第37話

 ──明朝、俺たちは東京駅の新幹線乗り場へと集合していた。


 昨日言われて今日の出発とは、何とも慌ただしい依頼である。

 いや、以前受けた救出依頼も大概だったけどさ。

 しかし、いつまた魔獣氾濫スタンピードが起こるかわからないのだ。

 早急な解決をしたい京都市からすれば、これくらい早く動いてくれた方が良いのだろう。


 ちなみに新幹線から宿泊先まで、全てダンジョン管理局が手配してくれた。

 狐塚局長の手際の速さには脱帽するばかりである。もっとも、自分に利が回ってくる案件に限ってだけどな。


「へぇ、これが噂のSランク専用車両か。鉄道好きって訳じゃないが、こいつはちょっとかっこいいな」


 専用の乗り場に停車した黒塗りの6両編成車両を眺めながら、俺は素直な感想を吐露した。

 Sランク冒険者ともなれば、政府からの要請──つまりは管理局依頼によって全国各地へと遠征する機会が増える。今回の俺たちのようにな。

 そして、その依頼の大半は緊急性が高く、早急な解決を求められるケースが多い。

 そんなわけで依頼を受けた冒険者を現地まで迅速に輸送する手段として、各交通インフラにはSランク冒険者またはAランク冒険者専用のものが整備されているのだ。


 それが今、俺の目の前で停車する一風変わったデザインの新幹線であった。

 勿論、航空機なんかにも専用機は存在している。

 だが、今回の目的地は京都──つまり空港が無いため、使用するのは新幹線車両ってわけだ。


「あー、パイセンはこういうの好きそうっすね。てかなんでこの手の車両って黒ベースなんすかねぇ? ウチ的にはニッキーとかがラッピングされてる方が断然いいんすけど」


「私は柄より色かな。ピンクとかが良いかも……黒はちょっと物々しいよね」


 好き勝手に感想を言い合う星奈と瑠璃子。

 うら若き乙女からすれば、フォーマルさや高級感より可愛さの方が重要なんだろう。

 だが星奈よ。もしニッキーがラッピングされた車両があったとしたら、そいつの向かう先はどう考えてもネズミーランドだろうよ。

 ま、所詮ただの輸送手段だから色とか柄とか何でもいいんだけどさ。


「さて、みんな、そろそろ発車時刻だし乗り込むぞ」


 俺はみんなに声を掛けつつ、車内へと足を踏み入れた。



「──わぁ、すごいですね! ホテルみたいです!」


「本当じゃの! ここならゆっくり出来そうじゃ」


 車内に乗り込むや否や、感嘆の声を上げたのは瑠璃子だった。

 そんな彼女の言葉を頷いて肯定するユーノ。二人の反応は当然と言えば当然だった。

 移動中に俺たちが過ごすであろうその客室は、まるでホテルのラウンジのような空間となっていたからだ。


「確かにすごいな。ぶっちゃけ俺の部屋より快適だぞ、ここ」


 柔らかそうなソファに、高級感のあるローテーブル。壁に取り付けられた照明器具まで。

 そこらの量販店のものより上質な家具である事くらいは、素人目でも理解できた。

 恐らく、というより確実に特注品だろう。

 というのも、それぞれの家具は車両の振動で動かないよう、全て床に固定できる作りになっている他、縦長の車内でも窮屈さを感じさせない絶妙なサイズ感だからな。

 そうした機能性は完備しつつデザインに妥協していない辺り、高級家具メーカーなんかにオーダーメイドして用意したのだろう。


「おー、いい感じっすね。一人暮らし始めたらこれくらい良いソファが欲しいっす」


 真っ先にソファへ腰掛け、ぽふぽふとその柔らかさを確かめる星奈。


「別に今すぐ買えばいいんじゃないか? 多分、日本一高収入な女子高生だぞ、お前も瑠璃子も」


 これは誇張表現でも何でもなかった。

 Sランク冒険者を別の何かに例えるなら、化石燃料世代で言う所の石油王である。

 つまり、その年収額は半端ではない。

 エネルギー資源の大部分を調達するとは、まさにそういう事なのだ。


「そうなんすけど、わざわざ買い換えようとは思わないっすね。ほら、高い買い物ってデザインがまずウチら向けじゃないっすから」


「それ、すごくわかるかも。折角だし良いの買おうかなって思っても、結局買わないんだよね」


 星奈の返答に瑠璃子が共感の声を上げた。


「あー、高級品って大体、金持ってそうな世代を狙った製品が多いもんな。余程のこだわりが無ければ、そこまで購買欲が湧かないのか」


「そっすね。服ならともかく、家具にこだわりはないっすからね。引っ越しとかで必要になれば良いの買ってもいいかなって感じっすね」


 二人とも闇雲に浪費するような性格では無いようだった。

 まぁ、使い道が少ないと表現する方が適切かもしれないが。


「なんじゃ、お主ら若いのに欲が無いんじゃの?」


「そっすかね? そういうユーノは何にお金使ってるんすか? パイセンちに居候してるなら、ウチらよりお金の使い所が無さそうっすけど……」


「妾は毎日浴びるほどプリンを食べとるぞ。NARIKINとやらが紹介してた品にすっかりハマってしまってのう」


「ユーノちゃん……それって、一個2万円するって話題になったやつでしたっけ?」


