第110話
「まさか白級が竜を持ってくるとはな……それも二体と来たもんだ」
受付嬢に呼ばれて中庭にやってきたロンゾさんは、俺たちの成果を見るやいなや、困り顔で頭を掻いた。
「いったいどんな手品を使ったんだ? いくら嬢ちゃんが上級天職でも限界ってもんがあるだろう?」
「どんなと言われても……ぶん殴っただけですよ。俺のスキルは【魔拳術】ですから」
「あとは渾身の蹴りですな! こんな風にですな……しゅっしゅっ……のわっ!?」
俺の蹴りを再現しようと調子こいて、盛大に尻餅をつくエレノア。それを見てロンゾさんは微妙な表情を見せた。
恥ずかしいからマジでやめてくれ。
「まぁ、いいか。切り札ってのは秘匿しておくもんだしな。とりあえず今は結果だけ評価しようじゃないか」
俺たちがはぐらかしてると思ったのだろう。ロンゾさんは諦めた様子を見せた。
「ありがとうございます。早速なんですけど、いくらになりますか?」
「俺の見立てじゃ少なくとも金貨50枚は超えるだろうな」
50枚……日本円換算で5000万円は超えるのか。前世で狩ってた竜より遥かに高い査定額だ。流石は鉱竜種ってとこか。単純に宝石的な価値が高いのだろう。
念の為、エレノアの顔を見る。この世界の相場的に妥当な額かを確かめるためだ。
彼女は俺の視線に気付くと、にへっとした気色悪い笑みを見せながら、大きく頷いた。
(とりあえずは大丈夫って事か? そもそも伝わってるか怪しいが……まぁいいや)
「なるほど、大まかな額はわかりました。それで細かい金額はどれくらいで出せそうです?」
「あぁ、それなんだが……生憎、今日は上級素材の鑑定士が休みでな。細かい査定は明日でもいいか? 朝一で見積り出すようにしておくからよ。どうしても急ぐなら今から使いを走らせて呼んで来るが……」
少しばつが悪そうに答えるロンゾさん。白級の新人とはいえ、希少な素材を持ち込んだ立場だ。その点で少し気を遣ってくれてるようだった。
「いや、それは流石に鑑定士さんに悪いですって。査定は明日で大丈夫ですよ」
とはいえ俺は前世じゃホワイトな冒険者ライフをモットーにしてきた身。わざわざ休日出勤させるほど鬼畜ではないのだ。
「そうか。そう言ってくれると助かるぜ。あんま無茶な要請をしてると後でチクチク言われるんでな……」
そう言って安堵のため息をつくロンゾさん。その表情から管理職ならではの気苦労が伺いしれた。
「あ、でも先にいくらか前金で貰うことってできます? 俺たち今から飯食って宿も探さなきゃいけないんで」
「それは構わねぇぜ? とりあえず金貨30枚くらい渡しとくか?」
いや、逆に使いづらいだろ。金貨は日本円換算で100万円札だぞ。
店主も釣り銭を出せなくて困るだろうに。
「とりあえず銀貨で100枚貰って、後は適当でいいんじゃない? あんまり大きいと崩すのが大変だわ」
「あぁ、それもそうか。じゃ金貨29枚と銀貨100枚で用意しよう。残りは明日、査定額が確定してから払い出しってことで」
俺の懸念を察してくれたモニカが話をいい感じにまとめてくれた。とりあえずこれで今日の収入は確保だ。
「後はお前らの等級をどうすべきかだな……。昇級は確実だが、それにしても白級で竜を狩ってくるなんて前代未聞だからな……どう整理したもんか」
「ぶっちゃけ適当でいいですよ。俺たち中央大陸に行くのが目的なんで、旅費が稼げれば等級は何でもって感じです」
「中央大陸? お前ら〝世界樹〟でも見に行くつもりか?」
「〝世界樹〟?」
耳慣れないワードに、俺は思わず聞き返した。
世界樹ってあれだよな? ゲームとかに出てくる、でっかい樹の事だよな?
