第38話
京都駅に到着した俺たちは、管理局が指定した合流地点へと歩みを進めていた。
そこで現地の冒険者と合流して、諸々と案内を受けたり連携する手筈なのだ。
しかしながら、いかんせん気分が乗らない。
高いステータスのお陰で軽いはずのその足が、今に限ってはとても重たく感じた。
それもそのはずだ。
我が身はババ抜きで敗北した
言うなれば今の俺は──
その身に
いまこそ、我が右目の封印を──
──っといかんいかん。
心まで闇に魅入られ、危うく大切な物を捨てるところだった。
くっ、それにしても通行人の何気ない視線が気になる。
正直、今の俺にとって道行く人々の視線はドラゴンに睨まれるより辛いものがあった。
どうしてこうなった。
俺はどこで、間違えた。
「──パイセン、もうちょいシャキっと歩くっすよ。確か局長の話だと地元の冒険者が案内してくれるんすよね? そんな調子だと舐められるっすよ?」
「う、うるせー! 誰のせいだと思ってるんだよッ!?」
「誰って、ババ抜きでよわよわのパイセンのせいじゃないっすか」
「うぐ……」
はい、論破。悲しいかな、何も言い返せません。
「だ、駄目だよ星奈ちゃん……! 賢人さんだってがんばってたんだから」
今にもざーこざーこと言わんばかりに勝ち誇った笑みを見せる星奈。
そんな彼女の行動を瑠璃子が咎める。
だが瑠璃子、俺は忘れんぞ。トドメを刺したのはお前だと言うことをな。
「ほむ、そこまで気にする事はなかろう。お主の額の魔法陣は、かの大錬金術師エルレイが開発したものとそっくりじゃ。つまりは、魔法工学的に優れたデザインであるという事じゃよ」
「いや、誰だよエルレイって……」
唐突に訳のわからん事を言い出すユーノに、俺は思わずツッコミを入れた。
まさか国家錬金術師とかじゃねーだろうな?
「妾の権限レベルでは詳細までわからぬ。ひとまず、この世界の者では無かろう」
「いや、そんな異世界の錬金術師だかが作ったありがたーい魔法陣とか言われても何のフォローにもなってないんだが……。後、ダンジョン絡みで超重要な情報っぽいのを変なタイミングでサラッと出すのやめてくんねーかな。ツッコミどころ多すぎてめちゃくちゃ文字数増えるじゃん?」
「はて、文字数? お主はいったい何の話をしとるのじゃ?」
はて、なんでだろう。
なぜか指摘しなければならない気がしたのだが。
まぁ、いいや。それよりも、そろそろ合流地点に到着する頃合いだろう。
「──よう来たな! 東京もん!」
不意にそんな声が響き渡った。
声の方向へ視線を向けると、そこに数名の男女の姿が見えた。
「話は聞いとるで! あんたらが東京から来たっちゅーS級冒険者やろ?」
どうやら彼女らが今回の京都における活動を補佐してくれる地元冒険者らしい。
恐らくリーダーは今し方俺たちに問いかけた赤髪の少女だろう。
八重歯が特徴的な、活発そうな女の子だ。
「あぁ、間違いない。──俺は馬原賢人、知っての通り、S級冒険者だ」
リーダー格と思しき赤髪の少女に俺は近付くと簡潔に自己紹介した。
同時に右手を突き出して握手のジェスチャーをする。
それに応じるように彼女も唇を動かし──
「あんちゃんがリーダーか。うちは
俺の突き出す腕を見るや否や、あっと言う間に奇怪な物を見るような表情に変わる。
その視線は俺の腕にびっしりと書かれた奇妙な呪文に釘付けだった。
「あっ……」
やっべ、今の俺は邪気眼仕様なのをすっかり失念していた。
どうしよう。とりあえず、悪ノリしとくか?
巷では関西人はどんな些細なボケも回収して笑いに変えてくれるって聞く。
ならばワンチャンあるんじゃなかろうか?
