第14話
「へぇ、近くで見るとなかなか大きいな」
それが俺たちに襲い掛かってきた魔獣の正式名称である。
名前の由来である黒曜石のような黒い牙が特徴的で、その顎から繰り出される攻撃は生半可な
ステータスが飛び抜けた俺はともかく、適正レベルの星奈や瑠璃子が食らえば大怪我では済まされないだろう。
──故に、相手にペースを握らせてはならない。
「……行くぞッ!」
俺は杖を構えて黒牙狼目掛けて駆け出した。
相手に包囲される前に殴り込み、陣形を崩す作戦だ。
「ガルルルルルゥ!!」
武器を携えて突撃してくる俺に黒牙狼たちは唸り声をあげて迎撃の姿勢を取った。
『戦神よ、その神威を魂へと刻み、かの者に力を与え給え──【
後方にいる瑠璃子が聖属性魔法を発動させた。
すると俺の肉体に光の紋様が浮かび上がり、同時に力がみなぎってくる。
恐らく、攻撃力に対するバフだ。
「さっ、頑張るっすよ、パイセン──【
さらに星奈がバフスキルの【
「サンキュー! 助かる! ──食らいやがれッ!」
あっという間に距離を詰めた俺は群れの内の一体へと杖を振るった。
キャウンッと犬みたいな悲鳴を上げて吹き飛ばされる黒牙狼。
「「グルァアアアッ!!」」
仲間の一匹が吹き飛んだというのに、残りの黒牙狼は臆することなく一斉に飛びかかって来た。
二匹が両足へ、残り一匹が首へと、それぞれ役割分担して俺を狙う。
流石は群れで狩りをする魔獣と言ったところだ。獲物を確実に無力化する方法を熟知している。
「──【山嵐】ッ!」
俺は杖術スキル【
目にも止まらぬ速度で放たれる突きの連打によって、飛びかかる狼たちを弾き飛ばしてゆく。
【打突】の上位スキルで、そのノックバック効果は健在。
黒牙狼と一定の距離を取った。
「援護射撃っすよパイセン!【
起き上がろうとする黒牙狼たち。
その一体の両目を、星奈の放った細身のナイフが穿った。
投擲術スキルか。なかなかにエグいな。
絶命には至ってないが、視力を奪われた為、もはや戦力にはならないだろう。
「グルルッ……!!!!」
仲間を二体失ったものの、黒牙狼の闘志は衰えていない。
今度は二手に分かれて駆け出す。
「挟撃するつもりかっ! 瑠璃子、星奈! 片方頼む!」
「はい、こちら把握してますっ!」「りょっす」
俺の後方へ回りこもうとする一匹に二人は狙いを定め、スキルを放つ!
「──【クリティカルダーツ】ッ!!」
「──【
斜め後方で黒牙狼の悲痛な鳴き声が響いた。
二人が仕留めてくれている事を信じて、俺は正面から飛びかかるもう一匹に向けて杖を振りかぶった。
「せめてもの手向けとして華麗にスキルで決めてやりたいところだが──許せ。俺の最大火力は通常攻撃なんでな」
眼前に迫りくる漆黒の牙。
それを薙ぎ払うように杖をフルスイングした。
「──ガッ!?」
黒牙狼は悲鳴を上げなかった。いや、上げれなかった。
なぜなら、その口腔ごと頭が弾け飛び、絶命していたから。
「初戦は快勝ってとこだな。そっちは大丈夫か?」
声をかけながら、空を切って杖にこびり付いた血を払う。
「こっちも問題無いっす。目玉潰した奴はウチがトドメ刺しといたっす」
ナイフをホルダーに戻しながら星奈が答えた。
続いて瑠璃子が俺の元へ駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、賢人さん。お怪我はありませんか?」
「あぁ、問題ない。バフのおかげでいつもより動けたよ」
「お役に立てて光栄です! あっ、これどうぞ」
そう言って彼女は俺にスポーツドリンクを手渡した。
な、なんて気が利く子なんだ……!
