第54話

「──すみません。お待たせしました」


 俺たちが滞在するホテルに付帯するロビーラウンジ。そこは京都らしく和モダンなテイストで仕上げられた高級感溢れる空間だった。

 そこで俺はとある女性の姿を見つけると、笑みを見せつつ声をかけた。


「ふふ、大丈夫ですよ。賢人さんからお誘い頂けたんですもの。デートじゃないのは少し残念ですけど──それはまた別の機会に埋め合わせしてもらいますから、ね?」


 そう言って彼女──高田さんは悪戯っぽく微笑む。その仕草がやけに可愛らしくて、内心俺はドキッとした。

 普段と異なり今日の高田さんは私服姿だった。女子アナが着てそうな綺麗めでフェミニンな服装だ。それがとても良く似合っていて、いつもの三倍増しで可愛く見えた。


「あはは……覚えときます。でも本当に助かりました。まさか高田さんが封印師シーラーだったとは」


 何を隠そう、本日高田さんを京都まで呼び付けた理由はまさにそれだった。ユーノに言われるまで全く気付かなかったが、彼女は正真正銘の封印師シーラーなのだ。

 俺たちが今、最も欲する天職。それがまさかこんなに身近にいたとは、本当に驚きである。偶然って凄いね。


「ふふっ、管理局で働く職員は、みんな一度は自分の天職を確認しているんです。自分で言うのも恥ずかしいですけど、私みたいな希少な天職保有者は、よほど人格に問題が無い限り優先的に採用されますから……。都会でしたら各局にニ、三人在籍してる事も珍しくないですよ」


 なるほどな、と俺は思った。

 ダンジョン管理局は、今や国家のインフラを支える重要な公的機関。そこの職員ともなれば、俗に言うエリートってヤツである。

 そんな約束された将来が天職ガチャで掴み取れるのならば、そりゃみんな確認するよな。

 でもって皆がこぞって確認すれば、試行回数的にも封印師シーラーのような希少天職持ちもそれなりに見つかるというわけだ。ある意味、よく出来た仕組みとも言える。


「──それで、だいたいのお話はメッセージで伺いましたけれども……何でも天職を非活性化させたい方がいるんでしたよね?」


「……そうなんです。先日、京都で起きた騒動は既にご存知ですか?」


「えぇ、ニュースでも流れてましたから。何でも魔獣氾濫スタンピード……それも、これまで確認された事の無い不気味な魔獣が大量出現したらしいですね。SNSでもかなり話題になってましたよ、ほら」


 そう言って高田さんは手元のスマートフォンをこちらへと向ける。そこには件の黒人形を写した写真が数多に投稿されていた。


「おぉ、流石は情報社会……出回るのも一瞬ですね。……ところで、このタグに付いてるハンザワさんって何ですかこれ……?」


「私は詳しくないですけど、例の魔獣のあだ名みたいですね?」


 一連の投稿を見てる限りだと、どうやら推理漫画に出てくる犯人役と姿が酷似しているらしい。それも相まって少しバズっているようだった。


「コラ画像まである……いや、インターネットの住民は逞しいなオイ。まぁ、確かに死人は出てねーけどさ……」


「あはは……仕方ないですよ。今の時代、魔獣氾濫スタンピードなんて『昨日は台風凄かったね』くらいの感覚の方が多いですし」


「そう言われると確かに……。ま、慣れってそんなもんなんでしょうね」


 以前にも話した通り、魔素の薄い地上に出てきた魔獣は弱体化する。加えてゲートに取り付けられたセンサー類が魔獣を即座に感知して対応にあたる為、魔獣氾濫スタンピードによる被害というのは、近年ほとんど無いに等しい。

 それこそ毎年やってくる台風のような、見慣れた災害という感覚なのである。SNSで上がってる魔獣の写真なんかも『台風で街路樹が折れてた!』程度の感覚で投稿されているのだ。


「──っと、話が脱線しちゃいましたが、実は俺たちはそのハンザワさん騒動を引き起こした張本人を既に把握してまして……」


「確か……如月さんという方ですよね?」


「はい。今回、高田さんには彼女の非活性化をお願いしたいんです。……既に察しているかと思いますが、恐らくこれは非合法的なお願いになります……すみません」


 俺は改めて今回の依頼内容を高田さんへと告げると、それはもう深々と頭を下げた。

 ──事前にメッセージで概要を伝えていたとはいえ、本来これはあってはならない依頼である。

 なにせ管理局や捜査機関に断りなく、他人の天職を封印するのだから。言い換えれば個人が個人を罰する私刑のようなもので、高田さんにはそれに加担してもらう訳である。

 故に相手が同意してようが、初めにお詫びするのがせめてもの礼儀だと考えた。


「ふふっ。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。連絡を貰った時は流石に驚きましたけど……理由を聞いたら賢人さんらしいな、と納得しましたから」


 そう言った後、高田さんは少し上目遣い気味に俺を見つめた。


「それより、ちゃんと、守って下さい……ね? 封印師シーラーのステータスは一般人に毛が生えた程度しかないですから……」


「は、はい! それはもちろん!」


 庇護欲を掻き立てられるその表情に、俺は内心ドキドキしながら返事を返した。


「ふふ、ありがとうございます。それでは、そろそろ行きましょうか。星奈さんたちにも挨拶しておきたいですし」


「そ、そうですね。部屋はこちらで用意してるので案内します」


 話を終えた俺たちは席を立った。それから予め手配しておいた部屋のルームキーを受け取るべく、フロントへと向かった。その途中、脇を歩く高田さんがぽつりと呟いた。


「──それにしても、まさかあの西の不死王ノーライフキングが、こんな事件を起こすなんて意外ですね……」


「不死王? いえ、如月さんは魔砲手ルーンシューターですよ?」


「あら……? そうでしたっけ……あ、いえ、そうですね。 やだ、私ったら何を勘違いしたのかしら……?」


 少し恥ずかしそうに顔を赤らめる高田さん。

 ま、仕方がないだろう。なにせ彼女は仕事柄、数多の冒険者のデータを見ている。そんなに大量のデータを眺めていたら、名前と天職がごっちゃになるのも無理はない。


「あはは、ちょっと疲れてるのかもしれないですね。まだ如月さんの居場所は掴めてませんし、まずはゆっくり休んでください」


「うぅ、賢人さんにそう言われるとホントに恥ずかしいです……ですが、ありがとうございます」


 優秀な受付嬢のイメージが強い彼女が見せたちょっぴり可愛い一面。それに俺は表情を綻ばせながら、ロビーラウンジを後にした。

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