第2話

 待ちに待った週末。俺は冒険者登録の為、街のダンジョン管理局へと来ていた。

 広いロビー内には、現代とは思えぬファンタジーな格好の人々の姿が見える。そんな彼らこそ、これから俺の目指すもの──冒険者だ。


(まずは登録……だよな)

 

 まずは受付してもらわないといけない。ロビーを見回すと、その中央付近に整理番号の発券機が置かれていた。発券機はよくあるタッチパネル式となっており、画面内に「新規登録」のボタンを見つけて迷いなく触れる。『少々、お待ちください』と表示された後、発券口から番号札が吐き出された。


「ついにこの時が来たか……」


 手元の番号札を強く握りしめ、俺は決意を新たにする。


「……キモ。なに格好つけてんの。キモいし恥ずかしいし、ついでにキモいから早く座ってよ。そんなところで突っ立ってたら他の人に迷惑でしょ」 


 発券機前で棒立ちする俺を、後ろから小突く雪菜。彼女は小さく嘆息した後、スタスタと待ち合いコーナーへ歩いていった。空いているベンチを見つけて座ると、俺を手招く。


「お兄ちゃん話聞いてた? 早くこっち来なよ」

「あ、ああ! 悪い、今行く!」


 俺は慌てて雪菜の元へ向かうと、その隣へと腰掛けた。すると、何やら隣から鋭い視線を感じる。


「いっこ空けて座ってよ……キモ近いんですけど」

「別にいいじゃないか。兄妹なんだし」

「……まぁ、いいけど」


 キモ近いってなんだ、キモ近いって。普通に傷つくので変な造語を作らないでほしい。小さい頃はすごくお兄ちゃんっ子で愛らしい妹だったというのに。お兄ちゃんは悲しいよ。


「……ところで、今日はわざわざありがとな。家で待ってても良かったのに」


 会話するわけでもなく、黙々とスマホをイジる雪菜。かくいう俺も特に良い話題は浮かばない。何となく気まずい空気を感じた俺は、何気なくお礼を言葉を口にする。


「別に、暇だったし。それにうちの通帳持ってるのあたしだもん」


 彼女の言う通り、我が家のお財布は雪菜が全て管理している。まぁ、昔は俺も好きに使えたんだけど、とある事情でその権利は剥奪されちまった。

 まぁ、それはさておき。話を戻すと冒険者になるにあたって登録料やら装備代やら。諸々費用がかかるとネットで見たのだ。それを雪菜へ伝えたところ、本日の登録手続きに付き添ってくれたのだ。

 

「でも折角の休日だろ? お金だけ預けてくれても良かったんだぞ?」

「それはヤダ。どうせお兄ちゃんのことだから、冒険者になった事に浮かれてバカ高い装備買っちゃうでしょ?」


 そう言ってジト目気味に俺を睨む雪菜。心外だな。流石の俺も予算内で済ませるつもりだ。


「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫だ。ちゃんと考えて買い物できるぞ」


 笑いながら返すと、雪菜の目がスッと細くなった。


「……お兄ちゃん、ちょっと前に突然掃除ロボット買ってきて、結局使ったの一週間だけよね?」

「あ、あー、あれね? ……ちょっとお兄ちゃんには早かったかな」

「その前は突然アクアリウムを作るとか言って一式買ってきたのに、今じゃ苔しか生えてないじゃん」

「……こ、苔のアクアリウムだ」

「……ランニングマシーン。ドローン。変なブランドの靴」

「ど、どうぞ、無知な兄へお金の使い方をご教示ください……」


 いたたまれなくなった俺は、華麗に土下座を決めた。受付の奥からお姉さんが不審な目で見ていたが、気にしない事にした。

 既に察していると思うが、我が家のお財布が雪菜による管理となった原因である。



 そうこうしているうちに受付順が回ってきた。アナウンスで番号を呼ばれ、

 俺は番号札を持って、指定のカウンターへと足を運んだ。


「ようこそ、ダンジョン管理局へ。受付の高田と申します。本日は新規登録のお手続きでお間違いないでしょうか?」

「え、あ、ああ、はい! 馬原です! お、お願いします!」


 受付のお姉さんがにっこりと微笑む。女子アナみたいに綺麗な人だ。女子とのコミュニケーション経験に乏しい上に他人との会話も久しい俺は、やや吃り気味に返しながら番号札を差し出した。


