第74話

 火山洞窟内部の地底湖。

 灼熱が支配する溶岩洞に唯一、存在する安息の場所。

 宝石のように青く透き通った湖で、俺は──


「うおおおおおおおおぉぉぉぉおぉっ!!!」


 ──巨大な軟体生物型魔獣と格闘を繰り広げていた。


 その見た目はグロテスクで、エイリアン系のパニックホラーに出てきそうな外見である。

 タコなのかイカなのか、はたまた別のナニかか。

 とにかく、無数の触手を生やした気色の悪い魔獣である事はわかった。

 先ほど湖面に一瞬だけ身体を晒したのもコイツだろう。

 案の定、俺が湖に飛び込んだ瞬間、すぐさま襲いかかってきた。

 

「ピギィィィィィッ!!」


 揉み合って湖面に飛び出した瞬間に、汽笛を鳴らすような奇怪な鳴き声が響く。


「だぁっ! うるせぇ!! キモ野郎!」


 どこから発してるかもわからん耳障りな音を掻き消すように、俺はヤツをぶん殴るって水中へと叩き込む。

 それから魔獣を追い込むように水中へ飛び込むと、そのまま掌打を放った。


 普通は水圧で威力が減衰すると思うだろう。ああ、普通はな。

 だが俺は違う。

 俺は魔獣に外傷を与えることなく内臓を破壊する男だ。

 当然ながら水中で振るった掌打によって衝撃波を出すことくらい──造作もない。


(ハアァァーーッッ!!)


 俺が振るった掌打から閃光が放たれ、そのまま巨大軟体生物の足をもぎ取る。

 それまで水晶のように美しかった湖中が、青黒い魔獣の体液で染まった。

 だが、俺は油断しない。この手の軟体生物は、大抵再生しやがるのだ。

 映画でも大体、こういうモンスターはバカみたいに生命力が高いのがお約束である。


 ──故に、俺は呼吸の続く限り掌打を連打する。


 その度に眩い閃光が放たれ、次々と魔獣の触手を抉り取っていく。


 さて、そろそろ俺の放つ衝撃波がなぜ閃光を生み出しているのか疑問に思う頃だろう。

 それは、この掌打がプラズマを発生させているからである。

 

 テッポウエビという生き物を知っているだろうか。

 簡単に言えば、衝撃波を発生させる能力を持つエビである。

 このエビは高速でハサミを開閉し、その圧力差によって低圧の気泡を生み出す。

 生み出した気泡は膨張と収縮を繰り返しながら、圧力の上昇と共に破裂する。

 この時、気泡によって生じた空間へと周囲の水が一気に収束していく。

 すると空間内の圧力と温度が急激に上昇するのだ。実にその温度は千度を超える。

 その超高温がプラズマを生み、収束した液体の衝突が衝撃波となる。


 ここまで説明すれば後はおわかりだろう。

 まさに俺は、その原理を利用してプラズマ衝撃波を放っているというわけだ。


 物理攻撃を極めし者は、その拳が放つ運動エネルギーを別のエネルギーへと変換してみせる。

 それは魔術師が魔力を火や雷と言ったエネルギーに変換して攻撃する様とよく似ていた。


 ──つまり、物理攻撃は魔法なのだ。


 これが一つの解であり、真理に違いない。


(……倒したか。ここまで粉砕すれば流石に再生できまい)


 俺の思考が一つの真理に至った頃、既に魔獣は湖の藻屑と化していた。


「ぷはぁ……!」


 消費した酸素を供給すべく、俺は湖面に一度顔を出す。

 屈強なステータスを持つ俺でさえ、長時間無呼吸で生命活動を維持することはできないのだ。


「……ひとまず邪魔者はいなくなったな。後は出口を探すか」


 独り言を呟いた後、俺は再び水中へと潜った。

 ちなみに今の俺は全裸に【収納】ポーチだけを巻いただけの変質者ルックである。

 当たり前だが、水中に潜るにあたって装備品や衣服は全て【収納】したのだ。

 流石にびちゃびちゃの服を着て帰るのは嫌だしな。


(──湖底にも魔封晶があって助かった。水中でも明るくて探索しやすいな)


 光源が存在することに感謝しつつ、しばらく探索を続ける。

 すると水没した壁面に横穴らしきものを見つけた。


(微かだけど流れがあるな。湖の水はこっから流れ込んできてるのか)


 ぶっちゃけ地形の事には詳しくない。

 ただ、水の流れがある以上は何かしらあるということだろう。

 俺は高速バタ足によって潜水艇の如き速度で横穴を進んでいった。

 