運動部のマネージャーにいたら最高だろうな。
「ありがとう瑠璃子。やっぱ近接戦闘は激しく動くからめちゃくちゃ助かるよ」
瑠璃子の気遣いに甘えて俺はスポーツドリンクを飲んだ。
汗をかいた身体に甘味が染み渡る。
そんな俺を星奈がジトっとした視線で見つめる。
「瑠璃子、ズルいっすよ。それは後輩キャラのウチの役目っす」
よくわからん理論を展開する星奈。
てか後輩キャラって自分で言っちゃダメだろう。
「あっ、星奈ちゃん! ごめんね。私ってば……次は譲るね?」
何かを察したように瑠璃子が星奈に謝った。
よくわからんが星奈はそれで納得したらしい。言葉こそ無かったが、こくこくと頷いていた。
「さて、一息ついたところで素材を回収するか」
転がる黒牙狼を指差しながら切り出した。
すると星奈が首を振った。
「それならそのまま死体を回収するっすよ。こういう素材の売れる魔獣はウチらみたいなトーシロが触るより、管理局かショップで解体士に頼んだ方がいいっす」
「そうなのか。でもどうやって持ち帰るんだ?俺の【収納】ポーチじゃ容量オーバーだぞ」
一匹くらいなら差し支えないだろう。
だが、この後も魔獣を狩ることを考えれば容量が足りない。
「【収納上手】スキルがあるんで大丈夫っす。学校の教室くらいは容量あるっすよ」
そう言って星奈は自前の【収納】バッグを取り出し、次々と黒牙狼の死体を詰め始めた。
「すごいですよね。星奈ちゃんの【収納上手】は【収納】系アイテムの容量を増やしてくれるんですよ! 学校の探索実習でも大活躍でしたよ」
「へぇ、【収納上手】ってそんな便利なのか。すごいじゃないか星奈」
「そ、そすか。べ、別にそれほどでも無いっすよ」
気恥ずかしくなったのか、耳を赤くしてそそくさと回収していく星奈。
なんだかその姿が可愛らしく見えて俺は微笑んだ。
「あ、そうだ。パイセンに一つだけ言っときます」
黒牙狼の【収納】を終えた星奈が何かを思い出した様に言う。
「──こいつらの牙、高値で売れるんで。頭を潰すのはNGでお願いっす」
血溜まりの中を指差す星奈。
そこには粉々に砕けた散った黒片があった。
「あ……す、すまん……」
ド正論過ぎて何も返せず、俺は頭を垂れた。
◇
ダンジョン入場から1時間弱が経過した。
あれから十数体もの黒牙狼を狩り、流石に疲労を感じた俺たちは草原内で座るのに手頃な岩を見つけて休憩を取っていた。
こんな危険な場所で休憩なんて取れるのかと疑問に思うかもしれないが、実は神官がいれば可能なのだ。
「いやぁ、ダンジョン内で休息できるのは助かるな。本当に瑠璃子様様だよ」
地面に突き刺さった瑠璃子の杖を見ながら俺は吐露した。
杭のように突き刺さったそれは、鼓動のように淡く点滅している。
「えへへ、そう言って頂けると嬉しいです」
俺の言葉に瑠璃子は満足そうに笑った。うーん、可愛い。
──聖属性魔法【
地面に刺した杖を起点として、半径20mほどの結界を生み出す魔法だ。
結界と言っても物理的に攻撃を防ぐものではなく、魔獣が近寄れなくなる類のものである。
その性質上、飛び道具を持つ魔獣に関しては依然として警戒が必要なのだが、この【魔狼の森】には殆どいないのでそれも不要だった。
「あ、そうだ! お菓子を持ってきたので、どうぞ食べてください」
そう言って【収納】ポーチから色んなお菓子を取り出す瑠璃子。
「あ、瑠璃子。ウチ『ゴリラのマーチ』が食べたいっす。あるっすか?」
「ふふ、ちゃんと持ってきてるよ! はい、どうぞ」
「おぉ、さすが瑠璃子、わかってるっすね~」
お目当ての菓子を受け取り、ご満悦の星奈。
普段は寡黙な雰囲気を醸し出す彼女も、こうして見ると10代の少女なんだなと思った。
「賢人さんもどうぞ」
「じゃあこれをもらおうかな。ありがとう」
俺も適当な菓子を一つ取って食べ始めた。
「それにしてもお目当ての金花狼は全然見つからないな」
「むぐっ、そりゃそうっすよ。そんな簡単に見つかったら、ゴールドラッシュ並にここは探索者で溢れかえってるっす。初めて金花狼が発見された頃はそんな時期もあったみたいっすけどね」
「へぇ、詳しいんだな」
「一応、冒険者の歴史はガッコで学んだっす。その手の授業はちゃんと出てるんで」
好きな科目だけはちゃんと出席してるのか。
なんか内定後の暇な大学生みたいな生活してるんだな、こいつ。
「パイセン……またなんか失礼な事考えてるっすね?」
「うげ……いや、何でも無い、気にするな」
──君のような勘のいい以下自重。
「それより、この後の探索方針についてだが、とりあえずボス討伐に切り替えようと思う。ま、ボスと出会えるかも運次第だが、出現範囲内なら金花狼より確率は高いだろ」
この亜空間タイプのダンジョンの特性の一つ……それは、階層が存在しないという点だ。
そのためボス魔獣については魔素と呼ばれる魔獣のエネルギー源が濃い場所を自由に徘徊しているのだ。
そうしたボス発生の仕組みと言うか法則的なものは【魔狼の森】にも当て嵌まった。
このダンジョンで最も魔素濃度が高いのは、ダンジョン奥に生え広がる森林地帯。
つまり、そこへ行けばボスクラスの魔獣と出くわす可能性があるのだ。
「それが良さそうですね。ボス魔獣はダンジョン内に出現する魔獣の上位種なので、稼ぎとしても十分だと思います」
俺の提案に瑠璃子が同意する。
星奈は『ゴリラのマーチ』を頬張っていて返事が無かったが、コクコク頷いてるので問題ないだろう。
「決まりだな。じゃあそろそろ森林地帯に向けて出発するか」
方針が固まったので俺が出発の意向を示すと、星奈がぷるぷると首を振った。
なんだろう。まだ何かあるのだろうか?
「ちょっと待って下さいっす。『ゴリラのマーチ』もう一箱欲しいっす」
まだ食べるんかい。
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