「うふふ、慌てなくても大丈夫ですよ。それじゃ早速ですが──まずは適性から確認しましょうか」

「適性……ですか?」

「ええ、ダンジョン探索は非常に危険の伴う仕事ですから。登録の際にステータスを活性化アクティベートして適性を確認するんです」


 そう言って高田さんは白いICカードのようなものを取り出した。これが俗に言うステータスカードというやつか。【鑑定】系のスキルを応用して作られたそのカードは、所有者のステータスを確認、活性化アクティベートする事ができるという。ウィキの情報を丸呑みしただけだが、恐らく合ってるとは思う。


「それで俺の秘められたステータスが判明するわけですね」

「あら、ご存知でしたか。ふふ、ステータスを解放するのって何だかワクワクしますよね。その瞬間から、一般人とはかけ離れた力を得るわけですから」


 改めて説明するが、ダンジョンが発生して以来、人類は新たな能力を獲得していた。それはレベルやスキルシステムと呼ばれるRPGゲームじみた能力の事である。これらの能力は【鑑定】系のスキルや高田さんの持つステータスカードによって活性化アクティベートする事で、初めて有効化するのだと言う。


「それにしても、わざわざ活性化アクティベートしないと使えないって、ちょっと機械じみていると言いますか、本当にゲームみたいですね」

「ふふ、それは私も同感です。ですが、この仕組みのお陰で我が国の秩序が保たれている側面もあるんですよ? 精神が未熟な子供や犯罪者が能力を持つと大変ですから」


 なるほどな、と思った。確かに、能力を持った少年が非行に走ったり、犯罪組織がテロの為に能力を行使すれば大混乱は必至だろう。どうやら神様というのは、ちゃんと合理性を持たせて世の理を生み出すらしい。


「まぁ、完全に防ぐのは難しいですけどね。国営の冒険者学校の生徒なら未成年でもスキルを獲得できますし、それまでまともな冒険者だった方々が突然、犯罪行為に走る事だってありますから……」

「……良くも悪くも人間ですからね。ところで活性化アクティベートはどのようにしたらいいんでしょう?」

「あら、すみません、長々と話してしまって。……こほんっ、それではこちらのステータスカードに手を置いて頂けますか? それから頭の中でステータスオープンやそれに類似する言葉を思い浮かべてください」


 なんだかそれも少しゲームチックである。やはりスキルというのは不思議なものだな。そんな風に考えながら、差し出された白いICカードへ俺は手を置いた。それから教えてもらった通りに頭で念じる。


『ステータスオープン』


 すると、視界にライトブルーのメニュー画面のようなものが浮かび上がった。

 そこには俺の能力に関する情報がいくつか記述されていた。


────────────────────────────────

<基本情報>

名称 :馬原 賢人

天職 :賢者

レベル :1


体力 :230

魔力 :1570

攻撃力 :27

防御力 :18

敏捷 :16

幸運 :45


<スキル情報>

【反転する運命】SLv1(ユニークスキル・非活性)

効果 :???


【火属性魔法】SLv2

【水属性魔法】SLv1

【風属性魔法】SLv1

【回復魔法】SLv1

【状態異常解除】SLv2

────────────────────────────────


「わぁ、馬原さん、おめでとうございます! レア天職にユニークスキル持ち……冒険者適性にじゅうまるですよっ!」


 ステータスカードは受付の端末にリンクしているらしい。タブレット端末を眺めながら、高田さんが興奮気味に声をかけてきた。


「あ、ありがとうございます! この賢者ってのはレアなんですか?」

「ええ、賢者はかなり珍しい上に非常に有用性が高いです! なにせ魔術師と神官、両系統のスキルを扱えて後衛職に求められる役割を一人で担えますから! 本当にすごいですね!」