「なんだ、違ったのか? 中央大陸には〝世界樹〟と呼ばれるバカでかい樹が生えててな。エルフたちが神樹として祀ってるのよ。中央大陸に行くヤツは大抵それの見物が目当てさ。俺も冒険者時代に一度見たことがあるが、あの光景は圧巻だったぞ」
「へぇ、そうなんですか」
「最近は枯れちまったなんて噂もあるが……。まぁ、たとえ枯れ木だろうが一見の価値はあるだろうよ」
世界樹というのは初耳だが、エルフが近くに住んでいる事は間違いなさそうだ。なら、エルフに会いにいくついでにその世界樹とやらを観光してみるのもいいかもしれないな。
「さて、話が逸れちまったが、何れにせよ等級は高いほうが何かと都合がいいだろう。何をするにしても、それだけで一定の信頼を得られるからな」
「なるほど。じゃあロンゾさんの裁量でいける範囲で大丈夫ですよ」
「そうか? なら橙級でどうだ? それくらいならすぐに上げれるぞ」
「じゃあそれでお願いします」
断る理由も無いので、ロンゾさんの提案に俺は頷いた。
それにしても橙級か。依頼の幅が増えるし今後は金で困ることはなさそうだ。
もっとも、竜素材の概算額を聞く限りじゃ、そんな事はそうそう起こらないだろうけど。
「それじゃ今日はここまでだな。帰りに受付で前金を受け取ってくれ。これを渡せばすぐに伝わるだろう」
ロンゾさんは懐から領収証の用紙束みたいなのを取り出した。
彼はその紙に何かを書き込んだ後、千切って俺に手渡した。
相変わらず文字は読めない。だが、恐らく小切手みたいなものだろう。
「ありがとうございます」
「むしろ感謝するのはこっちだぜ。こういう希少素材は商人と直接取引するヤツも多いからな。うちに卸してくれるだけでかなり助かるってもんだ。……それじゃ俺は執務に戻るからな。明日また来てくれ」
ロンゾさんはニッと笑うと、そのまま中庭からギルドの建物へと戻っていった。
◇
その後、俺たちは受付で前金を受け取ってギルドを後にした。
普段泊まっている〝凪亭〟で夕食を済ませ、俺は借りた一室のベッドに寝転がった。
昼間の疲労を癒やすべく、大の字になって天井を見上げているとドアがノックされた。
「ケント殿……まだ起きてますか?」
エレノアの声だ。何か用事だろうか。
くつろぎモードを解除して俺は上体を起こす。
「あぁ、何か用事か? 開いてるぞ」
俺がそう告げると、ドアがゆっくりと開く。
そして部屋に入ってきたのは──見知らぬ美少女だった。
「え? ……誰?」
「にょ! 我です! エレノアですぞ! というか、このやり取り二回目ですぞ!?」
「あぁ、エレノアか。悪い、あのクソダサ眼鏡が無いとマジで別人過ぎてさ」
「普通に悪口ですぞそれ……」
「いや褒め言葉だろ。それだけ認識阻害が優秀ってことなんだから」
「にょ……確かにそう言われますとそうかも……あれ? なんか上手く誤魔化されている気がするのですが……」
チッ、勘のいいヤツめ。
でも仕方ないだろう。マジでダサいんだもん。あの眼鏡。
「それより何の用だ?」
「用と言うほどの事でもないのですが、その……お礼をと思いまして。ケント殿のおかげで奴隷落ちを免れましたからな」
「あぁ、そのことか。そんな改まらなくても大丈夫だぞ? お前の知識やマジックアイテムは十分役に立ってるしな。ちゃんと利害が一致してるさ」
特に竜討伐は俺の固有スキルとコイツのマジックアイテム、二つが揃って成し遂げたようなもんだ。
「それに返済分を差し引いてもたんまり稼がせてもらったしな。お陰でモニカの装備も新調してやれるし、むしろ感謝したいくらいだ」
彼女の天職は優秀だ。俺についてこなくても安定して生きてけるくらいに。そんな彼女が中古装備のせいで小馬鹿にされるのは少し申し訳なく思っていた。
だが竜素材の売上があれば、彼女の実力や素養に見合った武具を用意してやれるだろう。
「……ふふ、モニカ殿が羨ましいですな」
そう言ってエレノアは俺の隣に腰掛けた。それから小動物のような瞳をこちらへ向け、そして──俺の頬にキスをした。
「なな、何すんだっ!?」
「にょほ? てすから、お礼ですぞ? 嫌でしたか?」
何食わぬ顔でこちらを見つめるエレノア。
間近で見ると余計に可愛く見えて、俺は思わず目を逸らした。いかんいかん。
「な、なぜ顔を背けるのです? もしやケント殿は我が嫌いですか!?」
「俺が好きとか嫌いとか、そういう問題じゃねえよ。こういうのはお互いの気持ちが大切なんだって。だから俺みたいなやつに軽々しく──」
「──なら、問題ありませぬ」
俺の説教を遮って、エレノアがぐいとこちらに顔を近づけた。頬を赤く染めながら、潤んだ瞳で俺を見つめる。
「……家に捨てられ、莫大な借金を抱え、行く末は奴隷。未来の見えない苦境の中、我の言葉を信じて手を差し伸べてくれた人……そんな貴方に我が惚れるわけがないとでも、お思いですか……?」
「エ、エレノアさん……?」
いつになく真剣な問いに、俺はなんと返せばいいかわからなかった。
瑠璃子の時も、星奈の時もそうだ。俺にはこういう場面に対処するための経験値が圧倒的に不足している。
──ガタンッ!
不意に廊下から物音が響く。驚いて俺たちはお互いの顔を見合わせた。
しばらくして宿泊客の声が微かに聞こえる。誰かが廊下で荷物でも落としたんだろうか。
何れにせよ、助かった。このままだとエレノアのペースに飲まれるところだったからな。
「……この続きは、もっと良い宿を借りたときにしましょうか」
「……」
健全な男児として〝続き〟とやらは非常に気になるところだが、今は触れないことにした。
エレノアの気持ちは十分に伝わった。色恋沙汰に疎い俺でも理解できるほどにな。けど、それに応えるのは果てしなく残酷なことなのだ。
──なぜなら俺は、いつか元の世界に帰るつもりなのだから。
「……ケント殿の心に別の誰かがいることは、これまでの会話から察しております。我でも、モニカ殿でもない、別の誰か。ですが、それでも我は貴方のこと慕っておりますから……それだけは覚えておいてください」
俺の表情を見て、エレノアは優しい笑みを見せた。それから何事も無かったかのように立ち上がる。
「にょほほほっ! それではおやすみですぞ、ケント殿!」
いつも通りの気色悪い笑い声と共に、彼女は部屋を出ていった。
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