第112話

 ひと通りの買い物を済ませた後、俺は先に店を出た。というのも、うちの女性陣は防具やらを一式購入している。そのため着替えに少し時間がかかるそうだ。

 別に店内で待っててもよかったのだが、エレノアが『お披露目は最後の楽しみに取っておくものですぞ』なんてユーノみたいな事を言い出した。それでこうして外で待っているというわけだ。


 待ちぼうけもアレなので、購入した品々を紹介しよう。

 主に俺が購入したのは冒険者用の篭手と革靴、鎖帷子、魔道具類だ。

 まず篭手と靴だが、飛蛇竜と呼ばれる中型の飛竜の皮を使用しており、耐久性やつけ心地が格段にアップしている。吸湿効果もあるため蒸れにくく長時間の使用にもぴったりだ。

 続いて鎖帷子だが、これは保険程度の扱いなので特に拘っていない。強いて言うならミスリル製なので、軽くて丈夫。以上。


 魔道具に関しては魔封晶のペンダントやブレスレットを複数購入した。これは魔法が付与されていない素体的なアイテムだ。嵌め込まれた魔封晶の品質が良く、スキルレベル6相当の魔法を付与できるとの事だった。


 なぜ素体なのかって?

 実を言うと、最初は勧められるがままに魔法付与済みの既製品を買おうと思ってた。しかしながら話を聞いている途中で思い出したのだ。


 ──そういえばエレノアの天職って生産系じゃん、と。


 なので、この素体をベースに色々と作ってもらおうと考えたのだ。


 最後はお馴染みの【収納】ポーチ。これに関してはモニカの分も買ってある。

 国のレンタル政策のおかげで購入者が減っているせいか、50%オフになっていてお買い得だった。


「にょほほほ! お待たせしましたぞ、ケント殿! さぁ我々の華やかな姿を、ぜひご覧くだされ!」

「ちょ、ちょっと! 別にそんな大声で言わなくていいから!」

「いえいえ、大切な事ですぞ!」


 無駄にテンションの高いエレノアと、恥ずかしそうなモニカの声が響く。

 どうやら二人とも着替えが完了したようだ。


「おぉ……いいんじゃないか? すごく似合ってる……つか可愛い、と思うぞ」


 二人──特にモニカの新装備を見て、自然と言葉が出てきた。デザインにも拘っているというノインの言葉どおり、これまでの装備とは比べ物にならないくらいに素晴らしい。


「そ、そう……? べ、別に褒めたってなにも出てこないんだからね……?」


 照れくさそうにしながら、そっぽを向くモニカ。

 言っている事はよくわからんが、とりあえずは好意的に受け取ってくれたようだ。

 彼女の新しい装備は、翡翠色の竜皮を贅沢に使用した鎧ドレス──通常、姫騎士鎧だ。

 ミスリルの上品な光沢と素材のカラーが見事に調和していて気品があり冒険者というより本当の騎士に見える。彼女の天職──聖槍騎兵ルミナスランサーに相応しい装備に思えた。


「にょほほほほほっ! 素晴らしいでしょう! 所々に魔石の装飾が嵌め込まれていますが、これはお飾りではありませんぞ! 使用者の補助魔法を写し取って防具自体にも適用させる魔法【魔導転写トレース】が付与されております」

「つまりはあれか? モニカが【白聖衣クロス】を発動させると、防具自体の防御力も増えるってことか?」

「その通りですぞ! まさにモニカ殿にぴったりの装備というわけです! ちなみに高級装備にはこうした魔石スロットが備わっている事が多いです。当然ながら武器にも空きスロットがありますので、後で同じ魔法が付与された魔石を我が制作して嵌め込んでおきましょう。そうすれば武器の耐久値や攻撃力も【白聖衣クロス】の恩恵を受けれますぞ」


 へぇ、そんな事もできるのか。魔道具に詳しい仲間がいると助かるな。

 前世はこっちとは逆で、生産系の天職が非常に少なかった。装備や魔道具もメーカーから既製品を買うのが主流で、付与されているのは【魔法耐性】や【収納】という一般的なものばかり。こんな風に使用者の保有スキルに応じて、付与する魔法をカスタマイズするという発想が全く無かった。


「ところでケント殿! 我の装備はどうでしょう!?」


 次は自分の番とばかりにエレノアは、気色悪いポーズを決めながら俺に意見を求めた。

 彼女が購入したのは、学者系のローブのようだ。彼女は生産職ではあるものの、メインで取り扱っているのがマジックアイテムのため、こういった魔術師系統の装備が適合するのだろう。