「ぷはっ……!」


 しばらく進んだところで別の空間に辿り着いた。

 俺は酸素を補給するため、一度水から出ることにする。


「壁や地面の色が変わったな。こりゃ冷えた溶岩か? ってことは、こっから溶岩洞に戻れそうだな」


 天然の水路はまだまだ奥まで続いていたが、そっちは恐らく地下水脈か、もしくは海のような場所に続いていることだろう。

 ならば、俺はこの溶岩洞を進めば良い。

 俺は収納ポーチから衣服やブーツを取り出して装備すると、感覚を頼りに駆け進んでいった。

 何となく温度が高い方へ進んでいけば、マグマが流れる場所に辿り着くだろう。

 そんな安易な発想で分岐路を選択して突き進む。

 いくらなんでも適当過ぎないかと思うかもしれんが、これが存外イケたりするもんだ。


「グルガァァァァ──」


「うるせぇ!!」


「──フゴッ!?」


 途中、遭遇したオーガ共をすれ違いざまにぶん殴っていく。

 オーガが出るという事は、その生息域に近づいているという証拠に他ならない。

 となると、やはり俺の予想は正しかったようだ。


(おっ! あれはマグマか!)


 溶岩洞を駆けていると、やがて裂け目のようなものが見えた。

 その奥の空間が明るくなっているのを見る限り、熱いマグマが流れている証拠だろう。

 

「ふぅ、これでようやく探索を始めることができるな……」


 俺が抜けたせいで、星奈たちは探索を一時中断していることだろう。

 時間も取らせちまったし、後で三人にはなんか奢ってやるか。

 観光島だし、美味くてお高い海鮮くらいあるだろう。


 そんな事を考えながら、裂け目を潜り抜けた俺の視界には。


 ──不気味なお面を着けた巨竜に追い詰められる星奈の姿があった。


「うぅっ……絶対に守りきるんだから」


「瑠璃子、もう無理っす……! この炎じゃ離脱できないっす! その魔力は、自分たちが逃げるために使うっすよ!!」


 少し離れた場所から【天聖盾】を発動して、巨竜のブレス攻撃を懸命に防ぐ瑠璃子。

 そして置かれた状況から何やら諦めた様子の星奈。

 なぜ三人だけでボスクラスの魔獣と対峙してるのかはわからんが、とにかくピンチである事に間違いはないだろう。


 ならば、俺のやることは一つ。

 

「──てめぇ、俺の仲間に何してくれてやがんだ!! このキモドラゴンがっ!!」


 俺は脚をバネのようにして大きく跳躍。

<破壊の杖>を力の限り振るった。

 闖入を妨げる黒いオーラをぶち破り、そのまま隕石の如く飛び込んでキモドラゴンのキモ面をぶん殴ってやった。


 鈍く、それでいて大きな打撃音。着地の衝撃で砕けた岩石が舞う。

 キモドラゴンの巨躯は数十メートル先まで吹き飛ばされていった。


「パ、パイセン……!?」


「悪ぃ、待たせたな」


 一瞬の出来事に、唖然とした表情を見せる星奈。

 その目尻に大粒の涙を溜めているのがわかった。

 無理もないだろう。見た感じあのドラゴンはSランクでも上位の存在だ。

 同等ランクとはいえ、盗賊という支援職である星奈にとっては恐怖の対象でしかない。

 あそこまで追い詰められちゃ、それこそ死を覚悟するレベルにな。


「あのキモドラゴンめ、うちのパーティーメンバーを泣かせやがって……」


「えっ? あっ……やっ、いや、ウチは別にあいつに泣かされたわけじゃ……どっちかって言うとパイセンというか……」


 自分が涙を流している事に気づいたのか、星奈が顔を赤くしてもにょもにょし始める。

 ぶっちゃけ何が言いたいのかよくわからん。

 ま、普段からダウナーな雰囲気を見せてる分、俺に泣き顔を見られたのが恥ずかしいのだろう。

 とはいえ、こういう時こそ黙って甘えさせてやるのも年長者の努め。

 俺は絶賛もにょり中の星奈の頭をぽんぽんと撫でてやる。


「こんな時くらい無理するな。それと安心しろ」


 そう言いながら、俺は振り返った。

 渾身の一撃を受けてなお、のそのそと起き上がるキモドラゴンを睨みつけて宣言する。


「お前を泣かせたアイツは、俺が──ぶん殴ってやるからよ」

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