──そんな邪念が脳裏に浮かび、俺はとりあえずそれっぽく呟いてみた。
「……ぐっ……い、いけない……我が魔手の制御が……ッ!」
「……」
ぽかんとした表情で俺の顔を見つめる日坂さん。
それ以外の反応は特にない。ただただ、沈黙だけがその場に流れる。
「……」
俺も言葉を発する事ができず、唖然とする日坂さんをただただ黙って見つめ返した
──そんなお互い無言の状況がしばらく続いた後、ふいに俺の肩へと手が乗せられた。
振り返ると星奈が生暖かい目で俺を見ていた。
「──パイセンは頑張ったっす。だから、もうゴールしてもいいんすよ?」
「──頼む星奈、いっそのこと俺を殺してくれ」
「無理っすよ。パイセン、刃通らないっすもん」
どうやら神様は俺に生きろと言っているようだ。
せめて人としての尊厳を保ったままその生涯を終えたかったのだが。
「も、もしかして今のボケやったんか……? 堪忍してや、いくら大阪出身のうちでも、ちょい難易度高すぎるでっ!?」
がっくりと項垂れる俺を見て、日坂さんがハッと意識を取り戻したように呟いた。
さらに、彼女のすぐ後ろで悠然と佇む黒髪の女性が、追い打ちの如く吐露す。
「なんや、駅員さん、気ぃ利かして冷房つけてくれたんやろか。えらい涼しなったなぁ」
──そんなこんなで、京都の冒険者勢との初対面は大爆死で終わった。
◇
時刻は少し進み、俺たちは管理局が手配したリムジンで移動していた。
リムジンと言ってもSUV車をベースにした、そこまで高級感のあるものではない。
その内装も接待用というよりかは兵員輸送車のような造りになっていた。
「ごほん、えー、ほんなら、改めて自己紹介するで」
向かいに座る赤毛の少女──日坂さんは、咳払いするような素振りを見せつつ先ほどグダってしまった自己紹介を再開する。
「うちは、
どやっ、と言わんばかりに誇らしげな表情を見せる日坂さん。
そんなレアな天職を持っているなら、星奈や瑠璃子と同じくらいの若さでAランク冒険者として名を馳せてるのも納得だ。
「ほな、お次はウチの番やろか」
日坂さんに続き、今度は黒髪の女性が自己紹介を始めた。
大和撫子という言葉がよく似合いそうな美人さんだ。
「──
黒髪の美女──如月さんは簡潔な自己紹介の後、優雅に一礼した。
彼女も日坂さんと同じく、Aランク冒険者のようだ。
天職は
こちらも能力の詳細までは知らないが、まぁ後でユーノに聞けば何とかなるだろう。
「なんや、朱音ちゃんも琴音ちゃんも質素な自己紹介やなぁ……もっとアピールしたらええのに。S級なんて滅多に会えるもんちゃうし、玉の輿のチャンスやで?」
最後に俺と同い年くらいと思しき男性が口を開いた。
金色に染めた短髪によく焼けた肌。見るからにチャラそうな奴である。
「ええから、はよ自己紹介せんかい! アホなこと言うてたら、ウチの
「おぉ怖っ、そんなんやから未だに彼氏の一人も──」
「──琴音、こいつ、どつき回して鴨川に捨ててきてええか?」
「ええけど、車の中汚さんといてや」
ドスの効いた声で金髪男の言葉を遮る日坂さんと、涼しい顔で承諾する如月さん。
どうやらパワーバランス的には、この二人の方が上らしい。
「じょ、冗談やん。真面目にやるから、そんな怖い顔せんといてぇな。──えー……俺の名前は
鬼のように睨みつける日坂さんの機嫌を伺いつつ、岸辺さんはぎこちない自己紹介を終えた。
「とりま、今回の件であんたらと行動するのはウチと琴音とこのアホくらいやな。後のもんは雑用で呼んでるだけやから、気になるなら後で好きに自己紹介したらえぇ」
今回の依頼の中核となるメンバーの紹介を終えると、日坂さんはざっくりと話を取りまとめた。
それから、こんどはそっちの番やでと言いたげな目で俺の顔を見る。
「ああ、紹介ありがとう。それじゃ今度はうちの番だな──」
その言葉を皮切りに、今度は俺や星奈たちの自己紹介が始まった。
もちろん、今度はちゃんとした自己紹介だ。
決して闇の炎に──とかそういうのは言っていない。決してな。
「ほな、早速明日からダンジョンの探索に行ってもらうんやけど──」
その後は語るまでもないような事務的な話だ。
今回の依頼遂行に必要なダンジョンに関する情報を貰い受けたり、明日の探索においての諸々の約束を取り付けたりといった具合である。
「──色々案内してくれてありがとな。それじゃ、また明日、現地で」
「──気にせんでええよ。今回はウチらがお願いしてる立場やからな。ほな、期待してるで」
宿泊先となるホテル前で日坂さん達と別れ、京都の一日目が終了した。
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