 まるで自分の事のように喜ぶ高田さん。なんだか俺まで嬉しくなってニヤニヤしてしまう。

 どうやら俺は魔法職タイプらしい。魔力のステータスが高い反面、身体能力系のステータスがやや低めの典型的な後衛火力型だ。

 性格的には近接戦闘タイプに向いていると思っていたのだが、仕方がないか。市民などの冒険者登録お断りの非戦闘タイプでないだけマシというものだろう。


 それにしても、このユニークスキルというのは何だ?

 どういう効果なのか、現時点では全くわからない。

 そんな疑問が顔に出ていたのか。何やら察した高田さんが丁寧に説明してくれる。


「ユニークスキルは名前の通り個人が固有で持つスキルの事ですよ。その能力は実際に使用してスキルを活性化アクティベートするまでは、本人にもわからないんです。基本的には有用なスキルが多いんですが……ただ、中には【狂戦士化ベルセルク】などのデメリットを持った特殊なスキルも存在するので、よく考えてから使用される事を推奨します」

「へぇ……そうなんですね。わざわざ、ありがとうございます」

「ふふ、お仕事ですから。さて、このまま登録手続きを進めちゃいますね」


 その後の手続きはスムーズだった。ステータスカードによって本人確認も容易な為、数分足らずで全ての手続きが完了した。

 その後は冒険者という仕事について諸々と説明を受けた。

 基本的に冒険者とは自由業で、好きなタイミングでダンジョンへ潜って良いとの事だった。無論、管理局が閉局している深夜早朝でも構わないらしい。というのも各ダンジョンには入場ゲートが設けてあり、ステータスカードによって入退場を管理しているからだそうだ。

 

「でも、それだけ自由だと初心者が危険なダンジョンに入ったりしないんですか?」

「その点は心配ないですよ。ダンジョン管理局ではランク制度を設けていますから分不相応なダンジョンには入場制限がかかります」


 初心者が背伸びして事故でも起こるんじゃないかと心配したが杞憂だった。ちなみにランク制度についてはEからSランクまで存在し、俺はEランクからのスタートとなるとの事。


「続いて、こちらが各地域の管理局と公認ショップの一覧ですよ」


 肝心の報酬に関してだが、基本的に依頼制ではないので無報酬となる。そのため主な収入源はダンジョン内で回収した素材やアイテムだ。集めた資源は管理局か、公認ショップで買い取ってくれるらしい。この辺は漁業とかに近いな。

 とはいえ、稀に管理局より公式依頼がステータスカード宛に届く事もあるそうだ。

 そちらに関しては資源の売却金とは別に、管理局から一定の報酬が支払われるとの事であった。


「──簡単ですが、以上が基本の説明となります。他に何か質問はございますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました!」


 高田さんへお礼を告げ、俺はカウンターを後にする。それから少し早足気味に雪菜の元へと戻った。


「じゃーん! どうだ、ついに冒険者になったぞ! しかもレアな天職だそうだ!」

「……ふぅん、すごいじゃん」


 ドヤ顔でステータスカードを掲げて見せる。すると珍しい事に雪菜が褒めてくれた。


「魔法系なんだが、ダンジョン探索ではかなり優遇される天職らしいし、本当にNARIKINみたいな大物を目指せるかもしれん。こりゃ……雪菜の夢に一歩近づいたな」 

 

 何だか嬉しくなって、顔がニヤける。頭には成功する未来の自分の姿が浮かんでいた。まだ登録しただけで何を浮かれてるんだと思うかもしれないが、幸先の良いスタートを切ったんだ。これくらいの喜びは許してほしい。


「ちょっ、キモ! わかったからニヤニヤしないでよ! キモすぎ!」


 雪菜が隣で嫌そうな顔をしながら俺の脇を小突いていたが、そんなの気にならないくらい──この時の俺は舞い上がってた。

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