〝タロッサダンジョン〟攻略 編

第97話

 異世界アルカナムで冒険者となってから数日が経過した。


「ふわぁ、おはよ……今日は何をしに行くの?」


 モニカが欠伸を抑えながら俺の部屋へ入ってくる。相変わらずノックの一つすらない。


「おはよう……つか、いい加減ナチュラルに人の部屋入ってくるのやめろよな。マジで俺がしてたら、いったいどうしてくれんだよ。幼馴染みに見られるとか、オカンにバレるよりこっ恥ずかしいんだぞ?」


 もちろんそんな気は毛頭ないが、これぐらい言っておけば、彼女も安易に入ってはこれまい。


「ま、そん時は空気読んでそっと出てってやるわよ。あたしの寛大さに感謝しなさいよね?」


 ……と思ったら、とんでもない返しがきた。幼馴染みのクセに、きっちりオカンムーブ決め込むんじゃねぇ。せめて『きゃ〜!ケントさんのえっち〜!』くらい、あどけない反応を見せてく……いや、それはそれで嫌だな。コイツはそういう柄じゃない。


「あのな、そもそも勝手に入ってくんなって事だよ。せめてノックしろ! ノック! その手は何のためにあるんだよ!?」

「あ〜はいはい、わかったわよ。ま、あんたも年頃だもんね? 今度からちゃんとノックしてあげるわよ」


 あたかも俺が致したいかのように捉えられている気がするが、まぁこの際なんでもいい。とりあえずノックしてくりゃ、今はそれで良しとしようじゃないか。


「それで。今日はどうすんの? あたしも結構慣れてきたし……今ならドラゴンとだって闘える気がするわ!」


 にっと笑い、ファイティングポーズを見せるモニカ。

 お前は槍使いだろう。なんて野暮なツッコミはさておき、確かに彼女はこの数日間でだいぶ熟れてきたと思う。行動に迷いが無くなり、高い身体能力の扱い方にも順応している印象だ。


「流石にドラゴンは無理だと思うが、モニカのスキルなら少し上のランクでも戦えそうだな」


 彼女は【白聖衣クロス】と呼ばれる自己バフスキルを保有しており、一時的ではあるが攻撃と耐久ステータスを倍化させることができる。レベル差のあった金髪キザ野郎を医術師送りにしたのも、このスキルのお陰ってわけだ。発動中ならば、まだ少し格上の黒牙狼だって容易く屠れることだろう。

 おっと、このスキルと小宇宙コスモは全くの無関係だからな? くれぐれも勘違いしないように。


「けど……うーん、どうするかなぁ」

「なによ? あたしのスキルは信用ならないってわけ?」

「いや、そうじゃない。単純に俺がついていけねーなって思ってさ。魔獣に囲まれでもしたら、モニカの天職じゃ俺をカバーしきれないだろ?」


 モニカの天職は聖槍騎兵ルミナスランサー。その適正装備は槍だ。

 幅広の剣がついたほこと異なり、その真価を発揮するのは刺突である。先日のホースイーター戦で見せた【穿光ピアッシングレイ】のような直線的な攻撃は得意な反面、広範囲を蹴散らすような攻撃は不得手なのだ。


「むぅ、確かにそうね。そういうスキルは持ってないかも……」


 彼女もそれを理解しているのだろう。不満げながらも俺の言葉に同意する


「そんなわけで上のランクに手を出すなら、もう少しレベルを上げるか。それかパーティーメンバーを増やしてからだな」

「なら今日もゴブリン退治でもいく? それか石蓋猪豚ロックヘッドピグとか」

「いや、せっかくだしパーティーメンバー探しをしてみないか?」

「パーティー募集? いいけど……この前みたいなヤツはお断りだからね?」

「そこまで俺も空気読めない男じゃないって。そもそも、あんな頭悪そうなヤツ入れるかよ。……そのうち俺たちは西大陸から離れるだろ? その時に備えて、もっと博識な仲間が欲しいんだよ。語学とかに長けたヤツ。もしそいつが魔術師とかなら戦力増強にもなって一石二鳥かと思ってさ」


 この数日間。様々な依頼を請け負ってきたが、やはり文字が読めないのは不便だ。依頼の内容をいちいち呼んでもらう手間もそうだが、店で買い物する時も気を使う。下手したらぼったくられる恐れも十分にあるからな。買い手、つまり消費者が安心、安全に買い物できるのは、良くも悪くも法で守られた現代だけの特権なのだ。

