第121話
放たれた渾身の一撃が、魔獣の身体を燃やし尽くした。
業火は苦悶の叫びすら掻き消し、さらにその勢いを強めていく。
そして数分間の時が過ぎ。
──俺の目の前には炭化した塊だけが残された。
「……倒した、よな」
念のため杖の石突でつついてみる。すると炭化して脆くなった腕が、ぼろぼろと崩れ落ちた。
うん、これ以上再生することはなさそうだ。
ひと通りの安全確認をし終えた俺は、ナンバーズスキルを解除した。
「はぁ、疲れた……」
俺はため息とともに座り込んだ。
スキル【名もなき死】の効果で再生したため肉体的な疲労はないが、それでも一度死ぬというのはなかなか精神に堪えるもんだ。俺の場合は二度目なのだが……無論、慣れるはずもない。
「それにしても人が魔獣になるなんて……日坂さんみたいにダンジョンコアを取り込んだのか……? いや、でもこの世界でダンジョンコアなんて代物は聞いたことがないしな……」
同じような現象は前世でも経験済みだ。
確か、あの時はアンデッド化した日坂さんが魔力供給を代替しようとダンジョンコアを取り込んだ事が発端だった。
だが、先ほど戦った魔獣……ハインツとは状況や前提条件が違いすぎた。
元々アンデッドだった日坂さんと異なり、彼は純粋な人間だ。
ダンジョンコアに関してはそもそもこの世界に存在するのか怪しい。
仮に存在していたとしても、この世界における冒険者は生活圏に出現した魔獣を狩るのが生業だ。現代冒険者のように頻繁にダンジョンへ通っていたとも考えにくい。
(となると、やっぱり怪しいのはあの薬瓶か……)
魔獣化する寸前、彼の傍に転がっていた謎の薬瓶。アレが何らかの作用を及ぼしたと見るのが妥当なところだろう。
問題は、それが何なのか、どこで手に入れたのかというところだが。
「ケントっ!」
一人で考えを巡らせていると、耳馴染みのある声が俺の名を呼んだ。
視線を向けるや否や、柔らかい感触が俺の身体を包み込んだ。
「良かった……無事だった……」
「モ、モニカ……?」
俺に抱きついてきたのは、モニカだった。
よほど心配していたのだろう。その声色は少しだけ震えていた。
「悪い……心配かけたな」
頬に当たる彼女の髪を、俺はそっと撫でた。
「にょほおおお! ご無事でしたかケント殿……ってモニカ殿ズルいですぞ! 我も感動の抱擁をしたいですぞ!」
「べべ、別にそういうのじゃないから!」
次に現れたのは羨望の声をあげるエレノアだった。
エレノアに指摘されたのが恥ずかしかったのか、モニカは慌てたように俺から離れた。
「おいおい、ひでえな、この有様は……」
「派手に食い散らかしてますね……」
やってきたのはモニカやエレノアだけではなかった。
彼女の後からギルド長であるロンゾさん。それから高級そうな装備を身に纏ったランクの高そうな冒険者が数名、ぞろぞろと姿を見せた。
「エレノア……それに……ロンゾさん? ギルド長がどうしてここに?」
「どうしたもなにも、そこの嬢ちゃんらがギルドに緊急依頼を出したのさ。『五街区に凶暴な魔獣が現れた』ってな。つまり俺たちは依頼を受けてやってきたってわけだ」
そう言って視線でモニカとエレノアを示すロンゾさん。
どうやらモニカたちが救援として彼を呼んでくれたようだ。
「なるほど……ありがとな」
「べ、別に当たり前のことをしたまでなんだからねっ? 幼馴染みのあんたに死なれたら、あたしも気分が悪いし……!」
「にょほほほ! 我とケント殿はヲターク文化によって結ばれた盟友! 見殺しになんぞいたしませんぞ!」
ツンとそっぽを向くモニカと、相変わらず意味のわからないエレノア。
いまいち反応に困るわけだが、とにかく二人が心配してくれていたという事は伝わった。
「それにしても……ギルド長が直々に助けに来てくれるなんてな。確かに一時はやばそうな展開になって救援を期待してたけどさ、流石に面子が豪華過ぎないか?」
致命傷を与えたと思っていたハインツが再生した時、俺はモニカたちが救援を呼んでくる事を期待していた。その期待通りに彼女らが動いてくれた事には感謝しかないが、まさかギルド長本人を連れてくるとは思わなかった。
俺がふと浮かんだ疑問を口にすると、その答えは本人から直接返ってきた。
「そりゃ、竜を討伐した冒険者が救援を求めてくるんだ。最低でも赤級以上の魔獣が現れたと考えるのが妥当だろう? それも街の中に出たなんて言うもんだから慌てて飛び出してきたわけさ。この街で一番ランクが高いのは俺だからな」
なるほど、そう言われるとそうか。それに街の非常事態ともなれば、肩書なんかより実力が最優先ってわけだ。ロンゾさんは俺たちが竜を討伐したのを知ってるし、その判断も納得である。
「ま、そんなことより状況を教えてくれ。いったいここで何があったんだ?」
ロンゾさんは黒く炭化した塊を見やりながら、俺に問いかけた。
明らかに俺を訝しむ表情。
しかしここで誤魔化しても意味はないだろう。
むしろギルド長が現場に来てくれたなら好都合だ。
「あぁ、それなんですが──」
