予兆

 追い詰められた私にトドメを刺すため、竜が大顎を開く。

 私の強化された視覚は、その喉奥からせり上がってくる黒炎を捉えていた。


 ああ、ここで死ぬんだ。


 私の脳裏にはその言葉だけが浮かぶ。

 それと同時に、悔しさが込み上げた。

 それなりにリスクを考慮して、安全な探索ができると考えていた。

 色々と、想定外の事が起こった。そう言えば、確かにそうだ。


 まさかオーガが巣食うダンジョンで、竜と出食わすなんて。

 おまけに闇属性魔法に長けているだなんて、誰が予想できただろうか。


 それでも、メンバーを危険に晒した責任は自分にある。

 だからこそ、死ぬ恐怖よりも失敗に対する悔しさが勝っていた。

 だけど、今更悔やんでも仕方がない。

 私の短い人生はここで幕を下ろすのだから。

 

(何すか、あの光は……)


 死を覚悟した直後、私は不思議な現象に気付く。

 私を殺そうと牙を向く鬼面王竜。その巨体の数カ所が、光輝いていることに。

 まるで〝導べ〟のようなそれは、ほんの一瞬だけ輝いたのちに消失する。


(俗に言う走馬灯ってやつっすかね。にしても、こんな抽象的なもんなんすか……最後ぐらい、良い思い出だけはっきりと写してほしいっす)


 それが何なのかはわからぬまま、私の視界が黒炎に埋め尽くされた。

 

 ──次の刹那。


「星奈ちゃんっ!」


 耳慣れた親友の声。そして目の前に現れた巨大な光の盾。

 紛れもない、瑠璃子の【天聖盾】の魔法だった。


「うぅっ……絶対に守りきるんだから」


 強い意思のもと、杖を掲げる瑠璃子。

 心強い親友の言葉に私は安堵する。

 だけど、このままではいけない。


「瑠璃子、もう無理っす……! この炎じゃ離脱できないっす! その魔力は、自分たちが逃げるために使うっすよ!!」


 目の前の竜が攻撃の手を緩めない限り、私はこの場から離脱することができない。

 ここは私は見捨てて、魔力を温存すべき場面だ。

 せめて二人だけでも撤退できるように、決断すべき場面。


「だから──」


 だから、ウチの事はさっさと見捨てるっす。


 そう言いかけた刹那、私の目の前にいた巨体が跳ね飛ばされた。

 砕けた溶岩が砂塵のように舞う。

 それらが邪魔して視覚からは状況を掴むことができない。

 だけども、【気配察知】を持つ私にはすぐに理解できた。

 砂煙が晴れずとも確信をもって、を呼ぶ。


「パ、パイセン……!」


 いつもどおりに私は呼ぶ。

 すると彼は、いつもの不敵な笑みを見せながら優しい声で言葉を返した。


「──悪ぃ、待たせたな」


 その言葉があまりに嬉しくて。

 自分の瞳が潤んでいくのを自覚した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る