますとも!」


 俺の腕を慌てて掴み取り、支え代わりにするエレノア。なんだか腕組するような格好となってしまったが、仕方あるまい。こうでもしないとそのうち座り込んで動かなくなりそうだからな、コイツ。


「にょほほほ……思いのほか逞しい身体ですなぁ……」

「なんかお前が言うと、途端に変態チックに聞こえるんだよなぁ」

「にょっ!? 失礼な……こう見えても我はうら若き乙女ですぞ!」


 いや、確かに眼鏡を外すと、とんでもない美少女が飛び出してくるんだけどさ。わかっていても、コイツの場合はなんか変態っぽいんだよな。


「ケント……あ、あたしも疲れたかも……?」


 俺とエレノアの掛け合いを眺めていたモニカが、唐突にそんな事を言い出す。

 待て待て。街中ならともかく、こんな山道で女子二人抱えるなんざ。

 両手に花どころか、ある種の苦行に等しいぞ。


「いや、なんでだよ。お前、俺より遥かにムキムキ──痛ででッ!? つねるな! つねるなって!?」

「ふん……ばかっ!」


 そんな緊張感の無いやり取りをしながら、歩くこと数十分。


「にょ……何か近くにいますなぁ」


 不意にエレノアがそんな事を呟いた。知ってか知らずか、眼鏡キャラのお約束である〝眼鏡クイッ〟をして見せる彼女。まさかその眼鏡……【気配察知】機能があるとか言い出すんじゃないだろうな。


「そう? 私は何も感じないけど……」

「いえ、確かにいますぞ。我の秀作〝全能の眼プロビデンス〟に備わる、【熱探知】スキルが確かに生物を捉えておりまする」


 ちゃっかり機能付いてた。つーか関係ないけど、名前があったんだな、その眼鏡。

 あれ? もしかしてエレノアくん、サポートにかけてはものすごく優秀なのでは……?

 俺なんて殴ることしかできないのに。


「恐らく魔獣だろうな。モニカ、構えとけよ」

「えぇ、わかったわ」


 それはさておき、来たるべき襲撃に備えて俺とモニカは警戒態勢を取った。


「──来ますぞ!」


 岩陰から飛び出してきたのは、ゴブリンと同じく二足歩行の魔獣だった。ただし、その外見は黄緑の小鬼とは大きく異なる。

 灰褐色の体毛で覆われた体躯。犬のような頭部。その魔獣──コボルトは涎を垂らしながら、唸り声を上げていた。


(通常種のコボルトか。ランクはD相当……俺やモニカなら問題ないが……)


 問題はその数だ。ポケ〇ンのごとく飛び出してきた野生のコボルトは五体。以前のように瞬殺できない以上は、エレノアに被害が及ぶ可能性は十分にある。


「エレノア……できるだけ距離を取れ」


 正直、守りきれる保証は無い。それでも極力魔獣の敵対ヘイトを稼がないように行動させるほかない。そう考えた俺はエレノアへ静かに指示を出した。だが──


「にょほほほっ! 心配ご無用っ! このエレノア、伊達にで冒険者はしておりませんぞ!」


 そんな悲しき台詞と共に彼女は手を掲げ、【収納】魔法を発動させた。

 宙に浮かんだ魔法陣。そこから姿を表したのは──拘束具に包まれた黄金の甲冑だった。


制作者オーサリス:エレノアが命ず。 汝、我の呼び掛けに応え、その力を示せ! 拘束解除リリース!』


 エレノアが詠唱すると、拘束がみるみるうちに解かれていく。


「我の盾となり、剣となれ──〝魔導鎧まどうがいゴルドレッド〟」


 そんな彼女の命に応えるかのように。

 ギシギシと軋むような音を響かせながら、その鎧は動き出した。


「す、すげぇ……」


 独りでに動き出した甲冑を見て、思わず感嘆の声が漏れ出る。

 これはいわゆるゴーレムというヤツなのか?

 それともマジックアイテムの究極系──アーティファクトと呼ばれるものか?

 そのどちらに当てはまるかは不明だが、とにかく強そうなのは確かだ。


「やっちまえですぞ! ゴルドレッド!」


 なんかどこかで聞いたような台詞はともかく。エレノアの指示を受けた黄金の騎士は、威嚇するコボルトに臆する事なく接近していくと──神速で剣を振り抜いた。


「グルアァァッ!?」


 たった一撃で、コボルトの腕が千切れ飛んだ。その断面から勢いよく吹き出す血液。苦痛のあまり、そのコボルトは腕を押さえながら地に膝をつく。


「「ガルルルルゥゥゥッッ!!」」


 仲間を傷つけられた怒りからか。他のコボルトたちが甲冑へと殺到する。

 奴らはその強靭な肉体を駆使して、代わる代わる甲冑へ攻撃を仕掛けていく。だが、その金属ボディには傷一つ付けることすら叶わない。


「すごいわね……! コボルトの攻撃がまるで効いてない……」

「……あぁ、俺も驚いた。まさか、これほど強いアイテムを保有してるとはな。すごいじゃないか、エレノア」


 ここは素直に活躍を褒め称えようじゃないか。そう考えた俺は、エレノアへと視線を向ける。すると──


「あ、あのぅ……非常に言い辛いのですが、貴殿らも戦闘に参加して頂きたいのですが……」

「どうして? あの性能なら、私たちが出る幕は無さそうだけど?」

「実はあの魔道具……非常に燃費が悪くてですね……搭載した魔石炉の魔石がガンガン使われていくのですよ……」


 指をモジモジさせながら答えるエレノア。


「……つまり、どういうことだってばよ」


 俺が問うと、エレノアは愛想笑いを見せながら答えた。


「端的に言えば、毎分銀貨10枚分の借金が増えていくってわけです。にょほほ……」

「それを早く言えよっ!?」

「先に言いなさいよっ!?」


 単に札束で殴るだけの課金厨御用達マシーンじゃねーか。

 金で高ランク冒険者雇うのと変わらねぇよ!?


「すみませぬ。お披露目はやはりかっこよくしたかったもので、解説は後にしようかと……にょほほほほっ」


 そんな言い訳をしやがるエレノアはひとまず無視して。俺とモニカはコボルト目掛けて駆け出すのであった。


 ──いち早く戦闘を終わらせるために。

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