第75話

「まさか、俺の一撃を耐えるとはな。ゴーレムほどじゃないが、そこそこ物理耐性がありそうだ」


 ゆっくりと起き上がった、キモドラゴンを見据えて俺は呟く。

 骨に覆われたかのような気色悪い眼孔。

 その奥にある瞳に宿した闘志が、まだ十分な体力を残している事を示していた。


「さて、お手並み拝見といこうじゃないか」


 言葉と同時に俺は疾駆。あっという間にキモドラゴンの懐へと入り込む。


「こいつはどうだッ!」


 そのまま竜の横っ腹を杖で横薙ぎにぶん殴った。

 ズゴンッと、鈍い音が響き渡る。

 キモドラゴンは呻くような咆哮を上げて大きく仰け反った。

 だがしかし──


「グオオオォォォオオォッッ!」


「ッッ!?」


 竜は身体を強引に引き戻すと、そのまま俺の身体を前脚で殴りつける。

 杖を構えて受けたものの、その大質量によって俺の身体が数十メートル吹き飛ばされた。


「なかなか、やるじゃないか」


 空中で体勢を整え、着地する。

 そしてキモドラゴンへと視線を戻した次の刹那──俺の眼前には真っ黒な炎球が迫っていた。

 なるほど。最初からこれが狙いか。

 図体がでかいもんだから、この追撃は想定外だ。

 既に回避は困難な距離。キモドラゴンは今頃、したり顔してることだろう。


「だが、の俺には効かねぇぞ」


 黒炎が肌を撫でる。こりゃ、ちょうどいい。

 身体はともかく、髪はまだ乾き切ってないからな。

 ドライヤー代わりにさせてもらおう。


「悪いな。某魔族さんのおかげで闇属性と状態異常耐性は完備してるんだ」


 消えない黒炎を身に纏いながら、俺は疾走。

 そのまま大きく跳躍して、スキルを発動する。


「──【流星ながれぼし】ッ!」


 振り下ろされた杖の一閃によって、キモドラゴンの頭部が凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。

 かなりの衝撃。だが、それでも頭部を粉砕するまでには至らなかった。

 すぐさま反撃してくるキモドラゴン。その攻撃を避け、また杖でぶん殴る。

 しかしそれでも怯まず、今度は尾を鞭のようにして打ち付けてくる。


(……異常な耐久力だな。こりゃ何かのスキル効果か?)

 

 こちらの方が圧倒的に優勢ではあるものの、いかんせんタフ過ぎる。

 こういう時こそウィキ子──もとい、ユーノがいれば手っ取り早いんだが、無いものねだりしても仕方あるまい。


「パイセン! 多分すけど、そいつは打撃系に耐性があるっす! さっきウチの短剣はしっかり刺さってたんで!」


 どうしたもんかと思考してると、後方から星奈の声が聞こえる。

 なるほど。ハンマーとかソッチ系の攻撃は通りにくいってわけか。

 なら、ひとつ試してみるか。

 

 実は、そろそろ試してみたかったんだよな──が実用レベルになったのか。


「星奈、瑠璃子! 魔法に切り替えるから補助を頼む!」


「りょっす! 【加速ヘイスト】」

「は、はい! 【皇女の聖衣プリンセスオーダー】」


 二人の発動した魔法とスキルによって、俺の身体能力が強化される。


「グオオオォォォオオォッッ!」


 起き上がると同時に飛びかかってくるキモドラゴン。

 その巨大なひと噛みを後方に回避してから俺は詠唱する。


【賢者の灯火】ナンバーズ:ナインッ!」


 発動した刹那、身体能力の低下を肉体で感じる。

 その代わりに胸の真ん中が魔力に満たされた。

 レベル相応のステータスとなってしまったが、星奈たちの支援があれば問題無い。

 攻撃を避ける程度の敏捷。

 それと万が一、被弾した際に一撃耐えうる程度の防御力があれば十分だ。


「賢者の真髄を見せてやる──【混合魔法スペルコンポジション】」


 詠唱と共に生み出したのは、二つの魔力だった。

 一つは、全てを焼き尽くす獄炎。もう一つは、全てを凍てつかせる極冷。

 相反する属性の魔力を練り上げ、圧縮する。

 やがて何とも言えない色をした魔力球ができあがった。


「ちゃんと受け止めてくれよ」


 まるで野球バットのように。俺は杖を大きく振りかぶる。

 それからフルスイングして──組み上がった魔法を発動ぶっぱなすッ!


