京都遠征 編

第36話

 ──【大神殿】での救出劇から数週間が経った、ある日。


「──悪い星奈、一匹そっちに流れたぞ!」


「ちょ、勘弁してくださいっす! ウチのステータスはド適正なんすからっ!」


 Sランクダンジョン【竜王山脈ドラゴンフラッド】。

 他のダンジョンとは一線を画す広大さを誇る、国内でも知名度の高いダンジョンだ。

 その最大の特徴は、もはや異世界と言っても差し支えない亜空間内に広がる雄大な山脈。

 そこには強力無比な魔獣である竜種ドラゴンが群れで巣食っていて、入場した冒険者に対して容赦なく襲いかかってくる。

 運が悪ければ、数十体の竜種ドラゴンに囲まれ蹂躙され尽くすなんて事もありうるのだ。

 故に、ここは押し寄せる竜の群れドラゴンフラッドと呼ばれていた。

 

「だぁー! 【心臓劫掠スティールハート】ッ!」


 そんな魔境とも呼べる山脈に、星奈の焦燥しきった声が響いた。

 その眼前には、巨大トカゲ──もといレッサードラゴンの姿。

 彼女は逆手に持った短剣で巨大トカゲの懐に入り込むと、ケーキを切り分けるように滑らかな動作でその胸部を切り裂いた。

 多くの近接型天職が会得する【短剣術】スキル。その中でも盗賊のみが取得可能な専用スキルだ。

『ハートを盗む』なんてロマンチックな表現とは裏腹に、高倍率の威力補正と高クリティカル率を誇り、文字通り敵の心臓を掠めとるエグい技だった。

 

「おお! やるじゃないか星奈! もうアタッカーでもやっていけるんじゃないか?」


 相対していたトカゲの一体をぶん殴りながら、俺は星奈を褒め称えた。

 彼女の天職はアタッカーでは無いため、近接職としての攻撃力は低めだ。

 それなのにレッサードラゴンを一撃で屠ってしまったのだから。

 Sランクの中じゃ弱い部類の魔獣とはいえ、素晴らしい腕前である。

 

「いや、クリってなかったら普通にヤバかったっすよ!? むしろクリティカル引き当てた自分の豪運に感謝してるところっす!」


「そうか? その割にはしっかり対応してたと思うけどな──っとオラッ!」


「会話ついでに竜種ドラゴン殴り殺してる人に言われてもあんま褒められた気がしないっす……」


 ──現在、俺たちはレッサードラゴンの群れと交戦中だった。

 いくら人外ステータスを持つ俺でも、雪崩の如く迫ってくるドラゴンの群れ全てを惹きつけるのは難しい。故に多少なりともドラゴンが後衛に抜けてしまうのだ。


 しかしながら、特に不安はなかった。

 だって──みんな信頼できる仲間だからな。


「お主、右から回り込んどる二匹は妾が処理するから気にせんで良いぞ──【災厄魔手カラミティバインド】」


 後方でユーノが【闇属性魔法】を発動させた。

 刹那、対象となったレッサードラゴンの影から無数の黒い手が伸び、その巨躯を絡め取った。

 そのまま万力のように締め上げ、その命を奪い取る。

 