「あ……まぁ、いいんじゃないか……?」


 いや、装備は悪くはないんだ。むしろデザイン的には可愛い。

 だけど、その、眼鏡がな。なんというか、教室の隅っこにいそう。


「にょおおおお! なんですか、その微妙な反応は! モニカ殿とあからさまに態度が違いますぞ!!」


 俺の微妙な感想から何かを察したのか。エレノアがぴょこぴょこ跳ねて抗議する。


「結構お高かったのですよ! ほら見て下さい、この靴を! これは疾風兎ゲイルラビットの毛皮を使っていて、見た目の可愛さとは裏腹に【加速】スキルが付いた実用性抜群の品です! まさにコーナーで差を付ける一品ですぞ!」


 瞬足かよ。つーか見た目の話してんのに実用性アピールしても意味ないだろ。


「仕方ないだろう。その眼鏡の認識阻害のせいで、どう頑張っても芋臭く見えるんだよ」

「そうね……選んでもらった身で言うのも悪いけど、やっぱり眼鏡が……ね?」

「にょおおおお! モニカ殿までっ!? ……良いでしょう。ならば、我の本気を見せてやりますぞ……ほれ!」


 そう言ってエレノアはいつも装着している眼鏡を取り外す。

 すると、あら不思議。目の前に、とんでもない美少女が現れた。


「にょほほほっ! どうですか!? これが天才美少女エレノアちゃんの底力ですぞ!」


 高らかに笑うエレノアは、あざとい表情のまま俺に顔を近づけた。

 もちろん認識阻害によって隠されていた美少女っぷりもそうだが、何より昨晩の事を嫌でも思い出しちまう。彼女の自分の顔が熱くなるのを感じた。


「あー、わかった、わかった。似合ってるから! 俺に近寄るな!」

「にょほーん? なぜでしょうか? もしや我を意識しているのですか?」


 くそ、この野郎。わかってて挑発してきてやがるな!?

 いやでも本当に可愛いんだよな、こいつ。モニカとは別で小動物系の可愛さだ。


「だぁーもう、調子に乗るなっての──いでででッ!?」


 エレノアを引き剥がそうと言葉を紡いだ刹那。尻に走った激痛に思わず叫んだ。

 見れば不機嫌そうな顔をしたモニカが、俺の尻を思い切りつねっていた。

 竜討伐の甲斐あって彼女のレベルは既に30を超えている。同様にレベルが向上しているものの魔法寄りのステータスである俺からすれば脅威である事に変わりはない。


「ちょ、マジで痛いって!? ギブ! ギブだから! モ、モニカさーん!?」


 ギブというワードが通じるのか怪しいが、とにかく叫ぶ。

 すると、そこはかとなく伝わったようだ。モニカは俺の尻をつねるのを止めると、


「──ふんっ、馬鹿!!」

「あっ、おい……?」


 俺の制止も無視して、スタスタとどこかへ歩き去っていった。

 いったいどうしたというのだろうか。


「にょほほほ……少しおふざけが過ぎましたか。どれ、ここは我が迎えにいきましょう」

「いや、それなら俺も行くぞ? なんかわかんねーけど俺が悪いっぽいし」

「いえ、こういう時は我の方がベストなのです。いや、場合によってはケント殿が行くほうが正解ルートの時もありますが……恐らく今回はバッドエンドルートですぞ! 〝やきもきメモリアルポケット〟を攻略し尽くした我が言うのですから間違いありません!」

「〝やきもきメモリアルポケット〟ってアレだよな……どうやって動かしたんだ?」

「ソフトとハードが揃っていれば、課題は動作エネルギーのみ。じゅうぶん魔力で賄えますぞ」


 まさか携帯ゲーム一式までこの世界に流れ着いているとは。

 まぁ現代じゃ魔石を電力に変換してエネルギー資源にしてるし、理論上は可能なのだろう。

 それより本当に信じて大丈夫なのか、それ。

 リアルコミュニケーションには好感度メーターなんて便利なものは存在しないんだぞ。


「とにかく、ここは我に任せてくだされ。ケント殿は美味しい茶菓子でも用意して宿で待っているのです」

「お、おう……? まぁ、そこまで言うなら頼んだ」


 自信満々な彼女に気圧され、仕方無しにモニカの事を任せた。

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