「──【絶壊コラプス】」


 放たれたそれは、真っ直ぐに竜へと向かい──そして弾ける。

 カッと閃光が迸り、魔力が膨張したかと思えば、すぐさまそれは収束していく。

 光が収まる頃には、全てが消失していた。

 キモドラゴンの巨躯も、そいつが立っていた地面も。

 残ったのはすり鉢状に削り取られた岩盤と、染み出してきたマグマだけだった。



「ふぅ、魔法もだいぶ実用的になったな」


 これほどの威力があれば、これから物理攻撃を無効化するような敵が出てきても一安心だろう。

 付与魔法と物理攻撃の合わせ技もあるとは言え、接近はリスクが大きいしな。

 ステータス傾向的には遠距離から攻撃するのが最適なのだ。


「さてと。大丈夫か?」


 キモドラゴンを葬り去った俺は、星奈たちの方へと向き直る。


「はい! おかげさまでみんな無事で──」


「ああぁー!! なんで消滅させちゃうんすかっ!?」


 いつものように笑顔で答えようとする瑠璃子を遮って、星奈が叫び声を上げた。


「これじゃ素材どころか魔石すら回収できないじゃないっすか! あの魔獣、絶対レアボスだったっすよ! ここの通常ボスはオーガキングって話でしたし!」


「お、おう……? す、すまん。素材の事はすっかり忘れてた」


「はぁ……やっぱりパイセンは脳筋っす。どうしようもない脳筋、略してド脳筋っす」


「いや、それ略す意味ないだろ……つか助けに来た相手に言うセリフか、それ」


 なんだかなぁ。確かに素材を無駄にしちまったのは冒険者としてはよろしくない立ち回りだが、それにしたって助けに来たんだからもう少し褒めてくれたってバチは当たらんぞ。

 そもそもトラップさんを踏み抜いた俺が根本的な原因ではあるんだけどさ。

 とまぁ、そんな風に不満を吐き出していると、星奈は顔を反らしながら呟く。


「──でもまぁ。すごく、かっこ良かった、っすよ。その、助けてくれてあざっす……」


 恥ずかしそうに、頬を赤らめる星奈。

 その素直じゃない感じが、とても可愛らしく見えた。


「ふふっ、星奈ちゃんてば、素直じゃないんだから」


「うー、うるさいっす! それでもタダ働きは許されないっす! ギルティなんす!」


 愛玩動物を見るような目で瑠璃子と、彼女の言葉にますます顔を赤くする星奈。

 そんな彼女は俺に視線を戻すや否や、唇を尖らせながら呟いた。


「──だから、帰還したらパイセンにはたんまり奢ってもらうっすからね」


 やれやれ、素直じゃないやつめ。人に意味深キスする勇気はあるくせに。

 女子ってのは、ほんと不思議な生き物なもんだぜ。


「あぁ、好きなもん奢ってやらぁ」


 そんな彼女の頭にぽんと手を置いて、俺は答えた。



「うーん……頭がクラクラしますの……」


 俺たちの掛け合いが、いい感じに締め括られたところで、気の抜けた声が聞こえる。

 どうやら伸びていた西園寺さんが覚醒したようだ。

 頭痛を抑えるような仕草でむくりと起き上がると、周囲をきょろきょろと見渡す。


「あら……? もう魔獣は倒してしまったんですの?」


「あぁ、ついさっきな。なんとか俺が間に合った感じだ」


「そう、ですの……。うう、ワタクシとしたことが今の今まで気絶してるだなんて……本当に申し訳ありませんですの」


「気にしないっす。そもそも麗華にとって格上の相手っすから。生きてるだけで儲けもんっすよ」


「その通りだよ。あんまり気に病まないで。それに麗華ちゃんだって、ちゃんと活躍してたよ! 私が安全に立ち回れたのも、麗華ちゃんが率先して前衛を引き受けてくれたおかげだし……!」


「星奈さん、瑠璃子さん……! これがSランク冒険者の懐の深さ……! これが〝仲間〟ですのねっ! 西園寺麗華──今、猛烈に感激しておりますわっ!!」


 感極まってか、ボロボロと涙を流し始める西園寺さん。

 そ、そんなに感動する話か?

 なんて疑問が浮かんだが、口に出すのは野暮ってもんだろう。


「はは、その様子なら、これ以上の探索は必要無さそうだな」


 きっと俺がいない間に彼女は〝パーティー〟が何かを十分に理解したのだろう。

 彼女が星奈や瑠璃子に向ける瞳から俺は察することができた。


「──それじゃ帰ってバカンスの続きでもするか」


 こうして俺たちの本日の探索は幕を下ろした。



「……な、なんでこの人泣いてんすか?」


 ──こらこら、星奈。あからさまに引いた表情かおをするんじゃあないよ。

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