「そろそろ補助魔法バフを掛け直すね──【皇女の聖衣プリンセスオーダー】」


 続いて瑠璃子の声。パーティー全員の防御力を上げる魔法だ。

 柔らかな光が俺たちの身体の表面を覆った。

 多数の敵を相手取る時は被弾リスクも上がるからな。

 それを見越して防御系の魔法は切らさないようにしているのだろう。

 彼女の支援はいつも的確で素晴らしい。


「ありがとうな、ユーノ、瑠璃子。──それじゃ残りのトカゲもさっさと倒しちまうか」


 二人の後方支援に感謝しつつ、俺は次々とレッサードラゴンを屠っていった。

 普通の冒険者なら絶望して逃げ出すような数のドラゴン達が、一匹、また一匹とその数を減らしていく。その全てを殲滅するのに、そう長い時間は要さなかった。



 ──それから小一時間ほど経って。


「──ふぅ、今日はこれくらいにして切り上げるか。次回は別ルートから探索してみよう」


 今し方ぶん殴ったロックドラゴンの亡骸を背に、俺はみんなへ提案した。

 レッサードラゴンの群れを殲滅した後も俺たちは探索を続けていたが、お目当ての物は結局見つけることができなかった。


 本日の目的は当ダンジョンのコア破壊であった。

 しかしながら、いかんせんここは広すぎる。よほど運が無いと一度の探索で目的を達成するのは難しそうだった。

 入口ゲートまでの帰路も考慮すると、そろそろ切り上げる頃合いかと判断したのだ。


「それが良さそうですね。確か今日は狐塚さんが帰りに寄って欲しいと仰ってたと思いますし」


 俺の言葉に瑠璃子が同意する。

 そういえばそうだった。今朝ステータスカードにそんな連絡が入っていたな。


「ほむ……あの男から呼び出しとなると、どうも嫌な予感がするのじゃ」


「胡散臭さのレベルカンストしてるっすからね、あの人……」


 狐塚局長と聞いて、好き勝手な感想を述べるユーノと星奈。

 しかしながら俺はそれを咎める気にはならなかった。だって胡散臭いもん、あの人。


「ま、どうせいつもの公式依頼だろうよ」


 ダンジョンコアという物体が発見されて以降、俺たちは管理局から依頼される事が多くなった。

 一応、魔素濃度上昇に起因して全国的に冒険者のランク水準は上がっている。

 これは強い魔獣とやむを得ず戦う機会が増えた事と、コア破壊に対する追加報酬を目的に自主的にレベリングに励む冒険者が増えたためだ。

 それでも、普通の冒険者じゃ手に負えなくなる程に魔素濃度が上昇してしまうダンジョンはまだまだ多いのだ。

 しばらくはSランク冒険者への指名依頼は続くだろう。


「はぁー、Sランクになってから仕事が増えて面倒っすね……雑誌やテレビに出てくれーみたいな連絡もウザいですし」


「あはは……仕方ないよ星奈ちゃん。ちょっとは増えたけど、それでもSランク冒険者は少ない方だしね」


 気だるそうに嘆息する星奈を瑠璃子が優しく宥めた。

 実を言えば、星奈や瑠璃子、それからユーノは既にSランクに昇格していた。

 それもそのはず。人外ステータスの俺に付き合って、ボス魔獣などの強い魔獣ともガンガン戦っているからな。

 ちなみに現在の俺たちのステータスはこんな感じだ。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :馬原 賢人

天職 :賢者

レベル :52


体力 :44520

魔力 :0

攻撃力 :33759

防御力 :33282

敏捷 :33176

幸運 :34713


<スキル情報>

【反転する運命】ナンバーズ:ゼロSLv3

 SLv1効果:

 ・保持者の魔力値に-100%の補正。

 ・保持者の魔力値以外のステータス基礎値に-50%の補正。

 Lv2効果:【無碍の杖】おろかもののつえ

 ・失った魔力値の20%分、魔力を除く全ステータスを増加させる。

 Lv3効果:【賢者の灯火】ナンバーズ:ナイン

 ・一定時間、当スキルのSLv1、SLv2の効果を無効化。発動時、魔力を全回復する。

 ・効果終了後72時間経過しなければ再使用不可。



【火属性魔法】SLv6

【水属性魔法】SLv6

【風属性魔法】SLv5

【地属性魔法】SLv4

【雷属性魔法】SLv6

混合魔法スペルコンポジション元素エレメンタラー】SLv4

【詠唱短縮】SLv6

【聖属性魔法】SLv4

【回復魔法】SLv3

【状態異常解除】SLv4

【状態異常耐性】SLv MAX

【闇属性魔法耐性】SLv9

【杖術】SLv MAX

────────────────────────────────


 まずは俺のステータス。

 新たに手にした【賢者の灯火】ナンバーズ:ナインによって、俺の魔法系スキルのレベルは結構上昇していた。

 それと50レベルを超えた辺りから、ステータス成長率に若干の変化が見られた。

 今までよりステータスが伸びなくなってしまったのだ。それとレベル自体も上がりにくくなった。

 ユーノ先生曰く成長率というのは個人差があり、さらにはレベルが高くなると数値が上がりにくくなるのは正常だそうだ。


 続いて、星奈や瑠璃子、ユーノのステータス。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :神坂 星奈

天職 :盗賊

レベル :50


体力 :30378

魔力 :17987

攻撃力 :3098

防御力 :2698

敏捷 :6316

幸運 :6595


<スキル情報>

【罠探知】SLv MAX

【罠解除】SLv MAX

【気配察知】SLv MAX

【短剣術】SLv MAX

【投擲術】SLv MAX

【加速】SLv MAX

【隠密】SLv6

【逃走術】SLv7

【アイテム奪取】SLv6

【解錠術】SLv8

【収納上手】SLv MAX

────────────────────────────────


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :雨宮 瑠璃子

天職 :神官

レベル :50


体力 :24982

魔力 :87510

攻撃力 :2398

防御力 :1999

敏捷 :1499

幸運 :4597


<スキル情報>

【聖属性魔法】SLv MAX

【回復魔法】SLv MAX

【状態異常解除】SLv MAX

【状態異常耐性】SLv MAX

【闇属性耐性】SLv MAX

【詠唱短縮】SLv9

【杖術】SLv4

────────────────────────────────


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :ユーノ

天職 :女教皇

レベル :59


体力 :37388

魔力 :99811

攻撃力 :3333

防御力 :2839

敏捷 :2218

幸運 :5999


<スキル情報>

叡智の書ナンバーズ:セカンド】SLv1

・所有者の知能を大幅に向上させる。

・叡智の書へアクセスし、望んだ知識を得る。権限レベルはスキルレベルに依存する。


【聖属性魔法】SLv MAX

【闇属性魔法】SLv MAX

混合魔法スペルコンポジション混沌カオスオーダー】SLv7

【回復魔法】SLv MAX

【状態異常解除】SLv5

【状態異常耐性】SLv9

【聖属性耐性】SLv8

【闇属性耐性】SLv8

【詠唱短縮】SLv8

【杖術】SLv4

────────────────────────────────


 この三人は順当な成長を遂げていた。

 特に瑠璃子に関しては魔力の成長率が未だに高いらしく、そこに限ってはすぐに自分は抜かされるだろうとユーノが嘆いていた。


 逆にユーノは瑠璃子と比較して体力や攻撃力などの身体能力が高めだ。

 この辺りは人間と亜人の違いというやつなんだろうか。

 ただ、身体能力で勝ってる割には、ユーノの奴はちんちくりんな見かけなんだよな。

 ステータスと外見はやはり比例しないのか。

 いやでも、星奈の敏捷性の高さと胸のサイズはちゃんと比例してるんだがな。


「毎度の事っすけど──パイセン、なんか失礼な事考えてるっすね?」


「妾も何やら腹が立つのじゃ」


「……何でもない、気にするな。さて、とにかく管理局へ向かうとしよう」


 ジトッとした視線で二人が俺を睨みつけてきたので、俺は目を逸して話題を変えた。

 いや、ホント怖いよウチのメンバー。なんでそんなに俺の思考を読んでくるの?





 帰還した俺たちがダンジョン管理局に到着すると、すぐさま応接間へ通された。

 狐塚局長と何か話をする際はいつもこの場所だ。

 すっかり座り慣れた黒革のソファに腰掛け、俺たちは局長が来るのを待った。

 しばらくすると、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いて──


「──いやはや、お待たせしました! わざわざすみませんねぇ、お越し頂いて!」


「いえ、大丈夫ですよ」


 部屋に入ってきた狐塚局長は普段どおりの胡散臭さだった。

 白々しい笑みで、ただでさえ線みたいに細い目がより細くなっていた。


「本日の探索はいかがでしたか? 確か【竜王山脈ドラゴンフラッド】へ向かわれたんでしょう? 馬原さんでも歯応えのある探索だったのではないですかねぇ?」


「魔獣はそこそこって感じですね。どちらかと言えば移動手段に困りますね、あそこは」


「それは仕方ないですねぇ、国内でも最大規模の広さを誇る亜空間ダンジョンですから。次回の探索時は戦闘用馬車チャリオットを持つ戦乙女ヴァルキリーを臨時で加えてみてはいかがです? 今でしたら弊局が提供する『ピアーズ』で、マッチング成立すれば抽選でギフトカードが当たるキャンペーンをやってましてね──」