 そんなわけで。俺は早い段階から新しいメンバーを増やしたいと考えていた。

 もちろん金髪キザ野郎みたい性格オワコンな冒険者も存在するわけだから、人選びは慎重に行う予定だ。だが裏を返せばそれだけ時間がかかるかもしれないということである。

 だからこそ早め早めに行動しておいた方が良いと思った。


「そういうわけだから、朝メシ食ったらギルドに向かうぞ」

「はいはい、わかったわよ。準備ができたら、また呼びに来るわ」


 こうして本日の予定が定まった俺たちは、互いに支度することにした。



 ◇



 簡単な朝食を済ませ、俺たちはギルドへ向かう。数日も経てば行き慣れた道だ。あっという間に建物に着いた。


「まずは募集の貼紙でも見てみるか。報酬割合とか、比べてみりゃ大まかな相場もわかるだろ」

「そうね。それがいいと思うわ」


 以前に受付に教えて貰った募集掲示板を眺める。そこそこの数がそこには貼り出されていた。


「さて、どれを持っていくかな」


 相変わらず文字が読めないので、そのうちいくつかを剥がして受付に持っていくわけだが。とはいえ、何度も持っていく手間は極力省きたいところだ。

 僅かに読める字を頼りに、なるべく内容を読み取っていく。


「ねぇねぇ、これなんてどう?」


 俺が募集用紙を吟味していると、モニカが一枚の用紙を持ってきた。


「ほら、ここの文字。この国のものじゃないと思うわ! あんたの言ってた言語学に長けてる人物なんじゃない?」

「へぇ、どれどれ……」


 本当なら、まさに俺の求める人材そのものだ。俺はモニカが差し出した用紙に視線を落とし。


「これは……っ!」


 ──絶句した。


(えっ……ウソだろ!? こりゃ、か?)


 丸みを帯びた字体。16年ぶりに見た日本固有の言語に、懐かしさが込み上げてきた。

 まさか、こんなことがありえるのか。脳内が驚愕で埋め尽くされていく。


「どう? あんたの希望に当てはまりそう?」

「……確かにこりゃの文字だ」

「ほんと!? もしかしてお手柄かしら?」

「あぁ、そうだな。まさかこれに気がつくなんて……! すごいぞ、モニカ」

「ふふふ……はっ! べ、別にあんたに褒められても嬉しくないんだからねっ!」


 存分にツンデレを発揮しているところ申し訳ないが、今はそれどころではない。俺は彼女をよそに、今一度手にした募集用紙に目を落とした。

 異世界の文字がびっしりと並ぶ。その最後の行に、懐かしくも美しき母国語でこう綴られていた。


 ──まじまんじ。


 うん、意味がわからないよね。なんでコレをチョイスしたのか、400字詰の原稿用紙で是非とも俺に教えてほしい。

 そもそも古くないか? 前世で俺が死ぬ頃には、わりと廃れ始めていた気がするんだが……。


(意図がさっぱりわからんが……まぁ、少なくとも何か知っているはずだ。俺と同じ転生者か?)


 もしくは人じゃなくて物品がこちらに流れてきている可能性もあるな。あっちの世界にダンジョンが発生していたのだから、その逆も然りである。


「この募集の詳細を聞きにいこう。他の募集は後回しでいい」


 色々と疑問は尽きないが、兎にも角にも、この人物に会わなければ始まらない。

 俺は募集用紙を片手に受付へと向かおうとする。その時、近くにいた別の冒険者が奇怪なものを見るような目をこちらへ向けてきた。

 

「おい、あんた……まさか、その募集主と組む気なのか?」

「ん? まだ組むと決まったわけじゃないが、何か問題でもある人物なのか?」

「いや、問題ってほどじゃないが……」

「何よ、煮え切らないわね。まさか譲れとでも言いたいワケ?」


 モニカが語気を強めて言う。すると男は両手を上げて慌てたように答えた。


「そんなつもりはねぇ! ただ心配してやってんのさ! そんなに睨まないでくれよ」


 多分、彼はモニカが金髪キザ野郎をボコしてた現場を目撃していたのだろう。彼女に向ける視線には怯えが混じっていた。


「心配? いったいどういう意味よ?」

「その募集主は奇人で有名でさ。聞いたこともねぇ奇妙な言葉を呟いてるし、変なアイテムをいっぱい持ってるし……あんまり関わらねぇ方がいいと思うぜ……?」


 なるほど。予想だが文字だけじゃなくて日本語も話せるのだろう。アイテムというのは、地球産の物品か。とにかく、それで周りから奇異の目で見られてるわけだ。避けるどころか、なおさら興味が湧く内容だ。


「……どうする? ケント」

「いや、むしろ歓迎さ。そういう人材を求めてたところだからな」

「そうかい……あんたも物好きだな。ま、それでもってんなら、これ以上は何も言わないさ」


 俺の意思が変わらないのを見て、これ以上のお節介は無用と判断したようだ。男はそれから何も言わなくなった。


(オッサンの話を聞く限りだと、かなり地球の事に精通してそうな予感がするな……これは期待できそうだ)


 俺は期待に胸を躍らせつつ受付へと足を運んだ。

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