そんなわけで、俺はここで起こった出来事の一部始終を話した。
◇
「ふむ……人が魔獣に、か。にわかには信じ難い話だな……」
俺の説明を受けたロンゾさんは顎に手を当てながら神妙に呟いた。
話を聞いてなお疑念が残るのも無理もない。俺もこの世界で10年以上暮らしているが、そんな話は伝承でも聞いたことがないからな。これは至って正常な反応だ。
「誰だってそう思う事でしょう。しかし紛れもない事実ですぞ。彼が変貌する様子を、我もこの目でしっかりと見ましたからな」
「……色々と疑問は残るが、お前たちを信じるしかなさそうだ。この焼死体は明らかに魔獣のもの……それもミノタウロスやオーガキングのような大型の魔獣だ。こんな大物が街に入り込むのを衛兵が見逃すはずが無い。そうなると、やはり内部に元々いた……つまりは人が化けたと考えるべきだろう」
ロンゾさんは未だ信じられないと言わんばかりの顔だったが、それでも状況証拠から俺たちの言い分を信じざるを得ない様子だった。
「まさか、人が魔獣になるなんて……何かの呪いなのか?」
「リッチが使役するスケルトンや
彼が連れてきた冒険者たちも、それぞれの経験則に基づいた推察を口にしていた。
ただ、傍から会話を聞いている限りでは彼らも今回のような現象に遭遇したことはなさそうだった。
「あ、あの……もし魔獣化について調べるんだったら伝えたい事があるんだけど……」
人が魔獣化するという機会な現象にざわめき立つ周囲。その様子を眺めていたモニカが、恐る恐る手を上げた。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「実はあたしが攫われた時、この魔獣化した男以外にもう一人取り巻きがいたの。ケントが助けに来てくれた時に逃げていったから、まだ生きているはずだわ……確か、ブルーノって呼ばれてたかしら。そいつなら魔獣化した原因について何か知ってることがあるかも」
ロンゾさんの問いかけに、モニカが答える。
……ああ、確かいたな。俺にビビって猛ダッシュで逃げてった奴が。
金髪キザ野郎が魔獣化したことに驚き過ぎてすっかり忘れていたが、確かにあいつなら何か情報を持っているかもしれない。
「ふむ、ハインツとパーティーを組んでいた男だな……奴らは頻繁にギルドで揉め事を起こすから俺もよく覚えている。わかった、そいつはギルドの方で探してみよう」
そう言ってからロンゾさんは冒険者の一人を呼び寄せると、何らかの指示を耳打ちする。
彼の指示を受けた冒険者は、そのままギルドの方角へと駆けていった。
「さて、ひと通りの状況把握は終わった。魔獣化についてはギルド側で引き継いで調査しよう。ひとまず今日のところは撤収だ」
ここに留まっていても得られるものはもう無いと判断したのか。
ロンゾさんは、そんな号令をかけた。彼に従って冒険者たちは各自で解散していった。
「……あの、この死体はどうするんですか? 後はこの壊れかけの倉庫も」
何となく解散の雰囲気を感じ取りつつも、俺は気になった事をロンゾさんへ訪ねた。
後から罪に問われたり、請求されたら堪らないからな。こういうのは早めに確認しとくに限る。
「あぁ、それなら駆け出し冒険者に仕事として回すさ。血に慣れない奴にはちとキツイが、魔獣と戦うよりよっぽど安全な仕事だからな。てなわけで、お前らは何もしなくていいぞ」
「あ、そうなんですね……ちなみに俺って何か処罰されたりは……」
「処罰? 何の話だ?」
「え、あ、いや……一応そこに転がっている死体は俺がやったもんで……」
俺は視線でハインツが雇ったゴロツキたちの死体を指し示す。
するとロンゾさんはガハハと笑った。
「それなら何も心配しなくていい。そこに〝隷属の首輪〟が落ちてるだろ?」
そう言ってロンゾさんは床に落ちた鉄製の何かを指差した。
魔獣化したハインツに踏み潰されてひん曲がったそいつは、どうやら隷属の首輪というアイテムらしい。名前だけでどんなアイテムなのか、容易に想像がついた。
「それに嬢ちゃんの顔には何度も殴られた痕跡があった。ここで違法な奴隷契約が行われようとしてたのは明白だ。若い少女を攫って強制的に隷属させるなんて極悪非道は、どのみち死罪だからな。救出する過程で犯罪者どもが死のうがお咎めなんてねーよ」
「はぁ、そういうもんなんですね……ま、安心しました」
相変わらず大雑把な司法基準だな。
とはいえ今回はその大雑把さに助けられたわけだし、ここは何も言うまい。
「そういうことだ。それじゃ俺はギルドに戻るからな。また何かあれば教えてくれ」
それだけ言ってロンゾさんは倉庫を出ていった。
「さて、我らも宿に戻りましょうぞ」
「そうね。こんなところにいても気分悪いだけだし……」
「……あぁ、そうだな」
エレノアに促され、俺たちも宿に戻ることにした。
結局、ハインツが魔獣化した原因は不明のまま。何だか煮えきらない感じはするが、かと言って今はどうする事もできないしな。
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