「あー、検討しときます。それより、今日の用件は何ですかね?」


 何だか販促が始まりそうな予感がしたので、俺は狐塚局長の話に割り込んで質問した。

 すると局長はニッと笑顔を見せた後、後ろに立っていた秘書らしき人に合図を送った。


「実はですねぇ、──馬原さんにはに行ってほしくてですね」


 狐塚局長が話し始めると同時に、俺たちの机に資料が置かれていった。

 A4用紙に印刷された依頼内容を一瞥してから、俺は局長へ尋ねた。


「──京都、ですか?」


「えぇ、京都です。実は先日、京都市内のダンジョンで魔獣氾濫スタンピードが発生しましてね。ほら、ニュースでもやってたでしょう?」


 最近、テレビを見てなかった俺はニュースと聞いてもピンと来なかった。

 だけど、みんなは違ったようだ。

 

「あー、それ知ってるっす。ランクが上がったせいで手が回ってなかったヤツが決壊したんすよね?」


「ふむ、妾も知ってるぞ。確かAランク冒険者でレイドを組んで処理して大事には至らなかったのじゃろう?」


 既に解決したのでは、とばかりにユーノが疑問で返した。

 狐塚局長はユーノの言葉を肯定するように頷く。


「えぇ、その通りです。街に露出した魔獣は地域の冒険者たちによって速やかに討伐されました。ですが、それはあくまでも応急処置です。肝心のダンジョンコアはまだ破壊できておらず、再発の懸念は残ったままでしてねぇ」


「なるほど。つまりダンジョン深部の探索やコア破壊が出来る人材が不足してるから、そこを俺たちに任せたいと、そういう事ですね?」


「えぇ、仰る通りです! いやぁ、馬原さんはご理解が早くて助かりますよォ!」


 仰々しい身振りで喜びを表現しながら、狐塚局長がニッとした笑みを浮かべた。

 別にイエスと答えたわけではないのだが、彼の中では既に俺が受諾する事が確定してるのだろう。

 いやまぁ、結局は受けるんだけどさ。


「──わかりましたよ。みんなもそれで良いか?」


「妾は問題ないぞ」「ウチもオーケーっす」


 星奈とユーノに関しては即答だったが、瑠璃子はまだ少し悩んでいる様子だった。

 基本的に瑠璃子は俺の方針に肯定的な意見を出す事が多い。

 なので、こうして躊躇いを見せるのは少し珍しいな。


「どうしたんだ、何か気になるのか?」


「は、はい。その、お仕事として京都に行くのは問題ないのですが──」


 俺が問いかけると、瑠璃子は戸惑いながら言葉を返した。


「──その、親の承諾がいるのではと。私も星奈ちゃんも──ですから」


「あっ……確かに」


 瑠璃子に言われて俺はハッとした。確かに彼女の言う通りだ。

 Sランク冒険者として活動する一方で、彼女らは現役JKなのだ。

 京都での冒険者活動となれば必然的に外泊の必要性が出てくるだろうし、そうなればその許可をちゃんと親御さんに取り付けなければならないのだ。

 いつも一緒に冒険者業をしているために、すっかりその事を失念していた。


「なるほどですねぇ。それでしたらご心配無く! お二人とも、資料の二枚目を御覧ください」


 瑠璃子の疑問を聞いた狐塚局長はニッと笑った。

 その言葉を待っていましたとばかりの表情で星奈と瑠璃子に資料をめくるように促す。

 彼に促されるままに二人が資料をめくると──


「……うちの親父の同意書っすね」


「……ママの同意書ですね」


 そこには二人の両親が書いたであろう、同意書が添付されていた。

 この人、どんだけ根回しが早いんだよ。


「──失礼ながら、公的機関の私どもが手配する方がスムーズかと思いましてねぇ……! 管理局よりお二人のご両親には然るべき説明をさせていただきました!」


「ま、適切な判断じゃな。こんな男と共に京都まで外泊するとなれば、星奈も瑠璃子も説明が大変そうじゃからの」


 いや、正論なんだけど、そこはかとなく腹が立つなオイ。


「ごほんっ……では星奈と瑠璃子の外泊問題は解決って事で……じゃ、改めて。──その依頼、確かに受けましたよ」


 何はともあれ、こうしてパーティーとして初の遠征依頼を受ける事となった。

 土地勘の無い場所だろうし、ちょっとは気を引き締めて依頼に望まないとな。

 聞いた所によればダンジョンに出現する魔獣も関東周辺に出る奴と毛色が異なるらしいし。


「京都っすかぁ。やっぱ鹿がいっぱいいるんすかねぇ?」


「せ、星奈ちゃん、それは奈良だと思うよ……?」


「妾、お番菜とやらを食べてみたいのじゃ」


 ……大丈夫なのか?このパーティー。

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