「そうそう、それなのじゃ! あれを妾は1日5個は食べとる。単純計算で月に300万はプリンに使っとるのじゃ!」


 満面の笑みで答えるユーノ。ちなみに客室に入ってから仮面は外している。


「プリンで月300万……すか?」


「す、すごいね……まぁ、経済を回してるからいいんじゃないかな?」


 欲望に忠実な彼女のお金の使い道に、星奈も瑠璃子も若干、引き気味の表情を見せていた。

 かくいう俺も人のことは言えないんだけどね。

 この間も、テレビの影響を受けて20万円もするペットロボを買ってしまったところだ。

 無論、雪菜にめちゃくちゃ怒られた。


『──専用乗り場に停車中の冒険者輸送車両が発車します』

 

 そうこうしているうちに発車を知らせるアナウンスが車内に流れた。

 どうやら出発するようだ。突っ立っていてもあれなので俺は近場のソファへと腰掛けた。

 ユーノや瑠璃子も、それぞれ好きな場所へと腰掛ける。

 すると、それを見計らっていたかのように、星奈が何かをバッグから取り出した。 


「──よし、みんな着席したっすね」


「藪から棒にどうしたんだ?」


「はー、決まってるじゃないっすか。トランプっすよトランプ。旅行の鉄板じゃないすか」

 

 そう言って彼女はトランプのデッキを広げてみせた。

 よくある1000円くらいで売ってる何の変哲も無いやつだ。


「いいですね、やりましょうよ賢人さん」


「妾もやるのじゃ! 知識はあれど、実物は初めてじゃからの!」


 瑠璃子とユーノもノリノリだった。

 なるほど、トランプか。確かに修学旅行なんかの良いお供だったな。

 途中の停車が無いこの新幹線でも京都までは約1時間ほどかかる。

 それまでの時間潰しにはもってこいだな。


「よし、やるか。それで、ゲーム内容はどうするんだ?」


「ここはババ抜きをやるっすよ。あ、もちろんっすけど敗者には罰ゲーム有りっすよ!」


「うむ、わかったのじゃ!」


 そう言いながら、星奈はトランプを適当にシャッフルした後、俺たちへと配り始めた。

 ババ抜き。それは一般的にも広く浸透しているトランプの遊び方の一種だ。

 このゲームに勝利するために必要な要素は至ってシンプルだ。

 

 ──幸運。


 それがこのゲームに必要な唯一の要素。

 まさか、俺の幸運ステータスを知りつつ、このゲームを挑んでくるとはな。

 しかも罰ゲーム付きで。全く、星奈も命知らずなもんだぜ。

 面白い。幸運値3万オーバーを誇る俺の豪運を見せてやろう。


「──それじゃあ始めるか」


 約束された勝利に胸踊らせつつ、俺は配布された自分の手札をめくり見た。



 ──それから数分後。


「うーん……どっちでしょうか」


「……」


 俺と瑠璃子は、真剣な眼差しで睨み合っていた。

 残る俺の手札は2枚。瑠璃子は1枚。そして今は、──瑠璃子が引く番だ。


 俺はちらりと手元のカードを流し見た。

 そのうち、右側のカードにはジョーカーの文字とふざけた道化師の絵。

 何を隠そう、俺の手元にはババがあるのだ。

 つまり、瑠璃子がどちらのカードを引くかによって、この勝負は決する。


 ──頼む、右を引いてくれ。


 俺は心の中で強く願った。

 すると、可愛らしいしかめっ面でカードを見定めていた瑠璃子が、笑みを見せた。


「では、こっちを頂きますっ!」


 そう言って彼女が奪い取ったのは俺から見て左側にあったカードだった。

 そう、ジョーカーではない方のカードだ。


「わーい、上がりました!」


 嬉しそうな顔でペアになったカードを捨札にする瑠璃子。

 その様子を、俺はぼんやりと眺めながら俺は呟いた。


「な、なんでだ……俺の幸運ステータスはどうなってんだよ?」


「いや、幸運ステはクリティカル率にか作用しないっすよ。【魔狼の森】でもリアルラックがどうとか言ってましたけど、あれは所詮、噂っすからね?」


「それどころかお主、さっきの局面でも終始、顔に出っぱなしなのじゃ。あれではババの位置を教えてるのと同義じゃて……」


 星奈とユーノが無慈悲な現実を俺に突きつけてきた。

 悲しきかな、あまりに正論過ぎて俺はぐうの音も出なかった。

 ちくしょう、ステータスの野郎め。幸運とかいう紛らわしい名称してんじゃねえ。


「さて、それじゃお待ちかねの罰ゲームタイムっすよぉ! さっ、パイセン。おでこ出してください!」


 燃え尽きて真っ白になった俺を1ミリたりとも憐れむ事なく、星奈は嬉しそうに言った。

 それはそれは、これまで見たことのないような邪な笑顔だった。

 そして、その手には油性のマジックペンが。



 ──悲しいことにその後も俺は負け続け、厨二病全開の魔法陣を額に、腕にはよくわからない呪文をびっしり書いた状態で京の街へ降り立つ羽目になった。

 合流した地元冒険者たちを一人残らずエターナルフォースブリザードしてやったのは言うまでもない。

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